過去の自分の嘘に苦しめられています
「兄さっん゛」
事情を知っているワイアットが慌てる。
名を呼ばれたアビゲイルは余裕があり、きっとワイアットの制止を別の意味に受け取ったのかもしれない。
構いませんわよ、私は。
「卒業パーティーで婚約解消を宣言されましたので、今は傷心旅行でサーチベール国に来ましたの。ですので婚約者はおりませんわ」
笑顔で優しくお答え致しました。
えぇ、とっっっっても優しく。
私の思いもよらない経歴にアビゲイルとルースティンは言葉を失う。
二人のその顔を辛いときに思い出させていただきます。
「あっ、それは……申し訳ない」
「アビゲイル殿下、お気になさらないでください」
「何故、婚約解消を? 」
横にいたルースティンが興味本位とは言わないが知りたいという欲望を押さえられず尋ねる。
婚約解消の理由を、された本人に尋ねてしまう事がどれほど酷な事か気付いたのかハッとしていた。
しかも私は『傷心旅行』と言っている。
心が傷ついていると言ったのに、それを思い出させようとするなんて……
これ以上ルースティンを責めるのは止めよう。
「いえ、答えなくて構いません」
ルースティンは咄嗟に口にしてしまったことを反省している様子。
令嬢が婚約解消しては社交界では醜聞でしかないのはどの国も共通。
それを根掘り葉掘り聞くのはあまり気持ちの良いものではない。
ないと知りながらも、気になっているのは事実。
私としては一切傷ついていないので素直に答える。
「私が令嬢としてあるまじき行為を繰り返してしま……」
「違うっ」
言い終わる前にアンドリューに遮られ驚く。
「アンジェリーナ、自分を悪く言おうとしなくても良い」
「お兄様、私は自分がしてしまったことを理解しております。あれらの行為は人に褒められることではありませんし、罰を受けるのは当然です」
「しかし、アンジェリーナをそこまで追い詰めたのはあの四人だ」
アンドリューを宥めようとすればする程、アンドリューは熱くなる。
やはりかなりの妹思いらしい。
「お兄様」
「あの女なのだろ? 手紙の差出人は」
手紙?
なんです?
「手紙? 」
「アンジェリーナを呼び出し情事を見せつけていたのだろう」
情事を見せつけるなんて、そんなこと……
あれ?
言った……のか?
卒業パーティーで確かにそんなようなことを言った記憶がある。
だけどそれを何故アンドリューがその事を?
私はその事を卒業パーティーでしか言っていないはず。
頭が回らず瞬きを繰り返していた。
「パーティーに参加していた者に何があったのかを確認した。あの女は殿下だけでなく側近にも手を出しその姿を手紙で呼び出しアンジェリーナに見せ付けていたのだろう」
私は確かにその様な発言をした。
マーベルに呼び出されたように勘違いしてくれる誰かが現れたら良いなぁとは思った。
思ってはいたが、今じゃない。
もう、終わったのにまさかアンドリューが私の願いに気付いてくれるなんて嬉しい……が、今じゃない。
過去の私が吐いた嘘がここで生きてくるとは……
私が顔を歪めたことに話を聞いていた三人が目を見開いていたことなんて気付くはずもなかった。
「アンジェリーナ嬢の相手はシュタイン国の殿下だったのか? 」
「……その通りにございます」
俯いたまま答えた。
「確かシュタイン国の王位継承が保留になったと……」
黙って頷く。
「そうか……」
沈黙が続く。
折角アビゲイルが話題を変えてくれたのに、先程より重たい空気に。
この状況を変えられるのは私だけですよね?
私が調子に乗って「婚約解消致しましたぁ」なんて発言したばかりに……
申し訳ない。
「私はまだ納得できない、地下牢に一ヶ月居ただけでも過剰であるのに王都追放とは。あの女は再び貴族となり、なんの障害もなく令嬢を続けているというのに」
「お兄様、私は十分です。それに彼女も一度は国外追放となり、今は真面目にやり直しているのではありませんか」
これ以上アンドリューが熱くならないように宥める。
「……少々よろしいでしょうか? 」
ルースティンが申し訳なさそうに私達の会話に混ざる。
彼の勇気には感謝だ。
「はい、なんでしょう? 」
「その令嬢は貴族に? 」
「だと思います、昨日の王宮のパーティーに参加しておりましたから」
「我が国の貴族になっているのかっ」
ちょっぴり大きい声でアビゲイルが尋ねる。
「あっ、やべぇっ」と思ったが、もう言ってしまっているから素直に頷くしかない。
「その者の名は」
ここで私があの女の名を口にしたら、私が告げ口したみたいじゃない?
今は真面目に令嬢をやっていると聞く。
それを壊すのも……
悩む。
「マデリーン・ドレスト。ドレスト伯爵の養女になった者だ。最高学年に遅れて編入した女」
いつまでも悩み相手の名前を一向に口にしない私の代わりに、アンドリューが答えてくれた。
悪意を感じなくもない言い方で。
「まさかっ」
ルースティンが驚きの声をあげる。
過剰とも思えるルースティンの反応に、まさかあなたあの女と親密な仲になってしまったの?
やめて、聞きたくない。
「令嬢達のお茶会に最近よく参加している女か? 」
まさかのアビゲイルが答える。
えっそうなの?
アビゲイルの婚約者様のお茶会に『よく』参加しているんですか?
やめてぇ、もうやめてぇ。
これ以上怖くて知りたくない。
「本当に……あの令嬢が? 」
あらぁ、そんなに信じられない程マデリーンに騙されちゃってました?
ルースティンは婚約者との仲も良好だから婚約解消になることは……
まだ無いよね。
「ルースティン様? 」
「アンジェリーナ様、私が以前図書室に誘ったのを断られた令嬢の話をしたのは覚えていらっしゃいますか? 」
「はい、元平民で貴族になったばかりの……令嬢を……図書室に……誘った……と…」
私は次第に尻窄みに。
まさか、え?
あの時言っていた令嬢って……
マデリーンの事だったの?
それ以上ルースティンは何も話さず沈黙してしまった。
「私も昨日のパーティーでエメラインから紹介された、ピンクブロンドの……」
アビゲイルは婚約者から紹介された令嬢が、隣国の王子の婚約解消の原因となった女性であることに驚く。
「まさか、私がダンスした令嬢ですか? 」
どういう経緯でそうなったのか私には分からないが、ワイアットもまさか自身がダンスの相手にと選んだ女性が隣国で問題を犯し国外追放となった女性であった事実に驚いている。
やはり兄弟なのか顔のつくりは多少違う二人だが、仕草はそっくり。
攻略対象(仮)の王子二人とは既に接触済みとは……
さすがヒロイン。
昨日のワイアットとマデリーンはダンスしていた。
アビゲイルは一度会っただけの人物を覚えられているのも、ヒロインの特性ね。
「今日もアイリーン達はお茶会を開催しております。ブルグリア侯爵令嬢の屋敷に婚約者を送った時にお会いしましたから……」
「……あの、皆様。確かにマデリーン様は我が国では国外追放になりましたが、サーチベール国では真面目になったのではありませんか? 」
「アンジェリーナ、人はそんな簡単には変わらない。アンジェリーナは優しすぎる」
お兄様。
信じられないかもしれませんが、人は突然別人になることがあります。
マーベルも国外追放となり私のように過去を思い出したか、他人が憑依した可能性があります。
令嬢達に信頼されるほどの人格者が乗り移ったんですよ、きっと。
「ですがお兄様、私はルースティン様からお話を聞いた時にその令嬢がマデリーン様だとは思いませんでした。それだけマデリーン様は変わる努力をしたのではありませんか? マデリーン様は既に国外追放という罰を受けましたし、私はこれ以上あの方に罰を求めません」
「だが、あの女は他国へ行けばなんの不自由もない、だがアンジェリーナの王都追放は続いている」
「構いません、私はそれだけの事をしたんですから」
「アンジェリーナ……」
アンドリューは優しいな。ここまで思ってくれるなんて。
私としては王都追放されても特に困ることはないので、問題ないと感じている。
「アンジェリーナ嬢、良いかい? 」
アンジェリーナの事になるとどうしても熱くなってしまうアンドリュー。
彼を宥めるなんてこと私にはできずついつい一緒になって熱くなってしまうので、アビゲイルに中断されて感謝。
「はい、なんでしょう? 」
「思い出したくはないかもしれないが、何をされたのか具体的に聞くことは出来ないだろうか? 」
アビゲイルは険しい顔をしながら尋ねる。
婚約者の事もありマデリーンに対して警戒心が芽生えたのだろう。
「構いません」
「アンジェリーナっ」
「お兄様、私は大丈夫です」
笑顔でアンドリューを制す。一息付いてアンドリューは諦めてくれた。
「マデリーン様は元は平民でした。男爵様の目に留まり養女となり学園に入学したようで、王子とは入学式の時に道に迷い尋ねたのが二人の出会いだそうです。その事がきっかけで会話をするようになり、相談事をなさる仲になりお礼にと手作りのお菓子をよく差し入れ……互いに食べさせ合っておりました」
「食べさせあう?」
「えぇ。お互いにクッキーを手に取り口元に……」
アビゲイルが疑問に思っているので、その光景を再現。
「そんな事を……婚約者以外の女性と?」
「はい。その光景は私だけでなく何名もの生徒が確認済みで、その頃から二人の仲について囁かれるようになりました。半年もたたない頃には口付けを交わすような深い仲に。差し入れは王子だけでなく、二人の側近にもマデリーン様自ら食べさせてあげていました。二人の側近の方には婚約者がおり、イーリアス様……えっと側近の一人の方です。その方とは試験前には必ず二人きりで勉強し、図書室で口付けを交わす姿を何回か目撃しております。もう一人の側近の方は、令嬢達からマナーについて指摘を受けていたマデリーン様が急に泣き出してしまい、その光景を見て誤解された騎士様がマデリーン様を庇い次第に仲を深めガゼボで騎士の忠誠を捧げ、口付けを交わしておりました。それから同時進行で三人と関係を気付かれないように続けており、王子とは二人きりで平民のお祭りに参加されていました。そこで子供の誘拐事件に遭遇し奴隷商を摘発した事で王宮ではマデリーン様の名と功績が知れ渡りました。その頃には婚約者としてのお茶会をそっちのけで、彼女と手を絡ませながらお茶会をしてました」
「……そんな事を……」
アビゲイルは同じ王族として信じられない様子。
これだけではないので、私は続ける。
「王宮主催のパーティーでは王子がドレスや宝石を贈り、マデリーン様をエスコートしておりました。卒業パーティーでは、王子と対になるようなドレスを、指輪は共に勉強した方とお揃いの物を、ネックレスは騎士の瞳の色の宝石を身に付けていましたね」
思い出しながら語る。
あの場面だけは、ゲームのプレイヤーの選択肢で変更される。
「あの……」
聞きたいと言われたので話したのだが、三人とも無言のまま何も話してくれない……
お話は終わりましたけど……続きが欲しいのかな?
他になにかあったかな?
「……令嬢は、それらを全て見せられてきたのか? 」
あ……やばっ。
ゲームの知識出しすぎた。
実際には見てないっす。
画面越しに何度も観ましたが……
実際には……
どうでしょう。
ヒロインはハーレムルートを選択していた。
攻略対象と親密度を上げるイベントを熟せなければ贈り物の色が違う。
恋愛感情がマックスであれば攻略対象の色。
ヒロインのメインカラーであるピンクを送られた場合は、清い関係である。
彼女は、攻略対象の色を身に着けていたのでしっかり恋愛イベントを熟したと推測できる。
返事に困り黙ってしまえば、皆さんが勝手に勘違いしてくれていた。
「アンジェリーナ、一人でよく耐えたな」
アンドリューが慰めてくれる。
私としては、何にも耐えていない。
「まさか、あの令嬢がそんな女性だったとは……」
ルースティンは唖然とした様子を隠しきれていなかった。
「アンジェリーナ嬢、辛いことを話して頂き感謝する」
アビゲイルまで眉間に皺を寄せている。
私全く傷付いていないので大丈夫なんですが、この世界では相当なことなのね。
隣のワイアットは、言葉を失っている。
「私は大丈夫ですので気になさらないでください、終わったことですから」
笑顔で言っても無理よね。
この状況では。皆が可哀想なものを見る目で私を見ている。
そんな目で私をみないで。
私としてはこの状況から助けてほしい。
「その様な行動が出来る女性がすぐに変われるとは私も思えない。あの令嬢が今回も同じことをしてくる可能性も無くもない。その為出来る事は自衛するべきだな」
アビゲイルの言葉でワイアットとルースティンも頷く。
「既に令嬢達が……」
ルースティンの言葉で思い出す。
アビゲイルとルースティンの婚約者は今日もお茶会を開催している。
「私の時のマデリーン様は令嬢達と親睦を深めることは一切しておりませんでしたので、そこまで心配……」
三人の視線が怖くてこれ以上話せなかった。
隣のアンドリューを見れば同じ目をしている。
「令嬢の手作りのモノは口にしないこと」
「……私は今日、令嬢の屋敷で令嬢が淹れる紅茶を頂きましたが問題は有りませんでした。デザートも出ていたようですが、主催者であるブルグリア侯爵家が準備したものです」
アビゲイルの発言でルースティンが今日令嬢達のお茶会に参加し口にしたものを証言。
「デザートは除外し、問題は紅茶か……」
既にアビゲイルはマデリーンを犯人かのように疑っている。
「紅茶は平気なのではありませんか? マデリーン様がひとつのティーポットから皆さんのカップに注いだのであれば、マデリーン様自身も口にしているはずですから。マデリーン様も口にしていたのですよね? 」
やり直そうとしているマデリーンに悪い印象を与えてしまった申し訳なさから、彼女を庇う発言をしてしまう。
「令嬢の行動を不審には思わなかったので、飲んでいたと思います」
ルースティンは記憶を手繰り寄せながら答える。
「茶葉……ルースティン、茶葉を浴びたと言っていなかったか? 」
アンドリューの言葉で思い出す。
確かにルースティンは缶の蓋を開けるときに茶葉が舞い、その方付で遅刻しかけたのだった。
「はい」
「ルースティン、上着を良いか? 」
「はい」
ルースティンはその場で上着を脱ぎ、言われるがままアビゲイルに渡す。
アビゲイルがベルを鳴らせば従者が姿を現し、従者にルースティンの上着を渡す。
アビゲイルが従者に指示を出していたが、私には聞こえず従者は丁寧に上着を軽くたたみ部屋を後にする。
その時、上着の外側を包み込むように。
私には何が起きているのか理解できなかった。
たかが茶葉なのに。
「話を続けよう」
アビゲイルが再び話し出す。
「あの令嬢と極力二人きりにならないことだな」
ルースティンもワイアットも頷く。
「そのぐらいで防げれば良いのだが」
「アビゲイル殿下、婚約者にはなんと? 」
今も婚約者がお茶会に参加していると思うと、ルースティンは心配でたまらない様子。
「エメラインはあの令嬢を信じきっている、上手く離すことが出来れば……」
なんだか私の所為で完全にマデリーンが悪者になってしまった。
フォローしようにも先程の四人の鋭い視線を思い出すとなにも言えずにいる。
ただ三人が協力的にマデリーンと距離を置く作戦を練っていた。
アンドリューに助けを求めても「大丈夫」と囁き頷く。
いつも間違わないアンドリューだが、今はその大丈夫は違います。
どうするべき?
一人で悩み時間は過ぎていく。
そして三人の話し合いが解決したころ、先程の従者が慌てた様子で部屋を訪れた。
ルースティンの上着は持ってはおらず、代わりに書類を手にしている。
上着とは別の緊急な要件だろう。
従者はアビゲイルに耳打ち。
あまり聞き耳をたてるのは良くないと判断した。
「では、報告してくれ」
アビゲイル殿下……
私達が聞いても宜しいんですか?
「先程の上着についていた成分は隣国のエーバンキール産の最上級茶葉だということが判明致しました」
ですよね、ただの茶葉ですもん。
皆さん私の話を聞いた為に少々神経質になりすぎなのではありませんか?
マデリーンはヒロインなんだから何かを混入するなんて……
もしや媚薬か惚れ薬を疑いですか?
そんなことをしなくても、ヒロインに惚れてしまうものなんですよ。
この世界は結局、ヒロイン至上主義。
そもそも、女性のお茶会でそんなことする意味がない。
その茶葉は高級な茶葉ですよ。
本人も口にしているのだから問題なんてありはしない。
「……ですが、少量のアヘンも検出されました」




