表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
武装法人二階堂商会 外伝 白光の魔導士、錬金都市を往く  作者: InnocentBlue


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/3

第一章 錬金都市エクリヴァル ー 白光の魔導士


 列車は、まだ動いていなかった。

 蒸気と魔力の匂いが混じる駅構内で、巨大な鉄の塊が低く唸り声をあげている。


 まるで眠れる魔獣のようだ――

 そう思い、ルーチェは思わず足を止めた。


 これに、乗るのでござるか。

 剣も、魔法も、幾度となく経験してきた。

 だが、列車は初めてだった。

 人と荷と魔力を乗せ、決められた道を、光より遅く、

 されど確実に進む鉄の箱。

 ルーチェは小さな身体を腕に抱き直す。

 眠るテリアの呼吸は浅い。

 それでも、胸の上下は確かに、生きている証を刻んでいた。


 ――必ず、原因を突き止めるでござる。


 蓮司から単独行動を許されたのは、信頼ゆえか、それとも覚悟を試されたのか。

 だが考えるまでもない。やることは一つだった。

 錬金都市エクリヴァルへ向かい、テリア覚醒の理由を探ること。


「ルーチェ様、まもなく乗車の時間です」


 社員の声に、ルーチェは一度だけ列車を見上げる。

 知らぬ世界へ踏み出すための、鉄の入口。


「……承知したでござる」


 一歩。


 白光の魔導士は、初めての列車へと足を踏み出した。 

 列車が動き出す瞬間というのは、いつも少しだけ胸が騒ぐ。

 それは旅の始まりの音であり、

 戻れぬ時間が確かに流れ出す合図だからだ。


「テリア殿のため、必ず糸口を掴むでござる」


 同行する二階堂商会社員が、静かに頷く。





「ルーチェ様。この列車に乗れば、

 本日中に錬金都市エクリヴァルへ到着するそうです」


 同行の社員が、時刻表を指でなぞりながら告げた。

 ルーチェは「ほう」と小さく息を漏らし、列車を見上げた。

 艶のある鉄の車体。規則正しく並ぶ車輪。

 床下から伝わってくる低い駆動音は、腹の底で響き、

 まるで巨大な魔法陣が眠りながら呼吸しているかのようだった。

 蒸気と魔力の匂い。

 あちらこちらで鳴る笛、金具の擦れる音、荷車の軋み。

 駅構内は忙しないのに、列車だけがどっしりと落ち着いて見える。

 眠れる魔獣。いや――眠れる術式の塊。


「なんと……まるで光のような速さでござるな」


 ルーチェは真顔で頷いた。

 光。すなわち白光魔法。直線。即達。遮るものなし。


 ――なるほど、人はこれを地上で再現したのでござるか。


 自分の中で見事に納得している顔だった。


「……光ほどではないと思いますが」


 社員が、極めて現実的な訂正を入れる。


「む? そうでござるか」


 ルーチェは一度だけ瞬きをしてから、さらに真面目に考え込んだ。

 光ほどではない。つまり――少し遅い。


「では……半光くらいでござるか?」

「いえ、そういう単位ではなくてですね……」


 会話が噛み合わない。

 しかし当人は一切気にしていなかった。

 むしろ「半光」という新しい概念を自分の中で成立させ、

 満足げに小さく頷く。


「……なるほど。半光列車」

「違います!」


 社員が思わず声を上げ、慌てて咳払いする。

 周囲の乗客がちらりとこちらを見る。

 だがルーチェは、その視線を「珍しい魔導具でも見つけたのだろう」

 とでも思ったのか、気にも留めず、案内に従って歩き出した。


 ――ところが。


 ルーチェの足取りは妙に迷いがなかった。

 迷いがない、というより、正しさに一切疑いがない。

 彼女の中で「線路=一本の道」という世界が完成しているからだ。

 自信満々に、別の列車へ向かっていく。


「あっ、ルーチェ様! それは反対方向の列車です!」

「――なんと!?」


 ぴたり、と止まった。

 振り返るルーチェの表情は心底驚いたものだった。

 悪びれるとか、照れるとか、そういう色が一切ない。

 ただ純粋に、「世界の仕様が思っていたのと違う」ことへの驚きだ。


「道は同じ線路の上でござろう?

 ならば、どれも同じところへ行くのでは?」

「いえ、線路は途中で分岐しますし、行き先も違います!」

「分岐……?」


 ルーチェは「分岐」という言葉を口の中で転がし、ゆっくりと噛み砕いた。

 線路が、分岐。枝分かれ。

 一本の道が、途中で二本になる。

 いや、二本が三本になる可能性だってある。


「線路が……枝分かれ……?」


 小さく首を傾げる。

 傾げた角度が、理解できないというより、理解しようとしている角度だった。


「……魔法陣の方が、素直でござるな」


 ぼそりと本音が漏れた。社員は思わず額を押さえた。

 確かに魔法陣は分岐しない。分岐させたら爆発する。

 しかし列車は爆発しないように作ってある――

 その発想が、ルーチェの常識の外にある。

 一瞬の騒ぎ。

 駅員と社員が慌ただしく修正に入り、ルーチェは正しい列車へと導かれる。


「こちらです、ルーチェ様」

「うむ。助かるでござる」


 何事もなかったかのように頷く白光の魔導士。

 失敗を恥じる様子はなく、

 むしろ新しい知識を得た子供のように目を輝かせていた。


 ――恥じる前に、学ぶ。


 彼女の天然は、無邪気さというより、真っ直ぐさに近い。

 やがて列車は、低い音を響かせながら走り出す。

 床下の振動が、規則正しく腹に伝わる。

 窓の外、景色がゆっくりと流れ始めた。


「……おお」


 声が漏れた。馬車の揺れとも、船の浮遊感とも違う。

 一直線に押し出されるような感覚。

 それが速度を上げるごとに、体の芯に馴染んでいく。

 フランヴァルの平原が一枚の絵のように引き伸ばされていった。

 草の波が後ろへ逃げ、遠くの森が横滑りし、

 雲の影だけが追いすがってくる。


「景色が……動いておる……」


 当たり前の現象に、純粋な感動を覚える。

 その言い方が、どこか魔法の発動を見たときのものに似ていた。

 世界が、仕組みで動いている。そのことが、ただ嬉しい。

 遠くには、鉄道都市クロスヴァルの影。

 無数の線路が絡み合い、都市そのものが巨大な魔導装置のように見えた。

 ルーチェはその姿を、じっと見つめる。


「なるほど。これは……便利でござるな」


 しみじみと呟きながら、ルーチェはテリアを抱く腕に、そっと力を込める。

 眠る小さな身体は軽い。

 けれど、その軽さの中に“守るべき重さ”がある。

 初めての列車。初めての速さ。


 そして――初めて向かう、錬金都市。


「……待っておれ、テリア殿。半光でも、十分速いでござる」


 社員が「だから半光は違うんです」と言いかけて、やめた。

 今は訂正よりも、ルーチェの決意の方が大事だと分かっている。

 白光の魔導士は、知らぬ世界へと運ばれていった。

 無邪気な驚きと、静かな覚悟を、同じ腕の中に抱いたまま。





 列車は、快調に走り続けていた。

 規則正しい振動。床下から伝わる、低く安定した駆動音。

 その音は、最初こそ「鉄の魔獣が唸っている」

 としか思えなかったのに、いつの間にか――

 呼吸のように馴染んでいた。

 窓際の席で、ルーチェは流れていく景色をじっと眺める。

 平原。林。街道。

 すべてが一定の速度で後ろへ消えていく。

 それは魔法みたいに見えるのに、魔法ではない。

 人が作った仕組みで、世界が動いている。


「……なるほど。歩かずとも進むとは、不思議なものでござるな」


 ルーチェの声は小さい。

 感嘆というより、確認だ。

 目の前の現象を、ちゃんと自分の世界に組み込もうとしている声。

 二階堂商会の社員たちは、交代で周囲の警戒を続けていた。

 通路側に座る者、窓の外を見張る者、荷の位置を確認する者。

 けれど肩の力は抜けている。

 この区間の列車移動が、彼らにとっては日常の移動であることが、

 所作の端々に滲んでいた。

 もちろん、油断ではない。

 この鉄路は安全だから平和なのではなく、

 危険だからこそ「慣れ」が磨かれているのだ。


「列車というものは、実に合理的でござるな」

「慣れると、馬車には戻れませんよ」


 社員が笑う。

 その笑いは、緊張を忘れた笑いではない。

 危険を知ったまま、日常を回す人間の笑いだ。


 ――そして。


 そのいつもの揺れが、ほんのわずかに変わった。

 車体の奥から、金属が噛み合う音。

 速度が落ちる直前の、空気の詰まり。

 ルーチェは言葉にしないまま、

 抱いたテリアの重さを確かめるように腕に力を込めた。


『緊急停止、緊急停止。

 前方線路上に魔物の群れを確認しました』


 車内放送が、唐突に空気を切り裂く。


 ――冷たい声。訓練された声。


 慌てていない。慌てさせないために、一定の温度で告げる声だ。

 一瞬、ざわめきが走る。だが、悲鳴は上がらない。

 乗客たちは顔を上げる。

 視線を交わし、次に来るものを理解していた。

 恐怖より先に浮かぶのは、「またか」という空気。

 この鉄路では、魔物は天災に近い。

 雨が降る。風が吹く。列車が止まる。魔物が出る。


 ――それが、日常に組み込まれてしまっている。


 誰かが小声で呟いた。


「……次の駅、遅れるな」


 別の誰かが肩をすくめる。


「いつものことだ」


 諦めでもない。受け入れでもない。

 生き延びるための処理だ。

 次の瞬間。列車が、重い衝撃と共に停止した。

 床がぐん、と沈む。荷物が軋み、吊革が一斉に揺れた。

 ルーチェの身体も前へ持っていかれそうになるが、

 足が自然に踏ん張る。

 白光の魔導士は、こういう瞬間に転ばない。

 ほぼ同時に、車両の扉が開いた。


 ――外気が流れ込む。


 鉄と草と、微かな血の匂い。

 戦場の匂いが、列車の中へ入り込んできた。

 剣士、魔導士――装備の整った者たちが、

 迷いなく外へ飛び出していく。

 クロスヴァル専属。

 鉄道を守るために配置された、戦闘要員たち。

 陣形。役割分担。

 前に出る者、後ろで詠唱を整える者、乗客を落ち着かせる者。

 誰一人、声を荒げない。むしろ静かだ。

 静かだからこそ、慣れているのが分かる。

 魔物との距離感すら、日々の巡回業務の延長。

 仕事として殺し、仕事として守る。

 そんな空気が、扉の向こうで整然と動いていた。


「……慣れておるのう」


 ルーチェは、その光景を見つめながら静かに立ち上がる。

 胸の奥に、淡い灯りが点る。

 白光の魔力が、意識の底でゆっくりと起動する。

 加勢するべきだ。守るべき命が、腕の中にある。

 そして守るべき人が、車内にもいる。

 そう判断した――その矢先だった。

 扉の向こうの空気が、別の意味で割れた。

 いつもの停止。いつもの対応。


 ――そのはずの「日常」が、ほんの一拍だけ、狂う気配がした。





「……遅い。私が終わらせるね」


 軽い。あまりにも軽い声音だった。

 戦場に似つかわしくない、退屈を紛らわすような響き。

 その一言だけで、空気が――歪んだ。

 魔力の流れが乱れ、視界がわずかに揺らぐ。

 闇がそこに在るのではない。

 闇が、周囲を侵食し始めたのだ。

 前へ出たのは、一人の魔導士。

 整った顔立ち。無駄のない所作。

 黒衣は深く艶やかで、まるで夜そのものを纏っているかのようだった。


 ――美しい。


 だが、その美しさは、刃に似ていた。

 触れれば、必ず血を見る類のものだ。

 次の瞬間。闇魔法が放たれる。

 詠唱はない。躊躇もない。

 凝縮された黒が、魔物の核だけを正確に抉り抜き――爆ぜた。

 遅れて追いついた衝撃が、肉体を内側から裂き、

 骨も皮も意味を失わせる。

 吹き飛んだ肉片が雨のように散り、地面を染めた。

 悲鳴は上がらない。声帯が、叫ぶ前に蒸発した。


 ――殲滅。


 ただそれだけの結果だった。

 なのに。魔導士は、その光景を鑑賞していた。

 瞳は細められ、口元には、うっとりとした笑みが浮かんでいる。

 勝った笑みじゃない。相手を倒した達成感でもない。

 もっと浅い。もっと醜い。


 もっと本能的な――快楽。


 それも、抑えきれない種類のもの。

 肩が、ほんのわずかに震えた。呼吸が、ひとつだけ甘くなる。

 まるで喉の奥で、何かが満たされていく音を聞いているみたいに。

 そして、その満足が終点にならないことを――

 本人だけが、よく知っている。

 だが――闇は、そこで終わらなかった。

 本来なら、撃って、止める。

 魔力を収束させ、余波を切り落とし、次の標的へ移る。

 それが戦闘の理性だ。

 なのに彼女の魔力は、止まらない。止まれない。

 制御されるべき闇が、なおも膨張を続ける。

 黒は波紋のように広がり、地面を濡らす水面のように脈打ちながら、

 周囲の色を奪っていく。

 闇がある、のではない。闇が――増殖している。

 味方の陣形すら呑み込もうと、黒が指のように伸びた。

 その動きは狙いを定めた攻撃ではない。

 飢えが、勝手に手を伸ばしているだけだ。

 破壊の衝動が、魔法の縁を越えて滲み出ていた。


 壊したい。消したい。もっと、もっと。


 その欲求が、仮面の下から漏れ出しているのが、はっきりと分かった。

 声にしなくても分かる。

 目が言っている。唇が言っている。皮膚の下の刻印が、

 黒い脈動で言っている。


 ――足りない。

 ――まだ足りない。


 美しさの裏にあるのは、理性ではない。

 抑え込まれた狂気だ。

 いや、抑え込まれているふりをしている狂気だ。

 薄い膜一枚で社会をなぞり、

 戦闘が始まった瞬間にそれを破って飛び出す。


 そしてそれは――


 次の瞬間、確実に仲間をも巻き込む規模へと変わりつつあった。

 黒が、嬉しそうに広がっていく。

 彼女の笑みが、もう少しだけ深くなる。

 まるで――味方も敵も区別できないのではなく、

 区別する必要がないとでも言うみたいに。





「何をしているのじゃ!」


 叫びと同時に――白光が走った。

 否、走ったのではない。切り裂いた。

 空気そのものを真っ二つに割り、

 闇の伸びる軌道へ、光が一直線に差し込む。

 ルーチェの身体が、迷いなく前へ出る。

 小さな足が一歩踏み込んだ瞬間、

 足元に展開された魔法陣が――弾けた。

 ぱ、と花が開くように。

 純白の紋が地面に刻まれ、次の刹那、光が奔流となって噴き上がる。

 眩い。熱い。だが焼き尽くすための光ではない。

 守るためだけに研がれた、刃のない鋼のような光だ。

 次の瞬間、光は盾へと形を変える。

 円弧状に広がった白光が、剣士と魔導士たちを包み込む。

 闇が触れた瞬間、激しい火花が散り、空気が悲鳴を上げた。

 白と黒が擦れ合う音が、耳ではなく骨に響く。

 踏ん張る足元が、微かにきしむ。


 ――ドン、と。


 闇と光が衝突する。

 圧縮された魔力同士の激突が衝撃波となり、大地を揺らした。

 土煙が巻き上がり、視界が一瞬、白と黒に塗り潰される。

 その中心で、ルーチェは踏みとどまっていた。

 足は動かない。腕も、揺れない。光は、揺らがない。

 守るべきものが、明確だからだ。

 ルーチェの眼は一点に据えられ、

 瞬きすら惜しむように闇の伸びを捉える。

 次にどこへ触れようとしているか。

 誰を呑み込もうとしているか。

 それを見切り、先に塞ぐ。

 白光が静かに収束していく。

 押し返すのではない。押し戻す。

 闇の指先を一つずつ折り、余剰を削ぎ落とし、

 拡がりそのものを失速させる。

 やがて、闇が押し返され、霧散する。


 ――静寂。


 砂塵の向こう。黒衣の魔導士が、ゆっくりと顔を上げた。

 視線が、重なる。ルーチェは、何も言わない。

 詠唱も、警告もない。ただ、真っ直ぐに睨んでいた。

 声を出せば、揺れる。

 言葉を挟めば、相手の闇に隙を与える。

 だから黙る。黙って、意思だけをぶつける。

 白光の奥にあるのは、怒りではない。

 恐れでもない。

 ただ一つ。


 「それ以上、踏み込むな」という命令のような意思だけだ。


 黒衣の魔導士は、ほんの一瞬、その視線を受け止める。

 刹那。感情のない、冷たい一瞥。

 そこに驚きはない。怒りもない。

 あるのは――評価ですらない、無関心。

 まるで「もう用はない」と言わんばかりに、視線が外れる。

 魔導士は踵を返した。

 白光を背に、戦場に背を向ける。

 歩みは緩やかで、迷いがない。

 開いたままの列車の扉へ向かい、振り返ることもなく、

 そのまま乗り込んでいく――

 が、扉の縁で、ほんの一瞬だけ立ち止まる。


 ――ちらり、と。


 再び投げられる一瞥。

 それは確認でも、挑発でもない。

 「覚えておく」という、無言の宣告だった。

 次の瞬間、黒衣の魔導士の姿は列車の中へと消える。

 誰も、引き留められない。

 誰も、声を出せなかった。

 残されたのは、消えかけの闇の残滓と、淡く輝く白光だけだった。





「……ルーチェ様」


 背後から、控えめな声がかかる。

 戦闘の緊張がほどけきらぬまま、

 二階堂商会の社員が駆け寄ってきていた。

 ルーチェは、すぐには振り返らない。

 まず腕の中――テリアの小さな身体を、そっと抱き直す。

 微かな呼吸。かすかな温もり。

 生きている。

 その事実を確かめてから、ようやく、静かに口を開いた。


「あれは――相当な魔術師じゃ」


 断定。称賛でも、恐れでもない。

 ただ、現実だけを切り取った声だった。

 今の一撃。詠唱なし。躊躇なし。

 闇を圧縮し、芯だけを貫いて爆散させる精度。

 あれは偶然ではない。技術だ。鍛え上げた力だ。

 だからこそ、ルーチェは次を言う。


「だが、己の魔力を過信し、殺戮を楽しんでおる」


 言葉の温度は変わらない。

 けれど、刃の向きだけがはっきりする。


 強い。――だから危険なのだ。

 強いのに、止まれない。

 強いのに、止まろうともしない。


 視線はなおもテリアに向けられている。

 先ほどの惨状の影は、その瞳には宿っていなかった。

 あるのは冷静な理解だけ。

 そして、理解した上での拒絶だった。


「黒魔法を扱う者が、皆あのようではない」


 言い切って、ほんの一拍。

 ルーチェの胸の奥で、白光が静かに芯を作る。

 正しく恐れる。誤って憎まない。

 その区別は、守る者に必要な礼儀だ。


「……だが、拙者とは相容れぬ者じゃ」


 短い。けれど、揺るがない。

 守るために力を振るう者と、壊すことに酔う者。

 その境界線は、曖昧にしてはいけない。

 一度曖昧にすれば、次は守るべきものが壊れる。

 だから、ここで線を引く。

 認める。認めたうえで、決して交わらないと決める。

 やがて、最後の魔物が倒される。

 戦場のざわめきが消え、鉄道警備隊が黙々と後処理に入る。

 血と魔力の匂いが、風に流されて薄れていく。


 ――ゴトン。


 列車が、再び動き出した。ゆっくりと、確実に。

 まるで、何事もなかったかのように。

 窓の外、景色が再び流れ始める。

 白光だけが、淡く、車内に残っていた。





 錬金都市エクリヴァル。

 無数の研究塔が天へと伸び、叡智と禁忌が、

 同じ地平で平然と交差する都市。

 ここでは救いすら研究対象で、

 破滅でさえ理論として棚に並べられる。


 白光の魔導士が向かう先に待つものは――

 ひとつだけ、はっきりしている。

 テリア覚醒の真実。

 その原因を掴むこと。


 眠りの奥に沈んだ命を、確かな答えで引き上げること。

 もちろん、その道の先で出会うかもしれない。

 真実ではなく、触れてはならぬ魔導の闇に。

 答えは、まだ霧の向こうだ。だが、迷いはない。

 守るべき命を胸に抱き、白き光はただ前へと進む。

 何のために行くのかを、決して取り違えないまま。


 列車は走る。


 鉄と魔力が生む軌道の上を、静かに、確実に、未来へ向かって。

 やがて辿り着くその都市で――

 テリアの覚醒をめぐる真実は、必ず形になる。

 そして同時に、光と闇は、再び相まみえる。

 物語は、そこで待っている。





 ――汽笛が、短く鳴った。

 金属と魔力の匂いが混じる空気が、窓の隙間から流れ込む。

 列車は減速し、やがて重い鉄の塊が止まるという現実を思い出したように、

 ゆっくりと息をついた。

 駅舎の外には、白い塔がいくつも突き立っている。

 天へ伸びるというより、空を突き刺し、裂き、

 そこから何かを吸い上げているような形だった。


 錬金都市エクリヴァル。

 到着。

 扉が開く。


 足元の石畳は煤で黒ずみ、風は薬品の甘さと焦げた苦さを運んでくる。

 ルーチェは一歩を踏み出しかけ――

 その瞬間、腕の中の温もりが、微かに動いた。


「……?」


 眠っていたはずのテリアの身体が、ぴくり、と震える。

 小さな翼がこわばったまま開き、喉の奥から細い声が漏れた。


「きゅ……」


 その鳴き声は、泣き声に似ていた。

 けれど同時に、目覚めの合図でもあった。

 ルーチェは息を止める。

 すぐに、優しく抱え直した。


「……テリア殿」


 ホーリードラゴンの黄金の瞳が、ゆっくりと開く。

 焦点が合うまでのわずかな間、光の膜が揺れた。

 そして――テリアはルーチェを見上げ、

 確かめるように小さく鼻を鳴らした。

 ルーチェは、そっと微笑み、テリアを肩へ乗せる。

 小さな爪が外套の布を掴み、そこに居場所を作った。

 肩の重みが、祈りを“使命”に変える。

 レイヴァルでは見つけられなかったものがある。

 魔導書。歴史。失われた錬金の記録。

 残されている可能性が、この街にはある。


 だから来た。だから、ここで掴む。


 ルーチェは白い外套を整え、駅の喧騒へ視線を通す。

 人の目は鋭く、塔の影は長く、風はどこか不吉に甘い。

 それでも、足は止まらない。


「……参るでござる」


 白光の魔導士は、目覚めたホーリードラゴンを肩に乗せ、

 錬金都市エクリヴァルへ――確かに、足を踏み入れた。



 宿は、二階堂商会の社員がすでに手配していた。

 エクリヴァルの宿は寝る場所ではない。隠れる場所だ。

 だから入口の鍵は二重で、窓は厚く、廊下はやけに静かだった。

 荷を置き、最低限の確認を終えた頃には、

 外はもう夕方の色になっている。

 塔群の影が長く伸び、煤けた空に炉の火だけが赤く滲んだ。


 ――普通なら、ここで一息つく。


 だが、ルーチェは外套の紐を結び直していた。

 肩のテリアが、小さく「きゅ」と鳴き、外の匂いに鼻先を揺らす。


「ルーチェ様……まさか」


 同行の社員が、半歩遅れて声をかける。


「もう今日から探されるのですか? 

 到着したばかりですし、日も――」


 ルーチェは振り返り、真顔で頷いた。

 迷いのない頷きだった。


「うむ」


 そして当たり前のことを言うように、さらりと続ける。


「まだ空いているところは、あるでござるからな」

「空いているところ……?」


 社員が首を傾げると、ルーチェは少しだけ胸を張った。

 誇るのは知識ではなく、間に合うという直感だ。


「文献が残る場所は、閉まる前が勝負でござる。

 夕方は皆、飯と酒と炉に寄る。

 ならば、今が……隙でござろう?」


 妙に筋が通っている。

 しかも、本人はそれを当然の常識として言っている。


「……承知しました。ただ、エクリヴァルの道は複雑です。

 迷われると――」

「迷わぬ」


 即答。

 ルーチェは真顔のまま、きっぱりと言い切った。

 その断言に、社員は一拍だけ黙り――

 すぐに、荷の中から地図を取り出した。

 折り畳まれた紙には、塔の区画、通りの呼称、

 禁止区域の印まで書き込まれている。


「こちらを。迷わないように」


 言い方は丁寧だが、実質は“迷前提である。

 ルーチェは地図を受け取り、じっと見つめた。

 上下を一度だけひっくり返す。

 左右も一度だけひっくり返す。

 そして、納得したように頷いた。


「……なるほど。紙の魔法陣でござるな」

「地図です」

「うむ。地図の魔法陣でござる」


 社員が遠い目をした。


 ルーチェは地図を丁寧に懐へ収め、扉へ向かう。

 肩のテリアが、不安げに翼をすぼめて外套を掴んだ。

 ルーチェはその小さな爪に、そっと指を添える。


「本日は近場のみ当たるでござるよ」


 言葉は穏やかだ。

 だがその奥にあるのは、

 今日のうちに一歩でも進めるという固い意思。

 扉を開ける。煤と薬品の匂い。

 塔の影。遠くの爆ぜる音。


 そして――知識が眠る街の気配。


 白光の魔導士は、再び街へ降り立った。

 夕方のエクリヴァルへ。眠りかけた真実を起こしに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ