悪役令嬢は退場したい
パーティの会場となるミューリガン公爵家に到着する。
既にきらびやかなドレスに身を包んだ見知らぬ人達に圧倒されている。
私を強引に引き入れた夫人の周りには多くの人が挨拶で群がっていた。
「あの夫人は、影響力があるのね……」
主催者が登場する前に夫人に発見され、夫人を囲んでいた方々に挨拶をすることになった。
パーティでの挨拶の時は、礼儀作法等を気にする余り話の内容はさっぱり頭に入ってこず。
挨拶した方々の名前も爵位も思い出せないが顔は辛うじて覚えていた。
「詳しい事は知りたいような知りたくないような……知らない方が良いってこと有りますよね? 」
挨拶する中、本当に夫人には影響力があるのだと感じる。
そんな人がなぜ私に興味があるのか未だに分からない。
「なんの思惑もない…なんてないよね……」
雰囲気からして派閥のトップに近しい人だと思う。
願うことは面倒事だけには巻き込まれたくない、その一心なのだが、「悪役令嬢再び」なんてことは絶対になりたくない。
隣国に来て静かに過ごしたいのに、夫人には止め処無く入れ替わり立ち替わり挨拶が来る。
夫人からは側に居るだけで良いと言われ、なにも分からず笑顔を張り付けて隣に立っていたが……
これで本当にいいのか? と思いながら、夫人の流れで一緒に挨拶を交わす。
賑わっていた場内がより一層ざわめく。
ざわめきの正体を探るとパーティーの主催者と思しき二人が登場する。
遅れて登場するに相応しい凄いオーラの人物。
「流石は王族」
黄金の髪と吸い込まれそうな青い瞳。
豪華な会場や衣装に圧倒されているだけでなく、公爵と夫人は、自然と人の目を惹き付ける二人だった。
彼らの登場により、私は漸く多くの視線から解放される。
パーティ開始の挨拶が行われ、主催者二人の為に音楽が変わる。
ダンス開始の合図は、主催者による二人だけのダンスというのが習わしらしい。
招待客も場所を空け、ダンスに見入る。
公爵は王族として注目を浴びることに慣れ、更には夫人を美しく見せる技術を備えている印象。
私としては会場に入った時から用意されている食事が目に入りいつお腹が鳴るのではないかと不安でいる。
映画のようなダンスシーンを眺めていながら、横目で食事へ向かってもいいのだろうか? と物色している。
「アンジェリーナ令嬢」
解放されたと油断していると再び夫人に捕まってしまい、逃げる事叶わず再び夫人の隣で待機している。
共に来ていたアンドリューを探すも主催者二人のダンスの向こう側にいるのを確認。
あちらはあちらで主催者のダンスを終えた後、招待客が自由にダンスする時間となった時のダンスの相手としてアンドリューを狙っている令嬢達の姿が見えた。
アンドリューの周囲に気を取られていると音楽が終わり、ダンスを披露した二人に盛大な拍手が送られる。
そして、主催者二人が場所を移動すると、一斉に令嬢達がアンドリューに突撃しているのを目撃する。
その後はダンスを行う人達によって遮られ、どうなったのか確認できなかった。
「フルーリング侯爵夫人、本日はようこそ」
アンドリューに気を取られていたが、主催者である公爵夫妻が目の前まで訪れていた。
そして漸く、この得たいの知れない夫人がフルーリングと言う名の侯爵夫人だと知る。
「ミューリガン公爵様、本日は招待と共にご無理を聞いていただき恐縮にございます」
「いやフルーリング侯爵夫人にはお世話になってますからね、問題有りませんよ。そちらの令嬢が、夫人が紹介したいといった令嬢ですか? 」
公爵からは優しい瞳を向けられるも、どこか鋭さも感じた。
「そうでございます。フォーゲル伯爵と共に貧困改革を行っているアンドリュー・カストレータ様の妹様ですわ」
「お初にお目にかかります、アンドリュー・カストレータが妹、アンジェリーナ・カストレータにございます。本日はお招き頂きありがとう存じます」
発言してから気が付いたが公爵からすれば、私は招かれたというより強引に参加したに近いと気付き公爵の様子を窺った。
「スタンリー・ミューリガンだ。令嬢の兄については私の耳にも届いている。素晴らしい兄をお持ちだ。本日は楽しんでくれ」
主催者に挨拶を終えると、会場内が再び騒がしくなったように感じた。
ダンスで何かあったのだろうかと周囲を確認すると、先程とは違う場所からざわめきが生れていた。
人が重なっている事でざわめきの正体は確認できず、いつまでも同じ方向を眺めていた。
そうして漸く正体を突き止めると、既に目の前にミューリガン公爵によく似た青年が二人こちらに近づいてきていた。
二人のうち一人は、とても美しい女性を連れている。
「スタンリー兄さん」
「アビゲイルよく来たね。ブルグリア令嬢もようこそ、アビー色のドレスがとてもよく似合っていて美しいよ」
「まぁ、ありがとうございますミューリガン公爵様」
事前情報として、ミューリガン公爵には兄弟があと二人いると聞いていた。
長男は既に次期国王として王宮に留まり執務をこなしている。第二王子であるスタンリーは髪は黄金色で瞳は青く顔は社交界の華と謳われた王妃似である。
第三王子と思しきアビゲイルは、髪は銀色で瞳は深緑で母方の祖父の遺伝らしい。
「兄さん俺も居るんだけどな」
第四王子のワイアットは、国王似というより前々国王である曽祖父似と言われている。
髪は黄金色で瞳は紫で端正な顔立ちは若い頃の前々国王そのものだとか。
「分かっているよワイアット。ワイアットも早く婚約者を見つけないとね」
「婚約者の話はいいよ」
「ふふ、相変わらず逃げてるみたいだね」
本来王族であれば幼い頃に婚約者を決定し、令嬢を次期王妃に相応しくなるよう時間を掛けて育てるのだが、サーチベール国は違っていた。
現国王が学生だった頃「婚約者は政略でなく自分で決める」と騒ぎ、学園を卒業するまで婚約者は居なかった。
だが、その裏ではこっそりと、ある女性を何年もかけて口説いていた……とか。
その令嬢は王族に対しても媚びることも取り巻きを作ることもなく、高位貴族でありながら孤高であり続けた女性。
それが今の王妃。
当時の王妃は「王族と繋がりを持つ」なんて一切頭になく、自身に出来ることを全力で行い領民の生活を豊かにする事を第一に考えていた。令嬢の中でも珍しい人だ。
国王は、令嬢が自分に対する特別扱い処か興味すら抱いてもらえない事に今まで感じたことの無い感情を味わい、瞬く間に王妃に懸想していったとか。
そして学園にいる間。
少しずつ少しずつ距離を詰め口説き落とした事は学園で知らない者はいない程で、それは後に劇や吟遊詩人の題材となる物語となり多くの平民達に伝えられた。
それもあり、国王も王妃も無理に王子達を婚約させようとはしていない。
「ワイアット、こちらシュタイン国からのお客様アンジェリーナ・カストレータ嬢だ。アンジェリーナ嬢、弟のワイアット・サーチベール。今のところ婚約者はいない」
「兄さんっ」
婚約話は第四王子にとっては不満の種らしいが、兄のスタンリーは弟を揶揄うのが好きなようだ。
こんなやり取りを目の前で体験してしまえば、勘違いする令嬢はいるだろう。
相手が王族から一方的に婚約解消された私でなかったら弟に婚約を迫り、この兄はきっと弟に恨まれたに違いない。
第四王子とはいえ王族。
今まで婚約者が居ないってことは様々な打診や勘違いしてしまった令嬢からのお誘いが数えきれない程あったはず。
「大変だねぇ~」と他人事のように、美形兄弟のじゃれ合いを眺めていた。
「はは、ワイアット。来たなら隣国の令嬢をダンスに誘ってみてはどうだい? 」
「……カストレータ嬢、もしよろしければダンスを……どうか」
「……喜んで」
兄としては、弟を護ったのだろう。
第四王子の彼は気が付いているのか分からないが、彼の後方ではダンスを共にしたいという令嬢が兄弟の会話を終えるのを今か今かと待ち構えている。
一番初めにダンスをする意味は国によっては、「婚約者」「婚約者候補」「親しい者」とあるらしい。
私を一番にさせたのは「隣国の令嬢」を持て成したという、深い意味に取られないだろうという考え有っての事だろう。
後方の令嬢も兄の勧めを断れないから仕方なく私を誘ったという印象で、我先にと押し寄せ来るのを諫めたようにも見える。
という事は、私は王族に「利用された」という事だ。
私の中で、「主催者である兄が、弟を護るために利用された」と理解した上で、明らかに不満を見せて誘われることに、いくら相手が美形の王子だとしても全く嬉しくない。
不満を見せないように笑顔を張り付けて対応するも、きっと彼にも私の真意は伝わっただろう。
「不満を感じているのは貴方だけではない」と……
差し出された第四王子の手を取りダンスホールへ移動していけば、人が割れていく。
「なんか思い出すなぁこの光景」
出来れば忘れていたかったあの日の出来事。
歩いているだけで、もの凄い注目されている。
目立つの嫌いなんですけど……
あれ?
…ちょっと待って。
私ってダンス出来るの?
そんな練習しておりませんが……
「やばっ……」
ダンスホール中央に到着してしまった。




