お兄様の腕の中はいい匂い
コンコンコン
「……はい」
だらしなく座っていたところ、訪問者が現れる。
「私、アンドリューだ。アンジェリーナ大丈夫なのか? 」
「お兄様。平気です……どうぞ」
扉を開ければ、早足で駆け寄られ抱き締められる。
兄の行動は心配してくれているだけだと自分に言い聞かせるも、ドキドキしてしまう。
だって、男の人に抱きしめられたことなんて……
同じ屋敷で同じ石鹸を使っているだろうに、アンドリューからは良い匂いがする。
こんなイケメンに心配されて抱き締められたら、誰でもときめいちゃう。
私としては兄妹の時間が短すぎて、危険な道へ向かってしまいそうで困る。
油断すると「兄じゃなければ……」と邪な事を考えてしまう。
いや、兄だから抱き締めてくれたのか……
それでも今はイケメンの抱擁を堪能したい。
「すまない。私が傍にいてやれればこんなことにはならなかったのに……」
たかがワインぐらいでこんなにも心配してくれるのが嬉しい。
アンドリューが傍にいられなかったのは、ダンスを巡って令嬢達に囲まれていたからだ。
「大丈夫です、少しワインがかかっただけですから。それより、夫人にお借りしたドレスが……」
「心配するな、私が夫人に伝えておく」
「ダメです。私が借りたのですから」
「なら、私も共に謝罪に行く」
「……お兄様、もう大丈夫です」
抱き締めてくれる腕の中が居心地よすぎて出られなくなりそうで怖く、自ら離れた。
離れられるくらいならと自分から離れたのだが、離れると勿体ないことをしたと感じ彼の腕の中に戻りたくなる。
「フォーゲル伯爵と共に挨拶周りをしていて気付くのが遅れてしまった」
令嬢とダンスはしなかったのか……
「お兄様の所為ではありません。パーティーでは良くあることですから」
「良く有ったのか? 」
驚きと共に声が響く。
「いえ、予想できる出来事だと言いたかっただけです」
例え有ったとしても、悪役令嬢・アンジェリーナか被害者であることは無かったかと。
お兄様。
アンジェリーナさんは貴方が思っているほど弱くはありませんので、心配は無用かと存じます……はい。
「この後はどうする? ある程度挨拶は済ませたし、このようなことがあれば帰ったとしても問題はない」
「……もし、許されるのであれば……私は帰りたいと思います」
「そうか、なら帰ろう」
「お兄様はっ」
「私も一緒に帰るよ」
笑顔の圧に押しきられてしまった。
「ミューリガン公爵とフォーゲル伯爵には私から挨拶しておく、アンジェリーナはここで休んでいなさい。私が来るまで扉は開けちゃダメだよ」
「……はい」
アンドリューが部屋を後にすれば、また一人の空間になる。
静まりかえる部屋に一人でいると、再びシュタイン国に留学したとされる四人の行方が気になり始めた。
四人……万が一行方不明だった場合、家族は心配しないのだろうか?
留学先での行方不明だから、まだ気付いていないとか?
いやっそれは無いか。
伯爵の口振りからして私が学園にいた頃から留学しているようだった。
留学中の子供と一年以上連絡を取らないという事はないだろう……
「やっぱり、なにか有るの? 」
……果たしてこの問題は私に解決出来ることなのだろうか。
このまま私は逃げていて良いの?
本当にヒロインか解決してくれる?
もし……仮に……万が一……本当に誘拐されていた場合、誰も捜索など動いていないことになる。
もしそうなら、誰かが助けに来てくれると今も信じ続けているのかもしれない。
誘拐は時間との勝負。
もし最悪の場合でも遺体が有るのと無いのでは家族の受け止め方も違ってくるだろう。
絶望を味わった後は進むことが出来る、だけど希望を持ち続けなければならないとなれば人を動けなくさせる。
もしかしたら、家族はわかっていて真実を知るのが怖くて現実から目を背けているのかも知れない。
留学している……
遠い国で今も生きているという希望を抱いているのだとしたら、私がしようとしている事は傷つけることになる。
目をそらすことで生きていけてるのを私が正義感を振りかざして奪うことにも繋がる可能性だってある。
「私はどうしたら良いんだろう……どうすることが正解なの? 」
明日、ふと四人が姿を現さないかな?
『学校サボっちゃいましたぁ』って、バカっぽく登場して欲しい。
「大丈夫、私は貴方たちに怒ったりしないから」




