表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

99/144

マデリーン・ドレスト

<マデリーン・ドレスト>

 

「ワイアット様、パーティーでダンスに誘っていただき感謝しております。

 学園に入学し勉学に夢中になるあまりパーティーでのダンスのお相手もおらず困っておりました。

 当日にあのように誘ってしまい申し訳ありませんでした」


 私は今、ワイアット王子とお茶をしている。

 「一度令嬢と話したい」と手紙が届き、日時を指定するとワイアット王子が訪ねてきた。


 以前参加した王族主催のパーティーに参加した時に、エメラインに挨拶をしていると婚約者の第三王子・アビゲイル王子が登場した。

 貴族の令嬢というものはパーティーで自身より美しい令嬢がいたとしても決して認めない矜持を持っている。

 その相手に対して「蹴落としたい」「瑕疵があればいいのに」と相手の不幸を願い、酷い時には不幸を生み出す令嬢も存在する。


 だが、その美しい相手が男性であれば話は違う。

 爵位で婚約を考える令嬢達も、飛びぬけた美しさを持つ人間であればなりふり構わなくなる。

 喩え相手に婚約者がいたとしても礼儀を超えてしまうことがある。

 そうさせてしまう程の美しさを持っているのが、第三王子のアビゲイル。

 彼を見ていれば婚約者のエメラインをとても大事にしているのが分かるものだが、そこは恋は盲目。令嬢達の中には果敢に挑戦する者がいる。


「私は違う」


 エメラインをダンスに誘いに来たアビゲイルとエメラインの仲を邪魔することなく、控える。


「マデリーン様、紹介するわ。私の婚約者のアビゲイル殿下よ」


 不意にエメラインから第三王子を紹介され驚く。


「お初にお目にかかります。ご紹介にあずかりました、マデリーン・ドレストと申します」


 エメラインの友人という域を超えず、控えめに第三王子に挨拶を交わす。

 決して邪な感情を悟られないように。

 私が目的とする人物は第四王子のワイアット。

 顔などは知らないが、第三王子がこれほど美形なら同じ親を持つ第四王子も美形に違いない。


「初めまして。君が噂に聞く優秀な編入生かな?」


 洗練された王子の話し方は物腰柔らかで「エメラインの婚約者である第三王子とは一定の距離を保つ」という心構えでいた私でさえ揺らいでしまう。

 不意に話しかけられた令嬢であれば簡単に彼の虜になるに違いない。


「いえ、私など学園の授業に付いていくのに必死でまだまだです」


「向上心があるのはいいことだ。ドレスト伯爵の養女と聞く。伯爵も令嬢の真摯な姿勢を好んだのだろう。これから令嬢の躍進、楽しみにしている」


「ありがとうございます」


「おぉ、ワイアット」


 第三王子は弟の第四王子・ワイアットの姿を発見し手を挙げる。

 私は内心、突然の第四王子の登場に歓喜するも決して表情には出さないように気持ちを落ち着かせる。

 ワイアットと第三王子の婚約者であるエメラインは親しいのか親しそうに会話を始める。

 ワイアットは第三王子の二つ下だが、身長はそう変わらない。

 体格はワイアットの方が逞しいように思え顔つきも彫りが深く美しいというより精悍という言葉が似合う人物だった。

 私は綺麗な男性が好きだが、彼も悪くない。


「そろそろ、ダンスの時間だな。ワイアットは一曲目くらいはするのだろう? 相手はいるのか?」


 会話に加わるような無粋な真似はしないが、「ダンスの相手」については身を乗り出して聞いてしまう。

 王子二人の登場に会場は彼らに注目している。

 婚約者のいる第三王子のダンスの相手は諦めてはいるが、第四王子のダンスを狙っている令嬢が周囲を固めている。

 私が一番近い場所にいるとはいえ、私はまだ彼と挨拶すらしていない。

 折角のチャンスなのに、私は動けないでいる。


「こちら、マデリーン・ドレスト伯爵令嬢だ。ドレスト伯爵の養女となり、今年から学園に編入した優秀な生徒だよ」


 まさかの第三王子に紹介され、漸く彼と視線が合った。

 綺麗系の顔が好きだと思っていた私だが、男らしい彼に見つめられた途端、その逞しい腕に抱きしめられたいと思ってしまった。


「マデリーン・ドレストと申します、この度ドレスト伯爵の養女となり、学園に通わせていただけることになりました」


 緊張のあまり、第三王子が紹介した内容を口にしてしまった。


「令嬢。ダンスのパートナーがいなければ是非弟のパートナーになっては頂けないか?」


 まさか第三王子に援護射撃されるとは思わず、内心雄たけびを上げていた。

 やはり、私が可愛いから誘われたに違いない。この国に来てからも私の可愛さは通用すると感じている。

 エメラインは綺麗系のお姉さんで、他の令嬢達もそれなりに可愛いが私のピンクの髪は珍しいのでとても目を惹く。


「兄さんっ」


 兄の突然の提案に驚いている姿は、可愛い私がパートナーになった事で照れているようにも見える。


「どうせ、誰ともしないつもりだったんだろう? 一曲くらいはしなさい」


「……令嬢、もしよろしければ……」


 第三王子に促されてのダンスの誘いではあったが、悪い気はしない。

 彼はもとより誰ともダンスをするつもりが無かったのだ。


「はい」


 第三王子と婚約者のペアの後ろを私達が続くと、会場の視線が集まるのを感じた。

 久しぶりの注目は気持ちがいい。

 私は羨望の眼差しで見られるのが大好きだ。ダンスはシュタイン国で王子のペアを務めていたので得意だし、嫉妬の眼差しさえ私には心地が良い。

 周囲の者が私達のダンスから目を離せないでいるのがわかる。


「ん?」


 ダンスの途中、赤い髪が目に入った。

 あまりの衝撃にステップを間違いそうになり、ダンスに集中し気持ちを整えてから彼らの姿を探すも見失ってしまった。

 彼らに気を取られていると大して長くないダンスの時間が終わってしまった。

 本来なら漸く掴んだ第四王子との二人だけの時間を有効活用するはずだったのに、あの女に気を取られ不意にしてしまった。

 その後ダンスを好まない彼を「救う」という名目でバルコニーに誘おうと一歩踏み出すも、彼はダンス終了の礼をすると背を向けて歩き出していた。

 彼の姿を目で追い掛けると、令嬢達の間をすり抜けていく。

 余程令嬢とダンスを好まないようだった。

 彼が私以外とダンスをしないのを見届けてから、私はあの女を探すも会場内で見つけることが出来なかった。


「幻覚?」


 あの赤い髪を見間違う事はないだろうが、いくら探しても見つけることが出来なかった。

 王宮のパーティーという事で、あの時の事を思い出してしまったのだろうか? 


 その後、令嬢達と談笑しつつ会場内を見渡してもあの女の姿は無かった。

 私もだが、令嬢達も婚約者とダンスしただけでその後ダンスをすることは無かった。

 それどころか、アイリーンは体調が優れないという事で途中で去って行ってしまった。

 確かに令嬢は体が細くすぐにでも病気になってしまう繊細な女性だ。


「あんなに細かったかしら?」


 ふと、学園編入した頃の令嬢を思い浮かべた。

 あの時はもっとふっくらしていたようにも思える。

 周囲の令嬢を見渡すと、どの令嬢達もあの頃より細くなっていた。


「あっ……」


 令嬢達は細く見せる為に、コルセットで腰をキツク締め付けたり断食すると聞く。 

 令嬢達は今日の為にダイエットしたのかもしれない。


「それにしても痩せすぎじゃない?」


 あんなに細いのだから必要ないとは思う。

 

「ウエストの細さを強調するドレスばかりだからそう見えるのかな?」


 パーティーシーズンが終わればいつもの令嬢達に戻るだろう。

 それよりも、私は第四王子を令嬢達との会話の合間に必死に探していた。

 途中令嬢達と会話が噛み合っていない返事をしてしまうも、誰にも咎められることがなく安堵していた。

 この日、私は目的とする第四王子とダンスをしただけで、その後の彼と時間を得ることが出来なかった。

 パーティーが終了し屋敷に帰る途中の馬車内で夫人とテネイサムが同乗しているにも関わらず伯爵に第四王子との進展を聞かれ、嘘を吐くことなく正直に答えるとため息をつかれ終わった。

 その間夫人もテネイサムも一言も発しない。

 気まずい空気の中、早く屋敷に到着してほしいと願う。


 そう言えば、パーティー開始の合図である国王が挨拶をしている時に夫人の様子が普段と違うように感じた。

 夫人は挨拶をすれば優しく微笑みながら挨拶をしてくれるし、私の学園での成績を褒めてくれる。

 穏やかな貴婦人という印象。

 伯爵と夫人は穏やかな関係といえる。

 言い合いをする姿などは見たことがないが、熱烈な関係にもみえない。

 代表的な政略結婚なのかもしれないが、二人の仲はまぁ良好なのだろう。


「ん?」


 そんな夫人が国王に対して熱い視線を向けているように見えた。

 そして、国王も一瞬だが夫人に視線を送ったようにも見えなくもなかった。

 正確な視線の先を把握することは出来ないが貴族になったばかりの私ではなく、私の隣にいた夫人に視線を送ったように思えた。

 その瞬間、二人には周囲に知られたくない関係なのではないかと勘ぐってしまう。

 その後は国王は分かりやすく視線を逸らした。


「もしかして……」


 王族と結婚できるのは伯爵家以上の家柄と決まっている。

 夫人は結婚する前は子爵家。家柄で国王の婚約者候補すらなれなかったのだろう。

 そして、あの様子から国王も夫人に特別な感情を抱いていた……


「結婚後に伯爵になるなんて皮肉ね」


 夫人を哀れに思うも、夫人と国王の関係は私にとって後押しになってくれるだろう。

 それと王族の挨拶を家族で並びながら拝聴していると不意に隣に立つテネイサムの顔が見え、とても綺麗な事を知った。

 前髪で顔を隠す事にもったいないと思うも、心のどこかで父親の仕事に対して何か思うことがあるのかもしれない。

 パーティーなどの参加も遠慮しているのは、ドレスト伯爵の仕事の噂が耳に入ってしまうから……

 パーティー欠席は病気でも伯爵への反抗心でもなく、彼自身が傷つきたくないから……

 繊細そうだものね。


 パーティー後、第三王子経由で第四王子をお茶会に招待できないものかエメラインに手紙を出すと、婚約者と共に隣国へ領地訪問に行かなければならなくなったらしい。

 貧困層改革や領地経営を学ぶためらしい。

 令嬢でありながら既にそのような仕事を任されている事に驚く。

 全ての令嬢がとは言わないが、高位貴族ともなれば令嬢でも経営に携わるらしい。

 アイリーンにも手紙を出したのだが、令嬢も同じように隣国へ領地経営について訪問する返事が届く。

 長期休暇を休暇ではなく、休暇を利用して隣国に留学する二人の姿には感心してしまう。

 私は二人からお断りの手紙が届くもめげずに他のお茶会メンバーに手紙を出すも、どの令嬢からも良い返事は無かった。


「令嬢って、忙しいのね……」


 頼みの綱が切れてしまい、長期休暇という時間がもどかしく感じている時見たこともない家門から手紙が届く。


「これは……」


 どこの家門から分からず使用人に尋ねる。


「王族からですね」


 思いもよらぬところからの手紙だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ