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王宮へ行って参ります

 これからの事を考えると緊張してしまう。

 ミューリガン公爵家で行われたパーティーで私と第四王子が話した内容は「サーチベール国からシュタイン国に留学した者がいない」というもの。

 きっと何かの間違いなのだろうが。

 万が一これが事実であれば外交問題に発展してもおかしくないのに、サーチベール国もシュタイン国も穏やか。


『まるで嵐の前の静けさのようね』


 何もなければそれで良い。

 朝食を済ませ王宮へ向かう時間まで談話室にいる。

 ルースティンは今日も婚約者の屋敷へ向かい、王宮へは間に合うように行くと話していた。


「これって、私が卒業パーティーで断罪を受け入れなかったから? 未来を変えてしまった私のせいだったりするのかな? 」


 私が来たから皆が不幸になった?

 悪役令嬢のアンジェリーナ・カストレータがいるから……


「私が居なくなったら……全て解決したりするのかな? 」


 窓から空を眺める。

 今日は天気がいい。


「……アンジェリーナ」


 アンドリューの声で振り向く。


「はい」


「どうした? 緊張してるのか? 」


「……少し」


 大丈夫と答えることも出来たが、アンドリューに甘えたくなってしまった。

 心配してくれる彼の優しさが心を暖かくしてくれる。

 悪役令嬢にも優しくしてくれる人は居た。

 そんな人を悪役令嬢の所為で不幸にしたくない。

 私はアンドリューから離れ一人で生きていった方が良いのかもしれない。

 何もかも放り出して、サーチベール国の問題はサーチベール国の者に任せ私はシュタイン国に戻る。

 そうすればこれ以上の不幸はないかもしれない。

 私の代わりに誰かが不幸になってくれる……


「大丈夫、側にいるから」


 最近はアンドリューに「大丈夫」と言われてばかり。

 私はそんなに辛そうに見えるのだろうか。


「お兄様。今日、私が王宮に呼ばれたのはきっとサーチベール国からシュタイン国への留学の件だと思います」


「そうか、私もその件を調べては見たものの留学しているとしか分からなかった」


「……そうですか」


 やっぱり留学先はシュタイン国なんだ……

 

「王子なら、王族の権限で詳しく調べたはずだ。アンジェリーナが背負うことではない」


「……はい」


 アンドリューに励まされながら、王宮へ向かう時間までお茶をして気分を落ち着かせる。

 領地の話やルイスティーナについて、私が不安にならないようアンドリューはこちらで経験した事を話してくれた。

 気が付けば出発する時間に。

 

「アンドリューの側にいつまでもいることが出来たら良いのに……」


 叶わない夢だけど……

 アンドリューもいつかは結婚してしまう。

 カストレータ公爵の嫡男。

 結婚したのに小姑が家に居座っていたらお嫁さんも可哀想よね。

 何せ私……悪役令嬢。


「アンジェリーナ、行こうか」


「はい」


 アンドリューのエスコートで馬車に乗り込み王宮を目指す。

 そういえば馬車が以前と違い、少し乗りやすくなっているような気がする。

 慣れたのかな? 

 昨日はパーティーで頭が一杯でそれどころではなかったが、これなら王宮まで腰を痛くすることはなさそう。


 お昼に見る王宮もまた迫力がある。

 門の前では見張りの人が用件等を確認し事前連絡が有ることが分かると門が開き通されるも、門を潜っても王宮は遠く、馬車が止まるまで数十分はかかった。  

 映画のセットのようでこれが本当に現実なのか夢ではないのかと、何度も同じ感想を抱いてしまう。

 いい加減現実逃避はやめないと、これからの未知のイベントに対応できないだろう。


 馬車が停車し到着した事を知らせるノックを聞くと、アンドリューが手を差し出してくれる。

 彼のエスコートで馬車を降り、王宮の者の案内に従う。

 案内してくれている使用人の話によれば、ルースティンはまだ到着していなかった。

 約束の時間には余裕があるので、心配はしていない。


 応接室で待機しアンドリューと並んで座り紅茶を頂く。

 ソファが何席もあるのに自然とアンドリューの隣に座るのは最近できた私の癖かもしれない。

 この後、ルースティンや王子二人も同席するのでこの並びで正しいのかもしれない。


「こちらの部屋でお待ちください」


「はい」


 二人だけの時間に浸っていると程なくしてルースティンが到着。


「お待たせしました」


「いえ」


 アンドリュー、私、ルースティンという並びで座り紅茶を頂く。


「ルースティン様、頭に何か付いていますよ? 」


 彼の頭に手を伸ばしゴミを掴んだ。

 付いていたのは……

 小さな枯れた葉っぱ? 木の枝? 


「あ、それは茶葉です」


「茶葉……ですが?」


 頭に茶葉?

 疑問を隠せずルースティンを見つめてしまった。


「アイリーンは今日、友人のお茶会に招待されたと言うので送っていたのです。送るだけのつもりだったのですが、友人の方に「こういう機会でもなければお茶をお出しすることはないので、ぜひ一杯だけでも参加してください」と誘われましたので参加したのです。紅茶を令嬢が自ら淹れてくださったんですが、その際茶葉の缶が固く私が開けたんです。その時、勢い余って茶葉が舞ってしまいまして……」


「まぁ、それは大変でしたね」


 大抵、缶の蓋が開かないとなると力のある男性に任されることが多い。

 令嬢のお茶会には男性は招待されていない。

 ルースティンの存在は偶然。

 

「はい」


「それでも間に合って良かったです」


「遅れるんじゃないかと急いでもらいました」



 扉が開き私達は立ち上がる。

 これから登場するであろう人達を出迎える。

 先に姿を現したのは第三王子、後ろには第四王子が続く。


「本日は王宮までご苦労だった」


 第三王子が口火を切る。


「とんでもございません」


 アンドリュー、ルースティン、私は頭を下げた。


「面をあげてくれ。私もフォーゲル令息には話したいと思っていてね、パーティー会場では会えなかったものだから弟から話を聞けて良かった」


 第三王子が誰に話しているのか分かり口を挟むことはしなかった。


「それは申し訳ありません」


「いや謝罪は結構だ、ワイアットから聞いている。婚約者の体調が優れなかったのだろう? 」


「はい」


「ルースティンだったか? 」


「申し遅れました、ぼ……私の名はルースティン・フォーゲルと申します」


 第三王子が私には視線を移す。


「私の名はアンジェリーナ・カストレータにございます。シュタイン国からやって参りました」


「私の名はアンドリュー・カストレータであります、フォーゲル伯爵の下に学びに来ております」


「そうか、私はアビゲイル・サーチベールだ。ルースティンにアンジェリーナ嬢、アンドリューと呼んでも? 」


「「「はい」」」


 ここでは、「はい」の一択よね。


「では、私の事はアビゲイルと呼んでくれ」


「それは……」


 ルースティンが「それは……」と止まったのも無理はない。

 初対面……

 初めて言葉を交わす王族を敬称なくは正直、無理。

 王子の呼び名を許されるのは家族と婚約者だけのはず。


「アビゲイル殿下と呼ばさせていただきます」


 流石はアンドリューそう切り抜けるのね。

 ルースティンも私もアンドリューの提案に頷く。


「あぁ、それで」


「私はワイアットだ、兄さんと同じで構わないよ」


「「「はい」」」


 内心、王族と親しくなると私の悪役令嬢度が上がるのではないかと思い、許可を得ていないとこもありどんなに面倒と感じても名前は呼ばず『第三王子』『第四王子』と線を引いていた。

 だが、本人から「名前を~」と言われてしまえば従うしかない。


「座ってくれ、今回は話が長くなりそうだからね」


 アビゲイルに座るよう促されるも、「長くなる」という言葉に引っ掛かかり急激に不安が覆いつくす。


「ルースティン、君からの話を聞かせてくれ」


「はい」


 緊張しながらもルースティンは婚約者について話し始めた。


「最近婚約者の体調が芳しくなく、原因を探っているのですが全く分からず。お茶会を共にしている令嬢に話を伺おうとしたのですが令嬢達に会いに行けば良からぬ噂になりかねないと思いまして、アビゲイル殿下の婚約者様と私の婚約者は仲が良好だと聞きましたので何がご存じないかと伺った次第です」


「……そうか」


「はぃ」


「芳しくないとはどの様にだ? 」


「痛みや咳、熱等はありません。あるのは倦怠感と不眠で、最近は鼻を啜ったり涙目も目立つように……こ……の程度の事でアビゲイル殿下にお時間を頂いてしまい申し訳ありません」


 ルースティンの言葉で私も反省した。

 確かにこの程度だ。

 血を吐いたわけでも高熱が続いたわけでもない。

 休んでいれば快復する可能性だってある。

 季節がらのものかもしれない。

 私が要らぬお節介をしたばかりにルースティンに迷惑どころか、王族に悪い印象を植え付けてしまったかもしれない。


「も、申し訳ありません、私がルースティン様に確認も取らず第四王子に第三王子との面会を頼んでしまったのです。私が浅はかでした」


 王族が会話しているところを割って入るのは貴族として失態の何ものでもないのだが、そんな事よりルースティンは私に巻き込まれたに過ぎず「彼は悪くないのです」と必死に弁明し頭を下げる。


「アンジェリーナ嬢、面をあげてくれ。それと私の事はアビゲイルと」


「……はい」


「ここでの話は他言無用で願う」


「「「はい」」」


「その症状は私の婚約者であるエメライン・ブルグリア侯爵令嬢にも現れている」


 アビゲイルの思わぬ告白に私達一同絶句。


「症状に気付いたのは約二週間程前だが違和感はそれ以前からあった、注意力が散漫になり集中力も続かない状態となり会話をしていても忘れっぽくなってしまった。以前のエメラインでは考えられない事だ。医師に見せてもこれといった原因が見つからず、エメライン本人も季節がらかもしれないと言われてしまってね。最近では不眠の症状が出始め呼吸も意識して深くゆっくりする姿を目撃するようになった、私もエメラインと共にお茶会に参加している者に尋ねたいと思っていたんだ」


「そうだったんですね。ではやはり、令嬢達に流行り病が蔓延しているということですか? 」


 ルースティンはアビゲイルの告白に自身の婚約者だけでないことで、以前伯爵を交えて話し合った時に流行り病が令嬢達の間で蔓延しているのではないかと予想していた事を話す。


「流行り病? 」


 アビゲイル殿下の様子から症状は自身の婚約者とルースティンの婚約者のみと考えていたようだ。


「昨日のパーティーで病気の為、領地療養する令嬢の話があったと父が申しておりました」


「まさか、令嬢達に流行り病が蔓延しているということか? ……王宮でも調べてみよう」


「はい、アビゲイル殿下、父にもどの令嬢なのか確認を取りたいと思っております。その時、詳しく話してもよろしいでしょうか? 」


 ルースティンは他言無用とされたが、伯爵が貴族達に令嬢達の情報を提供してくれたので今後を考えると協力を頼みたいと考えていたようだ。

 

「フォーゲル伯爵になら構わない」


「ありがとうございます」


 まさかの流行り病……

 花粉症じゃなかったのね。

 言わなくて良かった。

 無知で恥をかくところだった。


「ルースティン、他に何かあるか? 」


「いえ、十分にございます」


「そうか。ワイアット私の話は終わった。アンジェリーナ嬢に話が有ったのではないか? 」


「っは、ぃ」


 緊張してる? 

 緊張するような話? 

 流行り病より重い話は今は受け入れられないと思いますので、私としては勘弁していただきたいのですが。


「先日のパーティーでシュタイン国にサーチベール国からの留学生はいないと伺いました」


 ワイアットの言葉に、アビゲイルとルースティンが私を見る。

 アビゲイルはともかく、私はルースティンに留学生の件については一切言っていなかった。

 

「確認したところ、全ての家門が留学はしていないと答えました」


 ワイアットの調査報告にアビゲイルとルースティンは目を見開き驚いていた。


「全ての家門ですか……どうしてそのような嘘を? 」


 何人の人が留学しているのかは分からないが、全員留学していないとは……

 理由が知りたい。


「……駆け落ちだそうです」


「かけ…」


 あぁー。

 なるほど。

 それは……

 体裁を気にする貴族であれば「留学」という事にしてしまいたくなりますね。


「全ての家門が駆け落ちと? 」


 冷静なアンドリューが質問する。

 確かに留学と言った全ての家門が駆け落ちはなんだか怪しい。


「多くはそうですね、相手が平民や使用人でしたので外聞を気にされ留学した事で終わらせたと」


「残りの者は? 」


 アンドリューの追及は終わらない。

 だけど、もっと優しく聞いてあげてほしい。

 留学と嘘を言ったのはワイアットではない。


「病気の為、領地に引きこもったと……」


 ワイアットが尻すぼみになったのはアンドリューの追及が厳しかったからではない。 

 アビゲイルの話を聞いた後での病気療養発言はかなりの威力がある。


「まさか、先程の? 」


「かもしれません」


「……そうなんですね」


 留学先のシュタイン国での失踪では無かったので外交問題にはならずに済んだが、素直に喜ぶ事はできなかった。


「ですので先日は、令嬢の発言に対し無礼な行いをしてしまった」


 確かに彼はムキになって否定した。

 だか、今回の件を聞くと彼のせいではない。

 私としてもあの時の事は忘れようとしていたので、自身を責めるのは止めてほしい。


「いえ、あの時私もワイアット殿下のお気持ちを考えずに発言してしまいましたので……」


 お互い前回の態度は良くなかったな……と反省しつつ相手の出方を見るようになり様子を窺っている状態になってしまった。


「……少し気分転換でもしないか? 」


 アビゲイルが空気を読んで別の会話にしてくれた。


「アンジェリーナ嬢には婚約者はいないのか? 」


 別の意味で空気が凍る。

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