お兄様ぁ早く帰ってきてぇ
「んん~」
疲れて眠気が襲うも、ぼんやりと起きている。
王宮からの帰りの馬車では腰が痛いなんて一切思わず、伯爵邸に戻る間は回らない頭で王宮で話した内容を反芻していた。
ルースティンの婚約者についてアビゲイルに尋ねると、彼の婚約者にも同じ症状が発症していた。
その原因は茶葉に混入していたアヘンの可能性であると浮上。
留学と聞いていた貴族達は、実際は駆け落ちに病気療養中と判明。
その病気療養としていた貴族達はアヘンが絡んでいる可能性もある為再調査。
万が一彼らがアヘンに巻き込まれていた時、サーチベール国では何年も前からアヘンが蔓延していたことになる。
まさかこんな大事になるとは考えていなかった。
私としては
『留学生は別の国に留学中だった』
それだけ聞きたかっただけなのに……
王宮で発覚した内容は、ほとんどが私の手に負える問題ではない。
馬車はルースティンも一緒だったが、なんて声をかければ良いのか分からない。
まさか婚約者にアヘンの被害が出ていたなんて誰も予想できなかった事。
自らの意思ではなく誰かによって仕組まれたこととなれば、ルースティンの憤りも計り知れない。
まさか他国でこんな大それた事件に出くわすなんて……
私は何しに来たんだっけ?
馬車内は沈黙が重くのし掛かる。
「……ぼ……くが……」
ピンと張り詰める車内でルースティンが微かな声を発する。
アンドリューに話しているのだろうと判断しつつ、私も斜め向かいに座り床を見つめる彼の頭頂部を見つめた。
「ぼくが、もっと……早くに……気付いていれば……アイリーンは……」
ルースティンは足元を見つめたまま、一つ一つ言葉を紡ぎ出す。
「ルースティン、自分を責めるな。アイリーン嬢の容態にいち早く気付いたのはルースティンだ」
「そうです。ルースティン様がアビゲイル殿下に確認を取ったので判明したのではありませんか? それにアイリーン様にはこれからのが厳しい道のりなので、ルースティン様の支えが必要となります」
アンドリューに続き、私も彼になんの落ち度がない事を告げる。
「そう、これからだ。厳しいことを言うがアイリーン嬢と婚約を続ける気持ちはあるのか? 」
「あります」
先程まで俯いて気力なく話していた彼とは違い確りとアンドリューの顔を見て答える姿に、少しだけ安心する。
「であれば、伯爵に同じことを言わせるなよ」
「……はい」
確かにそう。
当人同士も大事だが、全ての権限を持っているのが当主。
二人は政略的に決定された婚約、当主が反対と言えば従わざるを得ない。
しかも今回は本人の意思による瑕疵がではないが、社交界で噂が広まった時の事を考えれば不安の目は摘んでしまいたいと思うのが貴族。
貴族の政略結婚は家門の繁栄の為、相手の家門に不備があれば解消するのが当然。
『アヘン』使用者は婚約解消するに妥当の判断と言える。
相手になんの感情もなければ解消が好ましいし、相手の家門も反論出来るはずもない。
寧ろ穏便に済ます為に、解消を求める相手の条件を無条件で飲むだろう。
だけど、ルースティンと婚約者は政略的であるものの確りと関係を強めている。
現に彼は相手との婚約解消を望まず、このまま婚約し続けると告げる。
ルースティンが望むのであれば否定はしない。
アイリーンという女性に会ったことはないが、ルースティンにここまで思われているのだから素敵な女性に違いない。
マイナス要素を含んだ令嬢をここまで思えるルースティンの気持ちは本物だと思う。
どうか幸せになって欲しい。
屋敷に到着する頃にはルースティンも顔つきが変わり少し男らしくなった気がする。
屋敷に到着するとアンドリューとルースティンは領地にいる伯爵の元へ急いぐ。
私は一人部屋で休んでいれば気を効かせた使用人が紅茶を淹れてくれたのだが、思わず「ひっ」と悲鳴が漏れてしまった。
「申し訳ございません」
「いえ、違うの……」
使用人は悪くない。
私が「紅茶」に対して過剰に驚いてしまっただけ。
出回っている紅茶がそんなに危険な物だとは、使用人は知らないのだから仕方がない。
だけど……申し訳ないが出された紅茶が安全とは分からないので、怖くて飲めない。
使用人を傷つけずになんて断れば良いのだろうか……
「アンジェリーナ様どうされました? 」
「あっ……大丈夫です」
使用人に声をかけられるまで私はじっと紅茶を睨み付けていた。
「紅茶に何か? 」
何かって……何?
もしかして、私が紅茶を飲まないことを不審に思っている?
私が紅茶を飲むのを確認するまでいるとか?
まさか、紅茶に何か入っているのを知っていながら私に飲ませようとしているの?
「アンジェリーナ様? 」
再び呼ばれ返事も出来ず使用人を見続ける。
「どうかされました? 気分でも優れないのですか? 」
気分は……優れない……確かに。
「少しお休みになりますか? 」
「えっ、あ……そうね」
取り乱してはいないが少し落ち着くと、使用人は親身に心配事してくれているだけなのでは? と考えられるようになった。
アヘン入りの紅茶が存在していると知ってしまったら「紅茶」に対して過剰反応してしまうのは仕方がない。
アビゲイルに『他言無用』と言われ『犯人が分かるまで下手な動きはしないように』と忠告されている。
伯爵家にもそのアヘン入りの茶葉が存在するのかもしれないと考えると、普段の行動がとれない。
「いつも私はどんな行動していた? 」
分からなくなってきた。何かすれば怪しまれるのではないかと考えれば考えるほど身動きがとれなくなっていく。
「私はどうすれば良い? 誰か……たすけて……お兄様、早く帰ってきて……」




