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第1章第1話

 少年は、ふと気付いた。気づいてしまった。この何でもない一日が、運命を分けることに。


 自分が見ている映像にところどころ記憶の奥底にある歪んだイメージが侵入する感覚。


 今晩だ。間違いない。

 武器を持った兵たちが、ここを襲う。父の命を狙って。

 そうして、我が家は没落するのだ。

 変わり果てた父。呆然とする母。泣きじゃくる弟と妹。


 窓の外を眺めている少年の瞳には見慣れた朝の田園風景が映っているが、少年が見ているものは違った。暗い血のイメージが何度も侵襲する。




「ロバート、ロバート」


 少年は、ハッと我に返る。母の声だ。


「どうしたの? ボーっとして」


 振り返ると、母が後ろに立っていた。心配そうな表情を浮かべている。


「少し考え事をしていました。……母様、父様は今日、帰ってこられるのですか?」

少年は、自分の鼓動の音が漏れ聞こえるのではないかと心配するほどだったが、杞憂だったようだ。

「ええ、帰ってくるわよ。ロバートは、パパと会うの久しぶりでしょ?」

「はい。新年のご挨拶をしてからは一度も」

「ロバート、家の中では固い口調で話さなくてもいいのよ。幼年学校も終わりになると、そんな話し方が身につくのかしらね…… そうそう、ロバート。テリーザとミシェルがあなたの帰りをとても楽しみにしていたわ。楽しみにしすぎて昨日は夜更かししちゃったみたいなの」

「ぼ、僕が起こしてくるよ」

「お願いね」


 母は少年に微笑みかけ、部屋を出て行った。緊張が解け、少年は深く息をついた。




 ロバート・フェルディナン・ヴェルは、久しぶりに生まれ育った故郷に帰省していた。普段は、帝都にある幼年学校の寮に住んでいる。帝都の全寮制幼年学校と言えば、貴族の子弟が通うところである。例にもれず、ロバートは公国の公子という立場である。公国とはいえ、帝国の領土からすれば、辺境の田園地帯に過ぎず、一般に封じられる貴族領と何ら変わりはない。いわば名前だけのものだ。ロバートの祖先が帝国版図拡大期に侵略を受ける前に協力を申し出た恩賞として領土にありがたい名前をもらっただけに過ぎなかった。


 幼年学校の最終学年は、卒業前に「成人の儀」を執り行う。そのために一度故郷に帰るのである。もちろん、今や、伝統的な慣習の意味あいが強く、本当に成人するわけではない。卒業後は、本当の成人までそれぞれの稼業を継ぐための修行期間になる。たいていは、従軍するか、他家に奉公に出るのだが、いずれにせよこの帰省を最後に、数年間は故郷を見る機会はない。


 ロバートには誰にも相談できない心配事を抱えていた。ここ数カ月、体と心に違和感を持っているのだ。さっきのような無数の夢の断片が、ロバートの視覚に侵入してくるのである。断片を拾い集めれば、見たこともないような武器が登場したり、魔法ではない不思議な力が大きな機械を動かしたりする世界であり、そのイメージの侵入は、不思議とロバートの郷愁を誘い、まるで過去、自分がそこに生きていたかのような錯覚に陥る。


 ロバートは、この違和感を抱えるようになってから、自分が自分でないような感覚を持つようになっていた。どうしても気になって親友に打ち明けたところ「思春期の発散しきれない性欲が……」などと解説をくれたが、さっぱりわからなかった。母に対して少しよそよそしい口調になったのは、ロバートとして以外の「自分」を感じていることに対する罪悪感のようなものからだった。




 ロバートは、母親に言われたことを思いだし、弟妹の部屋に向かう。そっとドアを開ける。窓は斜光性の布がかかっており、朝の光は入ってきていない。部屋の両側にベッドがおかれているのに、弟妹は一つのベッドで眠っていた。そう言えば、寮に入る前には、3人で1つのベッドで眠っていたことを思い出す。妹のテリーザはちょうどロバートの半分の年齢で、弟のミッシェルはまだ5つである。あどけない寝顔を見て微笑ましい気持ちになる。起きている間はずっと騒いでいるにもかかわらず。


 斜光性の布を取り払う。朝の光が部屋に差し込み、弟妹の顔に当たる。


「ん、おはよー、お母さん」

テリーザが目を擦りながら身を起こす。

「おはよう、テリーザ」

ロバートが静かにそう言うと、テリーザはロバートを二度見して、大きな目を見開き、俊敏な動作で躍りかかってきた。

「お兄様、お帰りなさい!」

「ただいま。元気だったかい?」

ロバートは、テリーザを軽々と受け止めて抱き上げた。

「うん」

テリーザは、ロバートの胸に抱きつく。そうしていると、小さな王子様も目を覚ました。

「あー、お姉ちゃん、ずるいー!」

寝起きにもかかわらず、大きな声である。ロバートは、テリーザをベッドに下ろし、ミッシェルを高く抱き上げる。きゃっきゃと声を上げるミッシェル。ロバートは、赤ん坊のころからこうすればミッシェルがどんなときも喜ぶことを心得ていた。


「お兄ちゃん、僕、あとで魔法で遊びたい」

「しーっ。ミッシェル。お母様に聞こえたらどうするの」

ミッシェルをたしなめるテリーザ。ちゃんとお姉ちゃん役をしているようだ。

「お姉ちゃんだって、お兄ちゃんと遊ぶの楽しみにしてたんだよ」

「そんなこと、お兄様の前で言わなくても良いでしょ」

弟の言葉につい感情的に反応するのは、まだまだ子どもらしいとロバートは苦笑する。


 きょうだいげんかになる前に、ロバートは二人をたしなめ、「秘密の遊び」はご飯の後でと言い聞かせた。二人とも素直にうなずき、朝食のために階下に下りて行った。ロバートを急かす二人の声が聞こえる。


 ロバートは忙しい父に代わって、二人の父親役をやってきたのだ。二人は父にも懐いているが、たまにしか見ない父に甘えるのが気恥ずかしいらしい。父がそんな二人の態度にものすごいショックを受けていたことを思い出す。


 こんな平和な日々が悲劇の運命によって一転することを夢の断片が示唆している。ロバートは、二人の笑顔と平和な日々を守ることを一人密かに決意していた。そのために、自分の平和な日々が犠牲になることは承知の上だった。


 二人が階下からロバートを呼んでいる。ロバートは、一つ息をついて、子ども部屋を後にした。

最低週1回更新を目指します。

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