『不思議な箱と、守るための電子音』
気楽に読んで
『不思議な箱と、守るための電子音』
深い森の奥に、年老いた木こりが一人で暮らす小さな丸太小屋がありました。
小屋の片隅では、いつからそこにあるのか分からない、古びた四角いラジオが気まぐれに時を刻んでいます。
ある日の夕暮れ、ラジオのつまみが勝手に回り、遠く「愛知県」という人間の町から届いた、「リョクオウショク社会」という一風変わった名前の楽団の音楽を流し始めました。
「おや、珍しいな」
木こりが耳を傾けると、最初の数秒間、まるで雲ひとつない五月の空のように綺麗な女性の声が響き渡りました。
それはとても美しい出だしでした。
ところが、次に聞こえてきたのは、木こりの耳にはあまり馴染みのない「ピポピポ」とした奇妙な電子の音でした。
そのせわしない音の重なりを聴いているうちに、木こりはふと、遠い昔に若い仲間のお供で訪れた、町のでっかい「病院」のことを思い出しました。
あの、白い部屋で静かに脈を刻んでいた機械の音に、どこか似ていたのです。
「これは、誰を想って歌っているのだろうねぇ」
木こりは静かに呟きました。その激しく刻まれる音の波は、町の若い娘たちが聴けば胸を躍らせて気持ちよさそうに踊り出すのかもしれません。
けれど、すっかり年をとった木こりの耳には、少しばかり賑やかすぎて、聴き続けるのがちょっぴり切なく、お疲れ気味になる音楽でした。
それでも、木こりはラジオを消しませんでした。
なぜなら、激しい音の隙間から、たったひとつだけ、心にぽつんと灯るような言葉が何度も聴こえてきたからです。
――「守る」。
楽団がその言葉を歌うたび、古いラジオの真空管が優しくオレンジ色に爆ぜました。
誰を、何を、どうやって守るのかは、最後まで言葉の嵐に隠れて分かりませんでした。
けれど、その「守る」という強い気持ちだけは、風に乗って山を越え、老いた木こりの胸にしっかりと届いたのでした。
(了)
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