なぜ私ではないんだ (アンドリュー)
<アンドリュー・カストレータ>
早朝領地に出発すると話せば、リーナは見送ってくれる。
離れたくはないが、リーナが見送ってくれたのだ仕事しないわけにはいかない。
私はこんなに幸福で良いのだろうかと最近毎日思う。
リーナと毎日共に食事をし会話をする。
離れていた間では考えられない程の満ち足りた日々。
リーナには悪いが、あの男との婚約が解消になり本当に良かったと思っている。
あんな男に私の大切なリーナを任すことなんて出来ない。
「次のパーティーでは私がずっと側にいよう」
あんな事は二度と起こさせない。
ミューリガン公爵邸でリーナが恥を掻かされるとは思いもよらなかった。
隣国で王族が婿入りした公爵家に喧嘩を売るようなことはしたくないが、疑ってしまう。
全てにおいて行き届いているはずの公爵邸の使用人が、このような低級な失敗がされるとは考えにくい。
しかも、公爵家に下ったとはいえ第二王子の屋敷で起きた。
過去もありこれ以上王族との接点は持ちたくない。
折角リーナと昔のような関係に戻れたというのに、王族に引き離されたくない。
「アンドリュー先生」
朝早く婚約者の元へ向かってから途中で合流すると話していたルースティンが来た。
以前までは婚約者とは「良好です」と笑顔で話していたが、今は良好とは言えない状態らしい。
喧嘩の発端となるようなことは無かったと話し、何が原因なのか分からないという。
今も改善の兆しが見えないと話していたので、その事に触れるのは止した方がよさそうだ。
「伯爵は学習支援施設の下見に行っている」
婚約者の話にならないよう、先に話を振った。
「そうですか。なんとか順調そうですかね?」
「あぁ、時間はかかっても彼らが職につく事は可能だろう」
「はいっ。そうだ先生、屋敷を出る前にアンジェリーナ様のダンスのパートナーをしたんです」
今なんと言った?
パートナー?
「ダンスは苦手と仰っていましたが、パーティーでは大丈夫だと思います」
「……アンジェリーナと……ダンスしてきたのか? 」
「はい」
「……私は急用を思い出した。少し伯爵邸に行ってくる」
「あっはい、分かりました」
何故だ。
何故私ではなくルースティンとダンスの練習をした?
朝はそんなことを一言も言っていなかったじゃないか。
「リーナ、私ではダメなのか?」
私は急いで伯爵邸を目指す。
馬車ではなく馬にしたのはそちらのが断然早いから。
急いで伯爵邸に到着したが時既に遅し。
リーナは練習を終え、着替えていると報告された。
「終えてしまったのか……」
落ち込むも、またパートナーが必要なら私がと言いにアンジェリーナのいる部屋まで訪ねた。
扉が開けばそこには目映いばかりのドレスに包まれた美しい女性が存在し目を奪われる。
「お兄様? 何か急な用件でも? 」
あぁ、急な用件だ。
リーナどうして私ではなく、ルースティンを練習のパートナーにした?
ルースティンが気になるのか?
そんな事、聞いても良いのだろうか?
「……イヤっ急用が有ったのだが……」
リーナとダンスをするために急いで帰ってきた。
「まぁ、大丈夫なのですか? 」
大丈夫ではないが、練習を終え休憩しているのにダンスには誘えない。
私の我が儘にリーナを付き合わせるわけにはいかない。
「あぁ」
ルースティンには婚約者がいる。
その事はリーナも知っている。
それでもルースティンとの関係を求めようとは思わないだろう。
リーナがあの女と同じような行動をするとは考えられない。だが、もし本当にルースティンに気があるのなら私は協力する。
それが、リーナの望みであり幸せになれるのなら。
「もう、終わったのですか? 」
「あぁ」
私は重要な時、リーナの側にいることが出来ないな。
「それが贈られてきたドレスか? 」
「はい」
そのドレスはリーナにとてもよく似合っている。
嫉妬してしまうほどに……
ミューリガン公爵でなければ下心を疑ってしまう。
彼は愛妻家で有名。
リーナへのドレスは謝罪以上の気持ちは無いだろう。
「そうか」
「……えっと、どうですか? 」
ドレスを私に見せる姿は、幼い頃新たなドレスを見せに来た時と同じ仕草だ。
あの頃からリーナは変わっていないな。
ずっと見ていたい。
「……似合っている」
「ありがとうございます」
「そうよっ、アンドリュー様がいらしたんですものお二人でダンスしてみてはいかが?」
突然の夫人の提案に感情が高まる。
「……かまわない」
リーナが断る前に了承した。
「えっ? ……いいんですか?」
当然だ。リーナとのダンスを断るわけがない。
「あぁ」
早速、練習部屋に向かう。
向かう最中、リーナをエスコートする名誉を頂く。
本当は、ずっと前からしたいと思っていた。
社交界デビューも、卒業パーティーも私がしたかったんだ。
あの男と婚約さえしなければ、私がするはずだったのに……
私からリーナを奪ったのにもかかわらず、あの男はその役目を果たさずリーナの名誉を汚した。
その事に悔しさもあるが、私は今リーナをエスコート出来ている事に感動している。
伯爵家の練習場への道程は煌びやかな舞踏会に参加するような気分だ。
練習場に到着し音楽に合わせリーナとのダンスが始まる。
パーティーで令嬢とダンスの経験はあるが、どの時間よりも幸福を味わっている。
たった一曲がこんなにも短い時間だと思ったのは初めてだ。
いつまでもリーナとダンスをしていたかったのだが、残酷にも終わってしまう。
この手を離したくない。
離したくないのに曲が終わるとリーナは微笑み、遠ざかる。
離れ難いのを振り払い、再び領地に向かう。
隣国へ来てリーナとダンスが出来るとは思っていなかった。
頭の中で、何度もリーナとのダンスを反芻。
今日の日を忘れる事は無いだろう。




