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緊急を要する件とはなんだったのかしら?

「フォーゲル夫人」


 私はある決意をして夫人を呼び止めた。


「どうしたの? 」


「ふ……夫人……わ……私……ダンスが……できないんです」


 私は今、恥を忍んで夫人にダンスが得意ではないと相談している。

 貴族であれば、ダンスは必須。

 しかも私は公爵令嬢。

 そんな私がダンスが得意でないなんて誰も思うまい。

 隣国の令嬢という事でダンスに誘われることは少ないかもしれないが、前回のようなことが起きるかもしれない。

 毎回相手に任せるのも、相手の技量による。

 今回はうまくいったが次はわからない。

 今からでは遅いかもしれないが、やらないよりかはましだ。


「まぁ、そうだったの? なら練習しなくちゃね」


 夫人はすぐにダンスの先生を手配し、朝から晩まで踊りまくった。

 久しぶりの運動で三日間は筋肉痛に悩まされたが、そのお陰もありなんとか形にはなったと思う。


「本日はパートナーを変えてみましょう」


 先生からパートナーを変える提案をされる。

 突然なぜ? 

 困惑すると、ルースティンの姿があった。

 早朝に伯爵とアンドリューは領地に向かい、ルースティンは用があった為終わり次第領地に向かう予定でいたところ先生の目に留まってしまった。

 私なりに、断っていいんですよ? 

 再度確認する。


「これから領地に向かいますので一曲だけですが喜んで。令嬢の練習相手に選ばれ光栄です」


 了承してくれるだけでなく、お世辞まで言える彼はなんて優しいんだ……


 先生の合図で練習の成果を見せるも、彼とのダンスはなんとか踊れはしたもののやはり少々もたつく場面もあった。

 急ごしらえにしては及第点だが、明日も練習は必要と先生には念を押される。

 一曲を終えるとルースティンは宣言通り急いで領地に向かった。


 その後は昼食を済ませ休息を取っているとミューリガン公爵から例のドレスが届いた。

 それはもう、大変素晴らしいドレスが……私には分かりませんが、高価なのは伝わる。

 このドレスを着てパーティーに参加してしまったら私はどうなるのでしょう?

 

「本気で逃げられなくなってきてる」


 ウキウキの夫人に催促され試着をすれば、まぁビックリなんと言うことでしょう。

 私の為に作られたの? 

 それぐらい似合ってしまう……


「流石、悪役令嬢」


 艶麗な姿は惚れ惚れしますが目立ちたくないという私の願いは叶えられそうにないドレス……


「あの時頂いた宝石も着けたらどう? 」


「……はい」


 楽しそうに提案する夫人に、もう私は大人しく従う。

 それが一番体力を使わないと最近分かった。

 楽に生きたければ、長いものには巻かれなさい……

 この諺を作った人は優秀な方だと思う。

 どこの国でも使える、生きる知恵ですね。


「やっぱり、このドレスは宝石と対になっているのね。美しいわぁ」


 こんなに盛り上がっているが、夫人はパーティーに参加しません。

 出産し、しばらくの間休むのが一般的……代わって差し上げたい。

 体調次第では気にせず参加しても問題ないのだが、生まれたばかりの子をほったらかしてパーティーに参加していると悪い噂を立てられることも無くは無いので欠席するのが基本らしい。


 夫人は一年間の隔離に漸く軽くなり身も心も解放され元気が有り余っているのか、本当に楽しそうに私を着せ替え人形している。

 見てる分には楽しそうで、私もあっち側なら楽しめたと思う。

 観劇を楽しみドレスや宝石など趣味に時間を使う夫人は、まさに私の理想の姿だ。


「羨ましい」


 ドレスと宝石を身に付けていた時、使用人が慌てた様子で部屋を訪れる。

 私と夫人は何事かと振り返る。


「私だ」


 今朝伯爵の領地へ向かうアンドリューを見送ったのだが、目の前にいる。

 夜になるという話だったのに、とても早いお帰りだ。


「お兄様ですか? 何か急な用件でも? 」


「……イヤっ急用が有ったのだが……」


「まぁ、大丈夫なのですか? 」


「あぁ」


「もう……終わったのですか? 」


「あぁ」


 急用が終わったのなら……良かった……けど、あの様子。

 本当に平気なのだろうか? 

 首を傾げてしまう。

 部屋に居るも者達も、突然現れたアンドリューの姿に困惑を隠しきれないでいる。


「……それが贈られてきたというドレスか? 」


「はい」


「そうか……」


 送られてきたドレスを確認する為に戻った来た? 

 そんなわけないか……

 本当に、どうしたのかしら? 


「……えっと、どう……ですか? 」


 ドレスの裾を広げ全体が見えるように見せる。

 ちょっと子供っぽかったかしら? 

 この世界ではドレスを見せる時どうするのかしら?


「……似合っている」


「ありがとうございます」


「そうよっ、アンドリュー様がいらしたんですものお二人でダンスしてみてはいかが? 」


 夫人の提案に表情の少ないアンドリューの顔が強ばったように見えた。

 わだかまりも薄らいだと思っていたが、まだダメみたいね。


「……かまわない」


 夫人に丁寧に断ろうと息を吸った時、先にアンドリューが了承する。

 まさかの了承に、吸った息の行き場が……


「えっ? ……いいのですか? 」


「あぁ」


 早速、皆で練習部屋に向う。向かう最中、当然のようにアンドリューはエスコートをしてくれる。

 私は公爵から頂いたドレスと宝石を身に付けたままの姿で、パーティーでもないのに気合の入った恰好。


 お兄様とのダンスはとても軽やかで戸惑うこともなく、やはり兄妹だからか今までで一番だと言える。

 いつの間にか私はこんなにも上達したのか。

 終わった後、自然とアンドリューに微笑みかけている。

 その後アンドリューは、急用とやらも終わったようなので再び領地に向かった。

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