使用人
カストレータの領地に到着して数日。
令嬢達の禁断症状が現れた。
<エメライン・ブルグリア専属使用人>
「紅茶……紅茶……ねぇ、紅茶はないのかしら?」
「お嬢様……」
何度も紅茶を求めるお嬢様の姿。
最終学園に上がった頃からお嬢様に異変を感じていた。
注意力散漫や支離滅裂な会話。
お仕えしているお嬢様の変化を安易に口にすることも出来ず、誰にも相談せず毎日不安に過ごす。
「お嬢様の体調の変化は何かしらの病気だとは思います……」
旦那様の命により、医師の診察を受ける。
お嬢様の体調不良な様子に、自身が感じていた疑問は病気の前兆だったのだと知る。
「私が傍にいながら……申し訳ありません」
直ぐにでも医師に相談しなかったことを後悔していた。
「お嬢様ですが……原因は不明です。何かあればすぐに相談ください。今は経過観察としか……」
医師の言葉もあり失態を踏まえ、今まで以上にお嬢様の体調の変化を見逃さないよう観察。
食事や触れる物は当然、お嬢様と接触のあった使用人に似たような病気の者が近くにいないのか聞き取りを行う。
「そういった症状の使用人に心当たりはないわ」
「そう……ありがとう」
原因が分からぬまま時間だけが過ぎていく。
お嬢様のお体調の回復が見えない中、旦那様からの指示。
「隣国のカストレータ家の領地訪問を任せたい」
信じられない思いだった。
見るからに体調の悪い娘に対し『療養』でなく『領地訪問』を命ずる神経。
雇用主であるが、非情としか思えない。
貴族令嬢は政略結婚の道具とはよく言われるが、尊敬し信頼していた旦那様もそのような人種であったことに驚きと共に愕然とした。
「分かりました」
受け入れるお嬢様。
『お嬢様はこんなにもお辛いのに……』
思うことはあっても雇い主である貴族に逆らうことは出来ず、体調の悪いお嬢様と何日も掛けて隣国に向かう。
その間もお嬢様の体調は悪化していく。
気分を落ち着かせるため、誠心誠意尽くす。
今のお嬢様を理解し守れるのは私だけ。
長距離移動と体調不良で疲労困憊な様子の中、令嬢としての振る舞いを忘れない。
隣国のカストレータ家の領地に到着。
公爵家のカストレータ家は当然使用人の教育も行き届いており不満などない。
そんな中、お嬢様の様子に異変が起き始める。
以前のお嬢様は取り乱したり声を荒げることはしない、貴族の手本となるようなお人だった。
そんな方にお仕え出来ることに誇りに感じていた。
「紅茶が欲しいわ……紅茶を持ってきて。何しているのっ、早くっ」
カストレータ家に到着してからのお嬢様は、落ち着きがない。
そんな姿のお嬢様、今まで見たこともない。
他国という環境の変化で不安を感じ落ち着きがないにしても、異様な姿。
お嬢様のご友人であるルトマンス伯爵令嬢も共に領地訪問の為に訪れている。
他国で異変を感じ、信頼できる者は令嬢と共に同行している私と同じ立場の使用人。
出来る事ならお嬢様の傍を離れたくないのだが、情報を得るために一時だけ離れた。
カストレータ家の使用人達の目を盗み、ルトマンス伯爵令嬢の使用人と接触。
「時間が無いので、単刀直入にお聞きします。ルトマンス伯爵令嬢はこちらに到着して体調はどうですか? 」
ルトマンス伯爵令嬢の使用人は明らかに何かありそうだが、口を開くことが無い。
主への忠誠心。
私が彼女の立場でも同じように振る舞うだろう。
彼女の言葉を待っていては悪戯に時間が過ぎていくだけ。
仕方がないが、お嬢様の状態を私から話した。
「エメラインお嬢様は……カストレータ家に到着してから、体調が悪化しております……何かお気づきではありませんか?」
私が告げると、思い当たる表情を見せる。
「……お嬢様も……以前から原因不明の症状に悩まされておりました……こちらに来てからも続き、悪化しているようにも……」
「それで、何か気づいたことは? 」
「わかりません。『水分を多く取るように』と、あとは『お風呂で熱い部屋に必ず入るように』と話を受けました」
その説明は私も受けていた。
「そうですか。では、何かあれば教えてください」
「はい」
カストレータ公爵家で異様に勧める水。
更には初めて見るサウナへ。
何かあるとしか思えず、私は彼らに警戒心を強めていた。
隣国の公爵令嬢自らの指示なので蔑ろには出来ず、雇い主であるブルグリア侯爵には
「カストレータ家の指示には従うように」
出発前に念を押されている。
それだけでなく、自国の王子でありエメラインの婚約者からも信頼されている方。
カストレータ家への疑念がありつつも断ることができす受け入れるしかない状況に打開策を求めていた。
不満が増えるごとに、自身の雇い主へも疑惑の目を向けてしまう。
雇われている身なので、犯罪に手を染めず暴力などなければ侯爵の不利になるような証言はしないと決めていた。
雇われ始めは覚悟を決めて働くも、ブルグリア侯爵という人物はイメージしていた性格の悪い貴族とは違う。
仕えるお嬢様も上に立つ者として正しくあろうと教養を身に着け、誰に対しても真摯に向き合う姿は好ましく思っていた。
お嬢様の専属となったことで日に日に忠誠心は強くなっていた。
そんな時にお嬢様の容態も考えずに仕事を任せ、信頼してもいいのか不明な貴族に簡単に預けてしまう旦那様に不信感が生れる。
「私がお嬢様をお守りしなければ……」
お嬢様の食事は仕方がないが紅茶だけでも私がと準備を始めるのだが、いつも公爵家の使用人がやってくる。
「ハーブティーです。血行促進の効果があり体が温まります」
「……そう……ありがとう」
お嬢様は婚約者の紹介という事で隣国の使用人の気遣いに感謝するも、遠慮している姿からお嬢様も警戒しているのだと分かる。
どうにか使用人を遠ざけ私自ら準備するのだが、離れることがない。
彼らの姿はまるで監視されているよう。
「まさか……」
お嬢様は敵国の人質として渡されたのだろうか?
サーチベール国とシュタイン国は不仲ではないと聞く。
それにどちらが優勢かと言えば我がサーチベール国の方が立場は上だろう。
戦争に発展させないために優劣はつけていないが、シュタイン国が人質を取るようには思えない……
だけど、一つの考えが生れた。
「……お嬢様は……王子の婚約者……」
お嬢様の体調が悪いのは近くの者であれば気が付くだろう。
それは婚約者の王子にも。
王族の婚約者が体調が悪く『病気』だと知った時『邪魔』と判断され婚約解消を望むことも。
しかも、同じように『領地訪問』を任されている伯爵令嬢も体調がよくないと聞く。
あちらの婚約者も婚約解消を考えているのだとしたら……
「お嬢様は……捨てられた?」
最悪な筋書きに身動きが取れなくなってしまった。
不吉な考えに囚われ、その後はカストレータ家の指示に言いなりになるしかなかった。
もし、おかしな動きを見せたら殺される可能性がある。
紅茶ではなくハーブティーを勧めることに気が付くも私は大人しく受け入れ続けた。
私が何も気が付いていないフリをする事でお嬢様が一日でも長く安全でいられるのなら……
お嬢様もこの状況に不安や不満を感じ感情を露わにするも私一人で包み隠し、カストレータ家の使用人に頼ることなく一人でお嬢様の世話を続けた。
「令嬢の様子はどうかしら? 旅の疲れは取れたかしら?」
使用人やカストレータ令嬢が何度も訪れ様子を確認され、部屋の前には騎士が待機している。
お嬢様も自身の置かれた状況を理解したのか、大人しい。
毎日の散歩に異様な程の水分補給に謎の熱い部屋。
全てを受け入れるとお嬢様の表情は変わり顔色も良くなったように見え、紅茶を欲することもなくなった。
「お話ししたいことがあります。応接室までよろしいですか?」
私達はカストレータ家の令嬢に呼ばれ移動すると、その席にはルトマンス伯爵令嬢の姿もあった。
あちらの令嬢も、移動中に目撃した時より体調は良さそう。
お嬢様ならどんな状況でもルトマンス令嬢を置き去りに一人で行動を起こすことは出来ないはず。
だけど今のルトマンス令嬢であれば、どうにか逃げられるかもしれない……
いざという時は、使用人の私達が協力して逃亡する。




