ついに来てしまった、パーティー本番
本当に来ちゃった、サーチベール国の王宮に。
サーチベール国はシュタイン国は同盟国であり良好な関係であり、招待された王族主催のパーティーを欠席するような事は余程の事情が無い限りしない。
全ての貴族が招待されているので、一人一人や婚約者同士などの入場ではなく家族ごとの入場となる。
私とアンドリューは来賓として会場に入るのだが、卒業式とは違う雰囲気に完全に飲み込まれていた。
「アンジェリーナ、私が傍にいる」
アンドリューの言葉で、私の手が震えていたことに気付く。
「えっ……はい。ありがと……」
彼を見上げれば、とんでもなく貴重な笑みを私に向けていた。
この笑顔は私が受け取って良いのだろうか?
最近ではアンジェリーナが羨ましくて堪らなくなる……
「行こうか」
「はい」
アンドリューにエスコートされるまま会場内を歩けば、通り過ぎる令嬢達の視線がアンドリューに向けられているのに気付いてしまう。
「ひぃ……」
私が妹でなければ、あの視線の分だけ令嬢達からの嫉妬を受けるのかと思うと……震える。
「はっ、伯爵達は何処でしょう……」
令嬢達の視線から逃れる為にフォーゲル伯爵達を探す。
「ん? あそこにいるよ」
「あっ、本当だ」
アンドリューの示した方向に伯爵達を発見。
彼らと合流し、少しだけ緊張や視線の恐ろしさから解放される。
「王族の登場のようだね」
貴族の入場が終わり、王族の登場に合わせt頭を下げ出迎える。
合図から面をあげ、陛下の挨拶が始まる。
周囲を何度も見渡す行為をしてしまえば挙動不審に映り王族に不信感を抱かれる可能性があるので頭を動かさず見える範囲で確認する。
「おぉ……まさに乙女ゲーム……」
見える限りの光景は、まるで乙女ゲームのプロローグ。
挨拶が終わる瞬間まで陛下は何かを見据え、視線をそらすこと無く堂々たる威厳を見せつける。
私の位置からは何処を見ているのかは分からなかったが、その場に居た貴族達を睨み付けているような険しい顔つきにも見える。
もともと険しい表情の人なのだろうか?
陛下の挨拶が終われば曲が流れ始め、ダンスへと様変わりする。
「アンジェリーナ」
「あっ、はい」
場所を空けるためアンドリューにエスコートされ移動。
手を離すタイミングを掴めないでいると、一曲目のダンスが始まる。
開始のダンスは一組しかダンスは出来ず、それは王族が務める。
『まぁ、素敵』
『お似合いの二人だわ』
第一王子であるヴァージル・サーチベールと王子妃のダンスへ送られる周囲の言葉。
私もそちらを注目しなければならないのだが、アンドリューと繋がれた手に意識が持っていかれる。
王族のダンスが終わると導かれるように移動。
「えっ? あれ?」
気が付けばアンドリューとダンスをする事に。
故意なのか偶然なのか、もし故意であればあまりの早技に感嘆とする。
パーティー開始後の二番目のダンスは暗黙の了解で断れない。
どんな相手でも踊るしかない。
基本は婚約者か家族が相手をするのだが、たまにとんだ勘違い野郎も発生する。
開始早々そんな輩に目をつけられたら、『その後のパーティーは苦痛でしかない』と本に書いてあった。
それを読んでしまってからどう乗り切ろうかと考えあぐねていたので、アンドリューがパートナーであるのは幸運。
アンドリュー自身がサーチベール国の令嬢から逃れる為に私をダンスに指名したのかもしれない。
それでも私は嬉しい。
「アンジェリーナ、緊張する事は無い」
「うん」
彼の優しさに気が付くと、何故アンジェリーナは彼と不仲になってしまったのか私には想像できない。
優しすぎて嫌になった?
それぐらいしか思い浮かばない。
周囲を見る余裕はないが、ぶつかることもアンドリューの足を踏むこともなく二曲目のダンスを終える。
「……ふぅぅぅぅぅ……良かった」
パーティーでは一度踊ってしまえば、その後は踊らずとも許される。
それからは、規定の時間までやり過ごせれば大丈夫なはず。
「移動しよう」
「はい」
ダンスを続けて同じ相手とするのは婚約者や夫婦という話なので、私とアンドリューは場所を渡しホールから離れる。
「あっ、ルースティン……」
ダンスホールから離れる際、同じようにダンスしていたのであろうルースティンが視界に入る。
彼のダンスのパートナーを務めていたのが婚約者だろうと視線を移せば、優しい雰囲気なのだがどこか表情がすぐれないようにも見える。
体調が悪いのか、ルースティンと不仲なのかはそれだけでは判断できなかった。
気になってしまい二人の姿を目で追えば、令嬢はテラスに出ていき用意されていた椅子に座ったように見える。
やはり体調が優れなかったよう。
ルースティンも以前の会話で、令嬢の体調不良を心配していた。
「まさか、妊娠? なわけないか」
令嬢の事はよく知らないが、あのルースティンが結婚前にそのようなことをするとは思えないし貴族の規則を重んじる令嬢であればそんなふしだらな行為はしないはず。
「…えっ? まさか……」
私は勝手に相手がルースティンであれば無いと言ったが……
「相手がルースティンではなかった……ら……」
良からぬ考えのようで気付かなかった事にしよう。
「アンジェリーナ? どうした?」
「あっ、なんでもないです」
ルースティンではなく、現在の私に戻ることにする。
私の隣にはアンドリューが約束通りずっと側に居てくれた。
そのお陰もあり、私が見知らぬ令息にダンスに誘われることは無かった。
アンドリューがいなかったとしても、私にダンスの誘いは無かったのでは?
なんて悲しいことは考えたくない。
ルースティンの事は発見できたのだが、フォーゲル伯爵はどこなのかと探せばすぐに発見できた。
伯爵の周囲には数人の貴族に囲まれているのだが……
伯爵はいい人ではあるが、貧困に費用を注ぎ込む姿はどうしても貴族には受け入れがたい様子。
貧困改革の話そのものに興味があるというより、あわよくば領地にいる貧困者を引き取ってくれないだろうか?
という領主の思惑が感じられる。
いい人過ぎる伯爵は、その事に気付いていないのかもしれない。
「伯爵……大丈夫なのかな?」
伯爵から視線を移し、私のいる対角線上にはかなりの人が集まっていた。
輪の中心に誰が居るのかはさっぱり見えなかった。
壁の華になりつつある私は「何事もなく終われぇ」と祷りの舞いを想像で踊っている。
きっとこれは、ワインの所為だろう。
この国では成人すればアルコールを飲むことが出来る。
成人は、十五歳なのでその点は問題なし。
前世では何度かお酒を飲んだことがある。
久しぶりのお酒にもう一杯と手を伸ばそうとすれば、隣の完璧な騎士に止められる。
「初めてのお酒で嬉しいのは分かるが、飲みすぎは危険だよ。ここまでにしておきなさい」
優しく丁寧に止められた。
成人してるんだから良いじゃない?
思いつつも乙女ゲームでお酒を飲んでるシーンは当たり前だが無かった。
他国の王族のパーティーで失態を犯す前に今回は大人しく諦めることにした。
それでも、私はこの世界の飲酒年齢が十五歳だと把握し、にんまりしている。
「ん? どうしたの?」
そうこうしていると、ダンスホールはざわめき出す。
騒ぎの元を辿れば第三王子と第四王子がパートナーとダンスをしていた。
第三王子は当然ながら婚約者が相手ではあるが、気になるのは第四王子の方。
第四王子には婚約者が居ない、一体誰がパートナーになったのだろうか?
人の合間を縫って覗き見れば、そこには見たことのある女の姿があった……




