翌朝
朝日が差し込み、蝉の声がじりじりと響く、六時を過ぎると太陽が待っていたかのように日差しを強くする。
「朝やから、涼しい思ってたけど、夏やからやっぱり暑いんやなあ」
私の隣では新太郎が汗をかきながら、涼しさを求めて、歩いていた。
「新太郎さん、どこかで座って休んでいく?」
「そうさせてもらいます」
東寺の夏は常に影を求めていた。
五重塔を近くでまじまじと見上げるのはやはり久し振りだった。
家を出た際に見上げることはあれども、やはり、ありがたみを求めて、見に来るのは違っていた。
日のせいで五重塔の細かい箇所は影によって隠れていた。
祇園の夜の後、雨が降っていたのか、境内の砂は湿っていた。
そのせいか、じっとしていると涼しさが込み上げて来るようで、蝉の鳴き声の中にいて、暑さと涼しさが見事に共存していた。
それは喧騒に包まれた静けさを東寺が作り出しているのにとてもよく似ていた。
「二年前にここを訪れたの覚えてはる?」
新太郎に言われ、私は
「覚えてはるよ。忘れることはないやろうな。この場所で私達は....」
私はその先の言葉を言うことを躊躇った。近くに二人の老人が歩いていたのだ。
いつしか、太陽が雲に隠れ、境内は日陰に埋もれ、私達はその隙を狙い木陰から逃げ出した。
「詩乃さん、ここを後にしたら、二人っきりにならへんか?」
「ええけど、何をするん?」
私の言葉に新太郎は何も答えなかった。むず痒い表情を浮かべ、時折、私を睨むように見ていた。
やがて食堂の五重塔が見える場所に座り、風が吹き止んだことに気がついた。
小さい頃に五重塔で家族で写真を撮った。新太郎曰く、そこに、新太郎がいたらしいのだが、私の記憶にはわかりかねた。それは私の記憶の断片が抜けているのか、それとも新太郎の記憶が正しいのか、それは今でもわかりそうでもないが、その思い違いのお陰で私達は幼馴染の先の存在になり得ることができた。ひょんなことがきっかけで永遠の存在になれたのである。こんなに嬉しいことがあるであろうか。
「詩乃さん、昨日の祇園祭のこと覚えてる?」
「かんにんえ、あれは本当に酔っ払ってたのやと思うわ」
「狐につままれたような心持ちやったで」
新太郎の言葉に私ははっとした。今年は私がつままれたのか。確かに体を取られたような、ふんわりとした宙に浮かんだようなぼやけた心持ちであった。
「暑なって来たし、帰ろうか?」
「そうやね」
砂を踏む足音は蝉にかき消え、京の夏は今年も始まりを告げた。