Ep140. 医者の約束
医療は信頼で成り立つ。腕だけではない。薬だけでもない。患者が、この人なら任せられると思えること。それが何より大切だった。
数日後、家の前が珍しく賑やかだった。
「バーバラさん!」「この前はありがとう!」
先日、膝を擦りむいた少年だ。元気いっぱい走り回っている。
「もう痛くない!」
膝を見せてくる。傷は綺麗に塞がっていた。
「治ったね」
バーバラが微笑む。
「うん!」
少年は嬉しそうに頷いた。
「約束守った?昨日まで走らなかった?」
「守った!父ちゃんが見張ってた!」
父親が苦笑する。
「何度も外へ飛び出そうとしてな」
周囲が笑った。俺も少し口元が緩む。子供は治れば動きたい。当然だ。だが、ちゃんと約束を守った。それが回復につながった。
「はい」
少年が小さな籠を差し出した。中には赤い木の実、それと焼き菓子が数枚。
「母ちゃんがお礼だって」
「まあ」
バーバラが少し困ったように笑う。
「そんな気を遣わなくても」
「でも!ありがとうだから!」
真っ直ぐな言葉だった。バーバラは少し考えて、優しく籠を受け取った。
「ありがとう。みんなでいただくね」
少年は満面の笑みで帰っていく。
静かになった家の中で、バーバラは籠を机へ置いた。
「お礼って嬉しいけど、本当は元気な顔を見せてもらえるだけで十分なのよね」
俺はその言葉を反芻する。前世では、高額な謝礼、王侯貴族からの褒賞、研究資金、そういうものばかり目にしてきた。もちろん必要なものだった。だが、今の母が一番嬉しそうだったのは、焼き菓子でも木の実でもない。元気に笑う子供の姿だった。
その時、イッキが焼き菓子を見つめた。じーっと尻尾が揺れている。
「これは駄目」
バーバラが笑う。
「甘いものはイッキにはあげられないわ」
イッキは耳を伏せた。分かったのか、分かっていないのか。その代わり、バーバラは干し肉を一切れ取り出す。
「頑張ったものね」
イッキは大喜びだった。尻尾を振りながら夢中で食べる。その様子に、家の中へ笑い声が広がる。
俺は静かに思った。医者とは、病気を治す人ではない。治った後に、患者が笑って暮らせることを願う人なのだ。その当たり前のことを、俺は二度目の人生で、ようやく学び始めていた。




