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つかの間の休息

 パーティーとは迫ってくるものなんですね。

 逃げても逃げてもパーティーが向こうからやってくるのは私が悪役令嬢だからでしょうか? 

 誰か教えてくれませんかね? 

 貴族の皆さんは、どうしてこうもパーティーをしたがるのでしょうか?


「パーティーが終わったら、領地に戻って……」


 ミューリガン公爵のパーティーが終わればフォーゲル伯爵の領地に戻り、シュタイン国に帰国する段取りを組もうと考えていた。

 今度はサーチベール国の王族主催のパーティーだそうです。

 他国とはいえ王族主催のパーティーに呼ばれて断ることは小心者の私にはできないことで、結局当日まで王都のフォーゲル伯爵邸にお世話になっている。


「刺繍は無理っ」


 王族主催のパーティーまでの間、何度か頑張ってみたものの刺繍は私には向いていないことが分かり、ほぼ日課となりつつある散歩も正直飽きてきた。


「どっか行きたい。何処でも良い、どっか連れてってぇ……」


 駄々をこねる子供のように、外出したくて堪らない。


「アンジェリーナ様は王都をご覧になったこと有ります? 」


 今は出産から体調も万全に戻ったフォーゲル夫人と庭でお茶をしている。


「王都? はございません」


「では、買い物に行きましょうか」


「買い物ですか? 」


 やったぁ、外に……外に出られるぅ。


「気分転換に外に出たくなったの、アンジェリーナ様も一緒にいかがかしら? 」


「ぜひ、ご一緒させてください」


 明確な何かが欲しいなどではなく、私も外出し気分転換がしたい。

 夫人と共に出かける準備を行う。

 パーティーとは違い裕福な平民に見えるくらいの質素な服装に着替える。


「はぁぁぁぁ、なんて動きやすいの。毎日これでいいんだけどな」


 漸く私が待ちに待った貴族のお気楽生活を満喫出来そう。

 何もかも忘れてこの世界を楽しむぞぉ。

 

「もう、なにも考えたくなぁい」

 

 夫人に案内され、様々なところへ行った。

 宝石店やドレス店を巡り、カフェで休憩。

 宝石やドレスには興味はないが、お店を巡ることが楽しい。

 久しぶりというよりこちらの世界に来て初めて充実した日を過ごしている。

 

 そうそうこういうのよ、私が望んでいたお気楽お金持ちスローライフ。


 話を聞くと夫人も妊娠中の約一年近く、屋敷から出られずにいたのでなんだかはしゃいでいるように見える。

 現代と違って、こちらは妊娠すれば軽い散歩しか出来ず馬車に乗ることをあまり快く思われないのだとか。

 確かに整備されている石畳の王都でも小刻みに揺れるので妊娠初期などは危険なのかもしれない。

 王都の探索さえ控えているのだから遠出はもちろん社交界もお茶会も欠席し、ひたすらお客様が来るのを待ち続けるしかないらしい。


 出産を終え赤ちゃんの側にはいたいだろうが、外の空気も吸いたいと思うのも分かる。

 貴族社会では「女性は子供を産むのが仕事」と幼い頃から教え込まれているので夫人も自ら一年間厳重な保護と言う名の隔離生活をした。

 その反動なのか、夫人の買い物はとても潔い。

 少しお金を使いすぎなのでは? と思うも隔離された一年間を考えればたった一日は大目に見ても良いのかもしれない。


「さて、これから観劇にも行くわよ」


「……はい」


 夫人パワフルだ。

 あれだけ動き回り、途切れることの無い会話をしつつ、少しの休憩でもう回復。 

 凄いなと思いつつ私も楽しくて、淑女の微笑みがふっ飛ぶ程腹の底から笑顔が生まれる。


 観劇は既に貴族席は埋まっていたので平民の少しお高い席になった。

 その程度、今の私達にはなんの問題もない。

 娯楽に餓えていたのでワクワクが勝っている。

 この世界の物語は何が人気なのか興味津々でいると、始まって驚いた。

 物語の内容はまさかの転生もの。

 転生といっても乙女ゲームの様なものではなく、前世の記憶があると言うもの。


 物語の内容。


 幼馴染みの男女が初デートで楽しく過ごす。

 ある日、帰りに破落戸に襲われ男は瀕死の状態ではあるものの助かり、女は亡くなってしまうところから始まる。

 男は自分だけ生き残ってしまったことに絶望し苦悩し続け、そんな男の姿を死者の国から女は見つめ続け「私の事など忘れて生きて」と叫ぶ。

 男は憔悴していき生きる気力を失い、恋人を求め死を望んでいる様にさえ見える。

 周囲の人間も男を励ますが、男の耳には一切入らずせめて自害しないよう見張るくらいしかできない日々。


 そんな時、隣の家の夫婦に子供が生まれた。夫婦は男を元気付けようと赤ん坊を見せる。

 先程までグズっていた赤ん坊が男を見つけた途端に手を伸ばし笑ったのだ。

 男は驚きつつも赤ん坊に手を差し出す。

 小さな手が男の手を一生懸命握る。

 夫婦が赤ん坊と男を引き離そうとすれば、赤ん坊は泣きわめき手がつけられなくなっていた。

 

 その日から赤ん坊の世話を男がするようになる。

 男は赤ん坊の世話をしていくうちに少しずつ回復していき、笑顔を取り戻すようになる。

 赤ん坊は両親より男といる方が長くなり、男から離れる事を許さなかった。


 成長すると子供は時折、声が出なくなるという事が有った。

 何かの病気なのかと両親は慌てた様子で医者に見せるも、これといった異常はない。

 声がでなくなったと思えばまたすぐに話し出す。

 普段気付かないが、たまに起きる。

 それも次第に無くなり気にはならなくなった。


 男と子供は十四歳の年の差だが、四十という年の差で有りながら結婚したという貴族の話が出回っていた時期と重なり夫婦も娘と男を無理に離そうとはしなかった。

 夫婦は男が真面目だということも、過去の苦しみも全て知っている。

 その苦しみを救ったのが赤ん坊だった娘と言うことも分かっている。

 男の一方的な想いではく、寧ろ娘が男に執着しているようだったので娘が望むのならば~と複雑ではあったが認めていた。

 娘が「嫌だ」というなら全力で二人を引き離すが、そのようなことにはならなかった。


 娘は幼い頃から大人びていた。男を励まし支え、既に近所では随分若い夫婦だなぁ? と、揶揄われる程だった。

 そのあしらい方もまた「私の旦那様は私がいないとダメなの」と姉さん女房を発揮している。

 周囲の人間達は過去の男の苦しむ姿を目撃していたので、二人の関係を本気で否定する者はいない。

 男の今の幸せが続くようにと願っているくらいだった。

 あの子が生まれて本当に良かったと口には出さずとも皆が思っていた。


 そして、女が一人語り出す。

 

 死者の国から男と同じように藻掻き苦しんでいた女がいた。

 そんなもの見なければ良いのにと冷ややかな視線を送る者、共感する者、気にも留めない者、死者の国も様々だ。

 

 そして懺悔の時が来た。


 今までの人生を振り返り自分がどうあるべきだったのか自問自答し包み隠さず告白し来世を決める。

 生まれ変わるのか、死者の国に留まるのか、現世の罪を償うのかを。

 現世の罪は私ではなくあちら側にいる神様と呼ばれる者が判断を下す。


 女は悩んだ。


 生まれ変わって男の元へ行けるが、都合よく近くに行けるとは限らない。

 記憶がなければ男と出会うことすら出来ないかもしれない。

 死者の国に留まる事を選べばいずれ男がやってくる……

 だがそれだと男の死を待ち望んでいるのでは?   

 考えれば考えるほど選ぶことができなかった。


「何をそんなに悩む? 」


 何処からが声がする。

 きっと神様と呼ばれるモノの声だと受け入れた。


「私はあの人にまた会いたい、傍で支えたい。けど記憶がなければあの人にもう一度出会えないかもしれない……だったらここに留まるべきなのではと……だけど出来ることならあの人にもう一度直接「会いたい」「触れたい」私があの人を幸せにしたい」


「……そんなにそやつの傍にいたいのか? 」


「はい」


「例えそなたに記憶が有っても、そやつはそなたを愛さないかもしれんぞ」


「それでも……」


「そなたの姿形は違うぞ」


「構いません」


「では、記憶を持ったまま生まれ変わらせてやろう」


「ほっ、本当ですか? 」


「あぁ但し条件がある」


「はい」


「まず、記憶をもって居ることを誰かに話すことは出来ん」


「はい」


「そして、そなたはそやつとしか結ばれてはならん」


 女は黙ってしまった。


「他の者を愛することは認めん」


 生まれ変わり、男と結ばれなかった時女は一生一人で生きることになる。


「そやつがそなたを愛さず他の者と結ばれたとしても、そなたはそやつ以外は選べん」


 男の為に生まれ変わるも男が他の人を選んだ時、それを祝福できるのか……


「どうする? 記憶を持つと言うことは多少なりとも代償がある、止めておくか? 」


「……いえ、彼以外は要りません」


 女は少し考えるも、決意を固め神と思しき人物に宣言する。


「そうか、わかった。では、あちらの虹色に輝いている方へ進め。さすれば記憶を持ったまま生まれ変われる事が出来る」


「はい、ありがとうございます」


 女は頭を下げ、虹色に吸い込まれていく。

 そして目覚めると、赤ん坊であることが分かる。

 抱き上げられてはいるがまだ視界がボヤけていた。

 見えない事に不安で「見えない」「見えない」と言っているつもりが、言葉もまともに発することは当然出来ず周囲は赤ん坊がグズり出したと認識する。


 漸く見えた時、逢いたくて逢いたくて堪らなかった人が目の前にいた。

 「やっと会えた」と手を伸ばせば、彼も手を伸ばす。この手を二度と離さないと言わんばかりに私は彼の手を強く握る。

 近所に住んでいた夫婦が私達を引き離そうとしたので、必死に暴れ赤ん坊は抵抗する。


 後から気付いたことだが、前世近所に住んでいた夫婦の子供として私は生まれていたらしい。

 私の必死な思いが伝わり、彼が私の世話をしてくれることになった。

 彼への思いが募り、意図せず「私があの時殺された幼馴染みで、もう悔やまないで」と言ってしまった。

 あの時の神様との約束を破ってしまったと焦るも、その言葉は声にはなっていなかった。


「どうしたの? 話せないの? 」


 突然私が口をパクパクさせた事で、周囲を驚かせる状況になった。

 それ以外の言葉は話すことが出来たので問題ないと判断したが、神様との約束など知らない大人達は私を医者に見せたりと大慌てな様子。

 「病気じゃないから平気」と言っても、両親と彼は慌てふためくので宥めるのが大変だった。


 それからは私が殺された幼馴染みであることは決して言わないよう努力した。

 周囲も突然私の声が出なくなる現象が少なくなるに連れて、その事を忘れていく。

 そして、私が成人してすぐ彼を口説き落とし結婚した。

 周囲の人たちは「あれ? 二人ってまだ結婚してなかったんだっけ? 」と揶揄う。

 二人はこれからも幸せに暮らした。


 という純愛転生もの。

 夫人に聞くとこの話は何度も作り替えながら上演しているらしい。

 男と女が逆だったり、記憶を持って生まれ変わっても相手は別の人と結婚し一人寂しく死んだり。

 他にも、記憶の無い状態で生まれ変わってスレ違いの人生でもどかしさ爆発させたりする時もあれば、死者の国でひたすら待ち続けるとか本当に様々有るらしい。

 

「今年は幸せな話だったわ」


 今年の内容には夫人もご満悦だった。

 妊娠で外出できなかった一年ぶりの観劇が幸せな結末で良かった。

 帰りの車中では、観劇の感想で盛り上がった。

 夫人から「生まれ変わっても同じ人に逢いたいと思えるような恋がしたい」と、伯爵が居るのにそんなこと言って良いの? と思いながら久しぶりの楽しい一時を味わった。

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