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祇園祭

 祇園祭は去年は行くことがなく、訪れたのは二年ぶりであった。

 私は新太郎を連れて、八坂神社を訪れていた。

 八坂神社の賑やかさに懐かしさを覚え、子供の頃、祇園祭で迷子になった時に訪れた場所は八坂神社であったと今になってわかった。

 光り輝くカンカン照りの御神輿を私はじっと見つめ、それを新太郎は私を手を握りながら、時折、辺りを見回していた。

 朝を迎えるのが怖いと思う程に夜を明るく、八坂神社の暗き無き夜がいつ朝を迎えるのかと私は思った。

 石見神楽を遠くで聴きながら、私達は八坂神社の裏道を歩いた。

 石見神楽の声が遠のく中、美御前社の水の音が優しく音を立て、騒がしさと静けさの音がこの場所で溶け合っていた。

「詩乃さん、足は痛なってない?」

「へえ、今年は大丈夫や」

「そう、よかったわ。ここから四条は人がたくさんやから、歩きずらいんじゃ可哀想や」

 新太郎はそう言って、私に目を合わせた。私は幼馴染の彼をささやかにありがたく思った。その思いが夜の空に登っていく様子をぼんやりと想像した。

 新太郎の手は暖かく、暑い夜でも不思議と心地良かった。私はそれは新太郎に対する思いのおかげであるのだと思った。

「新太郎さん、花見小路、寄らへん?」

「また珍しい」

 新太郎の息を吐くような声に私は慌てたように

「せっかくここまで来たんやし、足が向くんや」

 新太郎を引っ張り、花見小路へと行くと、賑やかさに品の良さが上乗せし、そこに淡い街並みがあった。

 私の足音が先程よりも耳に乗り、それは下駄を履いた音と思ったほどであった。

「美しいわあ」

「僕らにはあまり縁の無い世界やな」

「私、子供の頃はここに住みたいなんて思ってたわ」

「女の子らしいな。けれど、詩乃さんみたいなおとなしい子も思うんは少し意外やわ」

 新太郎の横顔に店の灯が当たり、頬がランプを思わせるように光っていた。

「私やって人並みの女の子やし、それくらいはよく思っとったわ」

 新太郎の頬は蝋燭の火のように変わる変わる光っては消え、光っては消えと繰り返していた。そしてそれは私もなのだろうと今になって思った。

 四条大橋は川辺のすぐ近くであるからか、夜風が吹き、それが涼しく心地良かった。川の音が強く鳴り響き、時刻は二十一時となっていた。

 確か、大学の先輩に似ている方に出会ったのがもう二年前かと私は舌を巻くばかりであった。

 あれは狐にばかされたような夜だった。そんな思い出が変わる変わる写真のように流れていった。

「前はこの時間帰ったけど、今年はもう少しいよか?」

「へえ、そうしまひょ。私達はもう二十歳になったさかい」

 私はその時に、ふと母の顔を思った。母は叱ることはしないだろうと思われた。寧ろ、喜ぶようにも思えたのだ。

「詩乃さん行きたいとこあるんか?」

 その喧騒に響く静かな囁きのような声に私は

「八幡様の御旅所、行きたいわ」

「七度参りでもするんか?」

「へえ、せっかくやし」

 私の家ではそれを無言参りと言っていた。だが、七度参りの方が御利益があるように思えた。

「せやけど、、八坂神社まで七回やで。僕でも大変やのに志乃さんなんか無理やないの?」

 新太郎はそう言った際に、私の機嫌を伺った。言葉に引っかかったと思ったのだろう。

「まあ、そうやな。今日は人混みにずっといたから疲れてはるし」

 私は七度参りはよすことにした。新太郎と顔を見合い

「そろそろ帰りまひょか?」

「そうやな、まだ帰り道が混まない時に家に

 人々の喧騒が私には夢心地に耳に響いていた。この夢模様の景色に私は新太郎の存在がなければ、夢遊病のように歩いていただろう。

「詩乃さんお疲れなんやな。足がふらついとるわ」

「目も虚ろのような気がするわ」

 初めて酒を飲んだ時のような感覚が私を襲っていた。新太郎に寄りかかりそうにもなった。

「ええよ。なんならおんぶしよか」

「子供やないんやで」

 私の言葉は私の意思をも真反対に表していた。

 細い道を二人で歩き、時折、人にすれ違うが四条駅からだいぶ離れると、祇園祭の喧騒はこだまでしか聞き取れなかった。

 徐々にいつもの街へ戻ってきている。私の意識も元通りになっていく。

「新太郎さん、飲んでいきまへんか?」

「嫌やで、詩乃さんお酒弱いやんか」

 新太郎に嗜められ、私は握っている新太郎の手を離した。その握っていた手の手汗が風に当たり、冷たさを手に広げた。

「なあ、明日はどこへ行こうか?」

「ほんまに酔っ払っているみたいやで」

 しかし、新太郎は真剣な表情を見せていた。その姿に私は彼を愛してよかったと思った。

「私は新太郎さんとデートがしたいんやけど」

 新太郎はその言葉に驚きを持ったのか、少しの間何も言わなかった。私が不安になり、何か言おうとした時

「東寺、行きまへんか。久しく行ってないやろ」

「ええよ。私は新太郎さんがいればどこでもええんやで」

 私の笑みはほころび、新太郎は苦笑に似た笑みを私に見せた。

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