これからどうなっていくんだろう?
時間が止まる瞬間は本当に存在する。
アヘン?
アヘンて……あのアヘン?
授業で聞いたことのある、あのアヘンの事だろうか?
言葉は理解しているが、頭が理解できない。
どういうこと?
急激に頭が悪くなったのかと見回すと、私だけでなくその場にいた人達も執事の言葉を理解できなくなったのか言葉を失っている。
乙女ゲームでアヘンなど出てくるものなのだろうか?
大概の乙女ゲームでは人身売買や誘拐の被害にあっても攻略対象達が間一髪で助けに来るやつで、麻薬絡みは……あるのか?
だったら令嬢達には、アヘンによる症状が出ていてもおかしくないはず……
出ていた。
ルースティンもアビゲイルも、婚約者が体調不良だと話していた。
集中力の欠如に倦怠感……
二人は……麻薬中毒だった……ということになるの?
混乱する。
分からない。
きっと皆だって……
私が……私が皆を……皆を落ち着かせないと……
「落ち着いて、落ち着いて、皆さん落ち着いてください」
勢いよく立ち上がり、うるさい沈黙を黙らせる。
「アンジェリーナ、ありがとう。皆落ち着いたから大丈夫だ」
隣にいたアンドリューに両肩を掴まれゆっくり座るように促される。
「アンジェリーナ嬢、ありがとう」
皆に視線を送れば、アビゲイルから礼を言われワイアットとルースティンは私を見て頷く。
私はきっといい仕事をしたのだろう。
アンドリューの肩に凭れると安心する。
私が彼に安らぎを求めると私の想いを察知して、肩を抱いてくれる。
非常事態にもかかわらず、私を護ろうとしてくれるアンドリューの腕や肩そして彼の香りに包まれ浸っていた。
私の姿をその場にいた人は不謹慎などと咎めることもなく、寧ろ安堵したように受け入れる。
私が再び取り乱すのではないかと心配しての事だろう。
「アヘン……病気療養と訴えていた人間が全てだと考えると、数年前から我が国でアヘンが蔓延していることになる」
先程までとは違いアビゲイルの声に鋭さが生まれる。
貴族達にアヘンが蔓延しているのだから当然。
サーチベール国やシュタイン国、エーバーキール国は、国民の無許可でのアヘンの栽培を禁止している。
無許可での栽培は禁止しているが、制約を付ける事で国民の使用を許可している。
アヘンはケシの実からなり、熱を加え発芽しないようにすれば菓子に使用することもある。
医療従事者にとってはアヘンの主成分がモルヒネであり必要な薬品。
その為、全面廃棄は不可能となっている。
野生で自生しているケシの実を発見した際は騎士団や領主に報告する義務がある。
無断で育てた場合逮捕、国によっては処刑されることもある。
栽培をする際は許可を得た限られた人間のみで、場所も制限された地域での栽培となり騎士が配置され厳重に管理されている。
それが流出しているとなれば、国にとっては一大事。
既に貴族に出回っている事から隣国への流出も考えられ、サーチベール国だけでは制御できない事態に発展する可能性があり深刻な問題だ。
今回の件をこちらが発表せず、相手国から追及があった場合「知らなかった」では済まされないだろう。
対応を間違えれば、戦争に発展する可能性を孕んでいる。
国としては、すぐにでも取り掛からなければならない案件というわけで、そんなものが令嬢達の飲む紅茶に含まれていたのは大問題。
茶葉の持主であるマデリーンやドレスト伯爵家が犯人であれば捕まえるのは容易いが、ドレスト伯爵やマデリーンは被害者で茶葉の製造元であるエーバンキール国がアヘンの出処だった場合、国に対して「抗議」だけでは済まされない。
病気療養とされる家門は多数存在している。
貴族の被害人数は多いだろう。
それに、マデリーン自ら淹れた紅茶だけの問題とは思えない。
ドレスト伯爵がマデリーンを養女として迎える前から病気療養している貴族は存在していた。
全責任をドレスト伯爵とマデリーンに押し付けるのは無理がある。
茶葉はエーバンキール産のもので高級品として扱われ、高位貴族に振る舞うのに重宝されるもので客人を持て成す為に伯爵家が選ぶのになんの不思議もない。
と言うことは、犯人は茶葉にアヘンを混ぜることが可能な人物。
どこでアヘンが混入したがでは戦争に発展する可能性も孕んでいる。
無差別な犯行だとしても、高級茶葉を使用するのは貴族のみ。
だとすると狙われたのは貴族。
これは慎重に動かざるを得ない問題。
当然ながら学生や他国の人間が解決できる問題ではなく、直ぐにでも大臣や陛下に報告する必要があり既に私達の範疇を越えている。
これは専門家やらお偉いさんに任すべき案件であり、のほほんと傷心旅行で来た女が解決できる問題ではない。
政に疎い人間でも分かる。
これは国を揺るがす問題だと言うことが。
アンドリューやアビゲイル、ワイアットにルースティンが難しい言葉で意見を交わすも私の脳は既に思考をやめている。
私の頭は「はぁ、アンドリューの胸板は逞しくて、良い香りだわ」と現実逃避し始める。
「ただ、どこまで報告するべきか」
「他国と結託している可能性もある」
「信用できる人間を見極めることが最重要だ」
など話しているようだけど、音が流れているだけで意味が理解できなくない。
いや、理解しようとしていない。
静止画で皆の口だけがパクパク動いてる。
現実とは思えない光景に、私も可笑しくなっちゃったのかな?
そうだっ、私もサーチベール国に到着して何度も紅茶を頂いていた。
もしかしてその中にも……私も……中毒なのかな?
どうなっちゃうんだろう……
それに確実に紅茶を飲んだとされるルースティンの婚約者は?
アビゲイルの婚約者も……
マデリーンは大丈夫なのかな?
「令嬢達は大丈夫かしら……」
その場にいる人間が私を一斉に見る。
何故? と思ったが、もしや私は心の中で呟いていたつもりが声に出していたのだろうか?
「あっ、私……すみません」
慌てて口を抑える。
彼らの反応からして、多分言葉にしていたんだと思う。
もう、自分の行動が制御できない。
「いや。アンジェリーナ嬢、貴方の言う通りだ」
アビゲイルが私を庇ってくれたのが分かる。
今まで彼らの真剣な会話に上の空だったのに、途中で遮ってしまった私を咎めないなんて……
彼の婚約者は今大変だというのに、寛大な人だ。
「エメラインの茶会に参加している者に中毒の反応が出始めていると判断し、茶会を直ぐにでも中止するようにしなければならないな。但しどこに犯人が潜んでいるのか分からない令嬢達にも気付かれないようにしなければならない」
「アビゲイル殿下、ルトマンス伯爵にも伝えてはいけないのでしょうか? アイリーンは知らずに口にしていたので、ルトマンス伯爵が関与しているとは思えません」
ルースティンが婚約者を心配するのは当然。
相手が殿下だと理解しているので、興奮を抑えつつも声からは焦りが取れる。
「例え関与していなくとも何処から漏れるかは計り知れん。すぐに決断することはできない」
アビゲイルの判断は正しい。
早急に判断を下せば犯人に逃げられる可能性がある。
「ではアイリーンは、このままですか? 」
アビゲイルの言っている事は間違っていない。
頭では理解しているが、婚約者に身の危険があると知りながら何もできないことにルースティンの握りしめる拳が震えているのが視界にはいる。
「……交換留学」
再び私に視線が集まっていた。
何?
また何か言っちゃった?
「アンジェリーナ嬢、「交換留学」というのは良い考えかもしれないが、学園生活は今の令嬢達に厳しいかもしれない」
「あっいえ。学園に本当に留学するのではなく、カストレータの領地に訪問するというのはどうでしょうか? お兄様は貧困改革の勉強の為に滞在しているので、情報交換の為に我が領地を訪問しても不審には思わないのではありませんか? そのまま婚約者の方には、我が領地で療養していただくことが出来るかと思うのですかどうでしょうか? 」
頭はぼんやりとしているのに、口が勝手に動いていく。
「交換留学」と提案した時、王子が今の令嬢達に学園生活は「厳しい」というあたり彼は真面目な人なんだなと感じた。
体調悪ければ休めばいいのに、パーティーでも感じたが貴族や王族は休むことが悪い事と思っているのだろうか?
「……それもいい提案かもしれないな。我が国を出た方が今は令嬢達にとっては安全かもしれない。エメラインには私から話そう、ルースティンはどうする? 」
「私の方もアイリーンにはアンドリュー先生の領地に訪問してみようと提案してみます」
「アンドリュー、それでいいか? 」
「私は構いません。そうなると、父に今回の事を報告しなければなりませんがよろしいでしょうか? 」
「……あぁ。カストレータ公爵には詳細を把握し頂いた方がいいだろうから、許可する。令嬢達には表向きはカストレータ公爵家への「領地訪問」と言うことを提案しておく。今後の対応はこちらから連絡する。皆も分かっていると思うがこの事は他言無用で頼む」
「「「「はい」」」」
こんな形で王宮の話し合いが終わるとは思っていなかった。
ワイアットから留学生については「勘違いだった」「問題なかったよ」という言葉を貰う為に訪れたのだが、それ以上の問題が明るみになっただけのような……
これって本当に私が知っている、あの乙女ゲームが元なんですかね?
馬車の揺れが眠気を誘い、目覚めたら現実世界に戻りゲームの途中だったとかにならないかな?
「もぅ……限界……」




