真実
エメラインとアイリーンがカストレータ家の領地に到着し数週間。
顔色も見違えて回復している。
気分が安らぐとされるハーブティーで二人を持て成す。
「お二人とも、体調はどうです?」
「カストレータ様には貧困層改革について学びに来ましたのに、ご迷惑をお掛けしてしまいました」
「私もお招き頂いたのに、部屋に滞在してばかりで申し訳ありませんでした。最近では大分回復致しましたので、領地を見学させていただきたいと思います」
エメラインに次いで、アイリーンも申し訳なさそうに告げる。
体調が優れない中、何日も掛けて隣国へ。
多少回復したとはいえ、貴族の役割を熟そうとする姿は十七歳とは思えない。
責任感の強さには感服する。
「いえ、お二人が体調が悪いというのに我が領地までお越しくださり感謝しております。アビゲイル殿下からお二人にとても重要な件を言付かっており、これからお話ししたいと思います」
私が『アビゲイル殿下』からだと口にすると、真っ直ぐ見つめる二人の表情に変化が。
主人の様子が変わると後ろに控えていた使用人もつられ引き締まった。
領地に来た当初の二人は窶れて病的な白さだったが、今では血色も良く少し健康的な体形になりつつある。
無理にでもあの地から離した甲斐が有る。
今の二人なら真実を伝えても乗り越えてくれるだろう。
アビゲイルも、今が真実を言うタイミングだと判断するはず。
「お二人の体調不良の原因が分かりました」
令嬢二人はサーチベール国で専属医師から『原因不明』と報告されていた。
なんの病気なのかも分からず、不安な日々が続いたのが今日終わろうとしている。
病名が分かるだけで気持ちは十分楽になるだろう……
「お二人の体調不良の原因は……アヘン中毒です」
何らかの病名を言われる覚悟をしていた二人はまさかの病名に困惑し、混乱し始める。
「カストレータ様」
エメラインこれから何を言おうとしているのは大体予想は出来ている。
「アンジェリーナで構いません」
「……はい、ではアンジェリーナ様。私だけでなくアイリーン様もそのようなものを口にしたことはありません。その診断は何かの間違えではございませんか?」
私の診断に、令嬢は穏やかではあるものの怒りを感じさせる。
体調不良でありながらも、その眼には力強さがある。
「私も法に触れるような事はしていないと断言できます」
アイリーンの方も当然ながら否定。
二人だけでなく、後方に控えている使用人も私に対して微かな敵意を見せている。
「……二人は気付かぬうちに口にしておられました」
「……どういうことなのでしょうか?」
二人の当然の反応に私は後方に控えさせていた公爵家の使用人に合図を送る。
使用人は静かにある物を令嬢達の前のテーブルに置く。
「こちらに見覚えはありますか?」
私は令嬢達を苦しめていたエーバンキール産の茶葉を確認させる。
「えぇ。エーバンキール産の茶葉はよく頂くわ」
「私も好んで飲んでおります」
二人がエーバンキール産の茶葉を好んでいる事は事前に知っている。
その事実を私は当人の口から聞きたかった。
「こちらの茶葉にアヘンが混入されていたのを確認致しました」
「ま……さか……」
「そん……な……」
二人は私の話す事実に衝撃を受け震えだす。
後方の使用人もまさかの真実に目を見開き驚いている。
「現在、アビゲイル殿下が陣頭指揮を執り貴族の間でアヘンが蔓延している可能性を調査しておられます。アヘンは様々な形でサーチベール国の貴族の中に入り込んでおり、令嬢二人はこちらの茶葉から摂取したと断定されました」
「茶……葉……ですか……」
予想外の事実にエメラインはハーブティーの水面を見つめている。
今日、二人に真実を伝えると決めていたのでハーブティーを出している。
というより、令嬢達二人にはカストレータ家の領地に到着してから紅茶を一切出していない。
「全てのエーバンキール産の茶葉にアヘンが混入していたのではなく無差別に混入されていました。取り扱っている店の茶葉を秘密裏に検査中ですが、時間が掛かっていると聞いております」
「……私達は……お茶会を開催するとエーバンキール産の茶葉で紅茶を頂いておりました……では、あのお茶会に参加していた皆様も……」
侯爵令嬢のエメラインが主催者。
故意ではないにしろ、自身のお茶会で禁止薬物入りの紅茶でもてなし被害者まで出してしまった事実に責任を感じているのかもしれない。
「『確認中』と聞いております」
「……そう……」
衝撃的な事実に二人は言葉を失う。
「お二人は、しばらく我が領地で療養していただきます」
「……分かりましたわ……アンジェリーナ様には感謝しております」
「はい……私もアンジェリーナ様に感謝いたします」
自らの意志ではなくとも禁止薬物を摂取していた事実は、令嬢達には重すぎる事実。
きっと『私は被害者だ』と言い聞かせても摂取していた事実に苦しめられている。
「もしかして、あの熱い部屋はアヘンを体から排出させるために?」
エメラインの言う熱い部屋とはサウナの事だろう。
「はい、その通りです」
「もしかして私達の為に?」
二人の為に制作したのだが、正直に『そうです』というのもなんだか恩着せがましいのではないかと思うと返事に困ってしまった。
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
返答に困る私の様子から事実を察したエメラインが礼を言い頭を下げると、アイリーンも同じように礼を言い頭を下げる。
「いえ、頭をあげてください」
「……あの……この事は……お父様……父、ブルグリア侯爵は知っているのでしょうか?」
「いえ。ブルグリア侯爵とルトマンス伯爵にも詳細は伝えておりません。アビゲイル殿下のご指示です」
二人の当主も娘の病名を知りたいだろうが、伝えてはいない。
『詳細を知る者が増えれば増えるだけ犯人に逃げられてしまうから』とアビゲイルに口止めされている。
アビゲイルは王族だからではなく、婚約者が被害に遇った事で必ず犯人を捕まえると意気込んでいる。
「……そう……ですか……私……このような体になりお父様に捨てられたと思っておりました。隣国へ行き二度と帰ってくるなと……」
「そんなことはありません。お二人のお父様は治療法があると話した時、病名も伝えない隣国の者に託してもいいのか真剣に悩んでおられたと聞いております。そこを脅すような説得をしてしまったのに『よろしく頼みます』とわざわざ直接二人は私に頭を下げに来られたのです」
「……お父様……」
エメラインは涙する程自身の状況に不安を覚え、それはアイリーンも同じように抱えていたことが分かる。
「ご家族だけでなく、アビゲイル殿下もルースティン様もお二人の事を心配しておられました。もっと早く気が付いていればとご自身を責めておられ、今は犯人を見つけることに全力を注いでいらっしゃいます」
「アビゲイル様が……私の体調変化に気が付き、何かの病気なのではと知られた時、婚約解消されるのではと……不安に思っておりました」
「私もです……」
二人はいつ婚約解消を告げられるのか不安だったことを口にする。
病気は婚約解消の理由として、不当……ではない。
自身が原因不明の病気と診断されてから、常に頭を過った事だろう。
「私からではなく、直接お二人にお尋ねになった方がよろしいかと……私から言えることは、婚約者のお二人は令嬢二人の異変に気付き互いに情報を共有しアヘンに辿り着かれました。調査も他人に任せることなく二人が先頭に立ちつつ、馬で隣国まで駆け付け令嬢の事を私に託されていきました。彼らの想いをお疑いになるのは、あの時の彼らの様子を目撃した私からすると……もどかしいです」
どこまで告げて良いものか悩みながら婚約者二人の誠実さを訴えた。
二人は何も言わなかったが、きっと今までのような不安にはならないだろう。
令嬢二人には自身がどんな状況だったのか伝え理解してもらえたので自身で乗り越えながら、今後もサウナや水分補給そして散歩などの軽い運動を自らの意思で行うだろう。
二人に真実を告げ部屋へと戻る。
私は重要な事をやり遂げ、一安心。
「私の役目は……終わった……アビゲイル殿下達は次、いつ来るのだろうか?」
一日でも早く二人に会いに来てほしい。




