ルースティンの悩み
ミューリガン公爵家のパーティーが終わりすぐにでもフォーゲル伯爵の領地にあるアンドリューの屋敷に戻りたかったのだが、今現在まだ王都のフォーゲル伯爵邸に滞在中である。
パーティーで使用人が粗相したことを、主催者であるミューリガン公爵が謝罪したいとフォーゲル伯爵を通じて手紙を頂いたからだ。
「四日後に伯爵邸を伺いたいが都合の方は宜しいだろうか? 」
丁寧に強要されている。
お世話になっているフォーゲル伯爵の手前ミューリガン公爵家からの謝罪を断るという選択肢はある筈もなく、強張った笑みで了承するしかない。
私のぎこちない笑みに気付いたのかアンドリューから「当日は私も参加する」と申し出てくれる。
アンドリューは伯爵に伴い領地に赴き、貧困改革を行いながら私のことまで気にかけてくれている。
忙しい筈なのになんて優しい「兄」なのだろうか。
それなのに私ときたらパーティーで粗相をして、悩み事も一人で解決できずに人様の屋敷でのんびりしているだなんて……
「確かに『ゆっくり休みなさい』言われたけと、これは休みすぎよね……」
伯爵の屋敷で何をして良いのかも分からず、唯一思い付いたのが赤ん坊の世話だった。
その世話すらも手慣れた使用人が行う為、私は赤ん坊の世話をしている使用人を眺めているに過ぎない。
何もすることがないと余計な事を考えてしまう。
余計なこととは、シュタイン国に在籍の事実がない留学生の存在。
考えたところで、私に出来ることなんて何もないのだけど……
「早く四日が過ぎて、アンドリューの屋敷に戻りたい」
フォーゲル伯爵の領地に戻った所で何も出来ないのはかわりないが、「王都」という響きに拒絶反応がある。
日がなすることもなく、夫人に言われるがまま慣れない刺繍をしてみたり散歩をしたりと時間を費やすしかなかった。
刺繍は下手くそなんだが、集中するのであの事を考えなくて済んだ。
そして私の何もすることのない日常を変えてくれる状況が訪れた。
「アンジェリーナ令嬢……相談したい事があるのですが……」
真剣な表情のルースティンに声をかけられる。
深刻な内容の相談なのかと思うと、ルースティンには悪いが私は内心ヤッホーイだった。
どんな相談事?
婚約者のことかな?
お姉さんに話してごらんなさぁい。
浮かれ気分を出さないよう必死に取り繕う。
談話室でルースティンと使用人の三人。
真面目な顔で使用人が準備した紅茶を頂きながら、どんな悩みでも「かかってきなさい」と待ち構えている。
「婚約者の事なんです」
よっしゃー。
恋愛事なら多少は協力出来るわよ。
さぁさぁ話してご覧なさい。
話して楽になっちゃいなさい。
「婚約者が分からないんです」
分からないとはどういう事なのかしら?
顔が分からない?
貴族の婚約は政略的なものが大半。
両親が決定してしまうこともあるから、そういう意味かしら?
あら?
でもお二人は幼い頃に~と聞いたから、顔を知らないという事は無いかしら。
では、考えていることが分からないという事?
「何を考えているのか……」
ビンゴ。
当たった。
「最近少し性格が変わったように見えるんです。感情を表に出すようになり明るくなったと感じていたんですが次第に何処か上の空になったりを繰り返すように……それに以前までは誤解があればお互い会話をして解決していたんですが、最近では会話が……そもそも会話する時間も少なくなり、婚約者同士の語らいより令嬢たちのお茶会ばかりを優先するようになってしまったんです。先日の公爵家のパーティーの際はエスコートはしたものの、気分があまり良くないということで控え室に行ったきりでした。僕は……嫌われ……避けられているのでしょうか……」
それはもしや……
自然消滅を狙ってる感じににている気も……
貴族の婚約に自然消滅が通用するのかは知らないが、距離を置きましょうってやつじゃないのかな?
……これをなんて伝える?
うん、それは嫌われてるね。
避けられてますよ……なんて直球で言えないでしょ。
…ちょっと待ったぁ。
こんな、すぐに解決して良いの?
折角、待ちに待った暇つぶ……ゴホンゴホン。
えー気を紛らわす?
気分転換?
息抜き?
駄目だ。
いくら言い換えようとしても失礼に当たる。
貴重な話題、すぐには終わらせてはいけない。
「何か変わるきっかけが有ったのではありませんか? 」
「きっかけ……婚約者ではない令嬢を勉強に誘った事とかですか? 」
いやぁ、その程度で嫌われるっちゅう事はないだろう。
しかも未遂な訳だし。
それで怒るような人であれば、とっくに「さよなら」してると思います。
「その頃から婚約者様が変わり始めた……と? 」
「……そう……ですね。違和感を感じるようになったのは……はい、その頃だったとおもいます」
私がこちらに来てすぐの挨拶でそんな事言っていたから約数週間前からってことかぁ。
痴話喧嘩にしては長いし、内容はそんなに気にすることではないと思う。
他にあるんじゃないの?
「他に変わったことは? 」
「他……ですか? 」
「環境や出会った人で考え方が変わったりしますから、その時に何か有ったのではありませんか? 」
「あぁ……その頃には例の令嬢と親密になってました、よくサロンに誘い紅茶を頂くと話してくれました」
「例の令嬢とは、勉強を断った令嬢の事? 」
「はい」
「確か……元平民の方ですよね? 」
婚約者が善意とはいえ、誘った令嬢と果たして本当に仲良くできるものかしら?
断っているからルースティンの婚約者から見れば無害だと判断した?
私だったら……
その令嬢とは距離を置く。
いや、近くに置いて監視する?
「はい」
「その方はどんな方でいらっしゃるんですか? 」
「どんな……普通の令嬢です。勉強も優秀ですし、礼儀作法も問題なく紅茶を淹れるのが上手で今では第三王子の婚約者にも認められているそうです」
第三王子の婚約者がどんな人なのかは分からないが、大抵高位貴族の令嬢は気難しい。
自身の立場を理解している令嬢であれば突然現れた令嬢を安易に信じることはない。
自分本位な令嬢でも、自身に忠実だったり何かしらの旨味が無ければ傍には置かない。
少しでも不快と判断したらすぐに切り捨てるだろう。
どのタイプの令嬢かは分からないが、高位貴族の令嬢に認められるという事はいろんな意味で優秀に違いない。
「そうなんですね、でしたらお茶を共にしている令嬢達に聞くのはどうです? 」
「……令嬢に会いに行くというのは……前回のこともあり……」
善意から勉強を誘ったことが裏目に出てしまった事を反省しているようだ。
「そうですか……」
「あっアンジェリーナ令嬢はアンドリュー先生の妹様で、俺にそんな邪な気持ちは……」
私としてもそんなことは一切心配していない。
だけど彼の必死に否定すればする程怪しいというより「女」として見ていないと断言されたようにも……
いいんだけどね。
「大丈夫ですよ、婚約者の方が誤解しないのであれば私は構いません」
「……アイリーンは……」
婚約者の事でこんなにも真剣に考えるルースティンには好感が持てる。
好きになってしまうという意味ではなく、婚約者を大事に思う彼の誠意がわかる。
「気になることが有ります」
「なんでしょう、教えてください」
婚約者との関係を改善したいと思う真剣さが私との距離を縮める……
ルースティン様……近いです。
笑顔で彼を適切な距離に戻す。
「もしその令嬢が関係しているというのであれば、ルースティン様の婚約者だけでなくサロンに集まる方達全員にも変化が有ったのではありませんか? でしたら、その方達の婚約者に尋ねるのもいいかもしれませんよ」
令嬢に声を掛けられないのなら、令嬢の婚約者……
つまり男性に声を掛けたらいい。
「令嬢達の婚約者とは話したことが……」
侮辱しているわけではないが彼は貴族らしくない犬っぽい雰囲気なので、誰とでも仲良くなれてしまうと思っていたが……
そうでもないのか?
「婚約者の令嬢が仲良くする人達ですから、令嬢達の婚約者とこの機会に親しくされてみてはいかがです? 」
「いやっ、その……婚約者がいるのはエメライン・ブルグリア嬢だけで、令嬢の婚約者は第三王子のアビゲイル王子なんです」
王子……
「あぁ、それは……学園でお話しされたこと等は……」
「ありません」
「話しかけることは……難しそうですか? 」
「……考えたことありません。僕は……特段優秀ではないですし、生徒会とも関りがないのでお忙しくする王子に不用意に声を掛けるような事はしたことがありません」
そうですかぁ……
側近や、王族に媚びを売る人間以外はむやみやたらに声を掛けたりは致しませんよね。
用事が無ければ……
「……婚約者様ですが、パーティーでは本当に気分が悪かったのではありませんか? 手紙等で聞いてみるのはいかがです? 」
「手紙ですか……分かりました。聞いていただきありがとうございました」
ルースティンは納得はしていないが、一歩踏み出したって様子。
そもそも令嬢に一度声をかけただけで不仲になると言うのはおかしい。
学園に在学していれば、何かしら声を掛けなければならない時はある。
令嬢に声を掛けた時にルースティンが周囲に誤解を与えてしまった可能性は無いだろうか?
彼は熱くなりやすいのか、先程も「気になることがある」と言えば、途端に身をのりだし距離が縮まる。
そのような行動が婚約者に誤解を与えた可能性もある。
それぐらいなら、ルースティンに事実を伝え「気を付けてね」で終わりそうなものだ。
「もしかしたら、元平民令嬢が要らぬ言葉を令嬢に植え付けた可能性も……? そんなことはないか……」
いや、婚約荒らしというのも考えられる。
たまにいるんだそういう人種が。
婚約者を奪い取ろうとか恋人になりたいという感情ではなく、ただ単に婚約を破棄させてやろうという心のネジくれた人間。
他人が不幸になる姿が見たいという歪んだ奴。
「そういう人に目をつけられると、厄介なのよね……」
別れた恋人同士も、そんな人間の言葉に踊らされ別れに至ったとは考えていなかった。
相談に乗る振りして別れに持っていく悪魔のような女性を目撃したことがある。
勘違いかと思ったが、彼女の周りの女の子達は次々と彼氏と別れてしまった。
その後、別れた彼女に代わって付き合うのかと思ったが、そんな事は一切なくただ単に人の幸せを壊すのが好きって人だった。
その元平民令嬢がそうだとは言わないが、貴族に対して不快感を持っている者は多数いる。
元平民令嬢とは距離を置き注意すべきかもしれない。
だけど、ルースティンは全く疑っていない様子。
「あー、なんだか悩み事が増えただけな気がする」
退屈だと謎の留学生の事を考えてしまうのでその事から逃げたかっただけなのに、別の悩み事が出来てしまった。
私の事ではないし、私の友人でもないので国に帰れば私とは関係ないのだが……
結末が分からないと気になって仕方がない。
「もぉぉおおぉおぉぉ、頭空っぽバカになりたぁいっ」




