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第1章第2話

 丹田に力を込め、沸き上がるエネルギーを練り上げ、コントロールする。これが、魔法を使う基本である。ロバートは、さらに右手の指先に意識を集中させる。小さな粒子を構成するイメージを頭の中に描き、練ったエネルギーを少量ずつ指先に移動させると、指先で光が凝結する。さらに、イメージと指先の微妙な動きを連動させて、氷の結晶を現出させる。ロバートの得意技はここからだった。


 たくさんの固く小さな氷の結晶を重ねて立体的な形状を構成する。同時に左手の指先で砂鉄などの金属粉に魔力を移し、肉眼で見えるか見えないかというくらいに細い、柔軟に曲がる金属糸を編む。そして、氷の結晶のビーズに金属糸を通して、魔力を指先に鋭く集め、やすりのように磨き、最後に表面の粒子の振動を安定させるイメージを描きながら魔力を放出する。魔力の光が収まると、そこには氷の結晶を閉じ込めた指輪があった。


 弟妹がロバートの肩越しにその様子を眺めていた。


「お兄ちゃん凄い! 凄い!」

ミッシェルは全身で感動を表現するかのように飛び回ってはしゃぐ。


 ロバートは、テリーザの手のひらに指輪を載せる。


「あ、冷たくない。」


 テリーザは、うっとり指輪を眺めてから、ロバートをうかがう。


「お兄様、これ、いただいても?」

「うん、あげるよ。ただ、紐を通してネックレスにした方がいいぞ。指には入らないだろ?」

「……ありがとう、お兄様」

テリーザは、大切なものを扱うときにするように、両手にくるんで胸においている。

「お姉ちゃんだけずるいー」

ミッシェルが、口を尖らせる。

「わかってるよ。ミッシェルには、別なものをつくってあげよう」

ミッシェルは、すぐに顔を綻ばせた。

 

 通常 、魔力をこんな風に使うことはない。魔力は、万物が持っている生命エネルギーだと言われており、原理的には誰でも魔法が使える。しかし、魔力を持っていること、魔力を扱えること、魔法を使えることの3つの間には大きな隔たりがある。だからこそ、全世界で魔術師が重宝されているのだ。つまるところ、魔法とは魔力による物性変換を主とする技術の体系であり、魔力を込めた呪文や呪詞によってそれを効率的に行うものだとロバートは理解している。体系を会得するのには、時間とときには金を十二分に費やす必要があり、魔術師が希少なのはその辺りの事情による。


 ロバートは、生来の器用さで魔力を扱うことには長けていた。テリーザくらいの歳には、魔力をを溜めて、体の中を移動させることができていたように思う。しかし、それをこんな風に使えるようになるには、さらに倍の年月を要した。特に、このような物作りに応用できるようになったのは、それこそ、夢の断片が現れるようになってからである。ロバートの中で、物性変換のイメージがどういうわけか具体的になったのである。


 布くらい柔らかいのに跳ねる球を貰ったミッシェルは、球を地面に当てて球が飛び上がる様を自分も飛び跳ねて見ていた。


   *


 フェルディナント公国は、公爵領として十分な広さを持っている。しかし、その半分はトラウィス帝国の北側の山岳地帯であり、帝国屈指の豊かな土地とまでは言えない。ただ、公国領の南半分は肥沃な田園地帯であり、さらにカラハナホップを利用した麦酒の産地としても名高い。


 ロバートの実家である領主の館は、小高い自然の丘に建てられた石造りの城ではあるが、公爵の住まいとしては簡素、というか小ぢんまりとした、というかみすぼらしいものである。木造だった城を石造りにそのまま建て替えただけであり、それも帝国貴族の中で最後だったのではないかと言われるほどである。


 ロバートたちは、その城の裏山に来ていた。裏山を少し入ると「見晴らし台」と呼んでいる場所に出る。ここには、野生のカラハナホップが未だに群生している。テリーザとミッシェルが球遊びをしている間、ロバートは、カラハナホップの毬花を摘んでいた。毬花を摘むのは、子どもの遊びである。(地元の寓話によれば、子どもが遊びで摘んできたカラハナホップの毬花を、それまで使われていた希少な調合ハーブの代わりに、大雑把な酒造りの親父が使い、それが好評を博したことから今の麦酒が広まったと言われる)しかし、ロバートは遊びではなく真剣だった。今夜の襲撃への備えの一つなのである。


「昔、私が綺麗だなあと思ってたくさん摘んで帰ったら、お母様から『なんてもったいない』と叱られました。そんなに摘んで帰ったらお兄様も叱られちゃうわ」

テリーザが耳元で言う。ロバートは気配に気づかず、一瞬ギョッとする。

「大丈夫。ちょっとした実験に使うんだよ」

「実験? 分かった! 宿題というものでしょ?」

「そうそう」


 ミッシェルは走りつかれたのか、足もとで仰向けに大の字で倒れている。ハチミツ入りのハーブティが入った水筒をテリーザに渡し、ミッシェルと飲むように言う。テリーザの表情がパッと輝く。甘いものに目がないのは女の子らしいなと思う。ロバートは、視界の開けた崖から城を見下ろす。城塞の中心である主塔とは別に、ロバートたちの家族が住む居館がある。


(賊が襲うとすれば、玄関から入ってくるようなまねはするまい。城塞から主塔に移り、屋根に飛び移った上で上階に侵入するだろう。相手が直接攻撃武器を使うものであれば、まだ対策はある。もし、魔術師が含まれていればどうすべきか)


 ふと後ろの二人を振り返ると仲良く眠っている。初夏の心地よい風が吹き抜けていく。風邪をひかないよう家に戻ることにする。テリーザを背負い、ミッシェルを抱き上げる。二人の暖かい体温を感じる。ロバートは、この二人を不幸にさせてなるものかと改めて強く思った。

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