もう、許す時なのかもしれない
シュタイン国に入り、近くの町に到着。
「宿が決まって良かったぁ」
私達は宿を確保し落ち着くと、途端に雨が降り出し強さを増していく。
窓を打ち付ける雨が私の心をざわつかせる。
「お嬢様、どうぞ」
部屋の気温が下がり身体が震えだす姿に、有能な使用人は私の為に紅茶を差し出す。
「紅茶……」
エーバンキール産の紅茶にアヘンが混入していたという事実はまだ伏せられいる。
公爵家に仕える使用人が悪意を持って用意したのではない事は分かっているが……
分かっているのだが、紅茶を飲むことに躊躇いがある。
礼儀作法としては注意を受けてしまうだろうが寒さのあまりカップを両手で包むも、私はいつまでも紅茶を見つめたまま動けない。
紅茶……紅茶……紅……茶……
マデリーンが淹れた紅茶にアヘンが混入していた。
犯人であれば紅茶を飲むことはないだろうが、マデリーンもアヘン入りの紅茶を飲んでいたと証言がある。
『彼女は犯人ではない?』
エメラインとアイリーンがサーチベール国を離れた今、令嬢達のお茶会メンバーはお茶会を開催しているのだろうか?
二人がいないことで開催が見送られていればいいのだが……
『……あれ? 紅茶飲んだ二人に体調の変化が……』
今まで気にする余裕がなかったが、お茶会のメンバーの令嬢達にも同じ症状が出ていないの?
エーバンキール産の茶葉は、今も販売されている?
回収は、されていない?
……私が思い浮かぶことなど、アビゲイルとルースティンがきっと……
「動いてくれているよね? 」
マデリーンは今でもアヘン入りの紅茶を口にしているのではないだろうか?
「悪役令嬢の私がヒロインを心配するなんて……」
これを皮肉といわずになんと言うんだろうか。
断罪パーティでは、転生に気付き私は生き残る為に必死だった。
私を断罪する時のマーベルの笑みで故意にこの状況を望んでいたと瞬時に判断。
彼女は逆ハーレムを楽しみ、あの状況を故意に作り上げた。
私を陥れようとしたマーベルに対して『不幸になれ』と、あの時は本気で思っていた。
思っていたけど、今は……どうだろう。
国外追放となり真面目にやり直しているんだと思うと、もう許すべきなのかもしれない。
令嬢達に振る舞った紅茶にアヘンが入っていたのはマデリーンが悪いわけではない。
マデリーンもアヘン入りの紅茶を飲んでいた。
あの子も今回は被害者。
これ以上不幸になって欲しいとは……
罰は受けてほしいと思っていたが。命の危険にあってほしいなんて思っていない。
「もう……許す時なのかな……」
今後、マデリーンとは会うことはないだろう。
私はこのままシュタイン国で過ごし、サーチベール国に行くことはない。
令嬢二人の病気療養が終われば私は残り、二人をサーチベール国に見送る。
そして何もなかった事にする。
アヘンに関してはアビゲイル達が何とかしてくれる。
きっとヒロインや転生者なら進んで事件に首を突っ込んで行くんだろう。
例え事件に巻き込まれても必ず攻略対象達が助けに来てくれる。
決してヒロインは死ぬことはない。
けど、悪役令嬢の私は違う。
常に危険が付きまとい、安全と言える場所はない……
ごめんなさい。
私はマーベルを恨みません。
だから……もう……
「これ以上、事件にしないでください」
明日になれば私達はカストレータ家の領地に到着する。
王都追放になった私が隣国に行ってしまったから『罰』が当たったのね。
これからは領地を出ません。
静かに領民の為に貴族をします。
なのでどうか私に……私に……
「お気楽貴族ライフを……なんて能天気な発言もしません……だから、これ以上私を巻き込まないでください」




