眠るってどうするんでしたっけ?
フォーゲル伯爵に報告しミューリガン公爵に挨拶を終えたアンドリューと共に公爵家を後にし、王都にあるフォーゲル伯爵邸に向かっている。
アンドリューと共に馬車に乗っているのだが、車中一言も会話することはない。
窓の外の流れる景色を眺めていれば伯爵邸に到着してしまう。
予定よりも早い私達の帰りにも拘らず執事は出迎える。
「私の不注意でドレスを汚してしまい、申し訳ありません」
私は帰るや否や真っ先に夫人にドレスを汚してしまった事を謝罪する。
「気にしないで、アンジェリーナ様に怪我がなくて良かったわ」
夫人は笑顔で背中を擦ってくれた。
私は私が思うより沈痛な面持ちだったのかもしれない。
「今日は大変だったわね、すぐに休んで」
私が使用している客室に通される。
既に湯浴みの準備がされており、流されるまま身を任せた。
アンジェリーナになって初めてのパーティーで気疲れしてしまったのだろう。それに……
湯浴みを終え、ソファーに座れば自身の身体が酷く重かった事を感じる。
柔らかすぎるソファーに引き込まれてこのまま立ち上がれないんじゃないかと思う程に。
コンコンコン
「……はい」
「私だ……アンドリュー」
「……どうぞ」
促すも立ち上がるまで少し時間を要した。
その為、立ち上がった時には既にアンドリューは近くまで来ていた。
「少し、話したいんだがいいか」
「はい」
「大丈夫なのか」
心配してくれるのが伝わり笑顔で対応する。
ドレスにワインが掛かった程度でここまで心配する必要はないのに、アンドリューは本当にアンジェリーナを大切に思っている……羨ましい。
「平気ですよ」
「無理して笑わなくていい……家族なんだ」
「……はぃ」
家族……か。この人はアンジェリーナを良く見ている。
「何か有ったのだろう? 話してくれないか……私は何年もアンジェリーナの側を離れた……兄、らしいことをさせてくれ」
話していいのだろうか? だけど、いくら一人で考えても先に進まない。
ゆっくり深呼吸し気持ちを落ち着かせる。
その間もアンドリューは急かすことなく、私が整うのを待ってくれていた。
私が話す決意をすれば、アンドリューもまた真剣な面持ちになる。
「お兄様はサーチベール国の人間がシュタイン国に留学されているのをご存じですか? 」
「あぁ、ここ最近増えたようだな」
「増えた……のですか」
「それがどうした? 」
「いえ、私が学園にいた頃はサーチベール国からの留学生はおりませんでした。今年入学された者にも留学生はいないと知らせを受けました……なにか起きているのではと……」
「……それを一人で調べていたのか? 」
「調べる程のことはしておりませんが、気にはなっております。先程第四王子に確認したところ、王子も留学の事実はあると話しておりました」
「わかった、私も調べてみる。今後何か不安なことがあればすぐに話して欲しい、一人で解決しようとするな、私をいつでも頼ってくれ」
「……はい」
優しい兄だ。
どうしてアンジェリーナとアンドリューは不仲になっていたのだろうか?
勿体ないな……
「今日はもう、休みなさい」
「はい」
無理にではなく自然に笑顔が生まれる。
「あっ」
立ち上がろうとするも慣れないダンスをした所為なのか安心したからか膝から力が抜けてしまい、またしてもソファーに逆戻りした。
精神的にも体力的にも無理をしていたのかも知れない。
「アンジェリーナ? 」
「私は大丈夫です、そんな心配なさらないでください」
言葉にするもアンドリューは跪き顔を覗き込まれる。
心配してくれるのは嬉しいが、近すぎて顔が火照ってしまう。
徐々に近づくアンドリューに全身が固まる。
何?今、何が起きてる?
「アンジェリーナ掴まって」
言われるがまま首に手を回す。
アンドリューの手が私の背中と膝裏に差し込まれ、身体が宙に浮く。
フワフワと揺れていることを認識する。
気が付けばベッドに降ろされ、いつの間にかベッドが私の側に有った。
このベッドは移動するのね?
「ゆっくり休みなさい」
布団をかけられ、頭を撫でられアンドリューは部屋を出ていき姿を消した。
「……もしかして……私今、お姫様抱っこされた? アンドリューに、お姫様抱っこされたの? あれが噂のお姫様抱っこ? 」
お姫様抱っこされた事を理解すると、興奮して目が覚めてしまった。
眠らなきゃいけないのに……
アンドリューにも「ゆっくり休みなさい」と言われたのに……
「眠るってどうやってするんだっけ?」
目はパッチリだし鼻息は荒い、それに首に回した腕やアンドリューが触れた肩や膝裏にはまだ温もりがある。
眠れません、全くもって眠れる気配が有りません。
どうしたらいいですか、お兄様。




