別の角度から問題が飛び込んできた
パーティー後フォーゲル伯爵が領地に戻り優雅にお茶をしているのだが、楽しみたいのに楽しめない。
私としては早く留学先は伯爵の勘違いだったと話してほしい。
聞いて楽になりたい。
なんて切り出す?
「今度我が領地に婦人達が視察に来ることになった」
伯爵の報告にはさほど興味を引かれないが、素晴らしいことだというのは伝わる。
貧困改革なんて貴族は大して興味がないだろうに、それを王都に住んでいる貴族夫人が態態現地まで足を運ぶ事はかなり異例といえる。
パーティーで伯爵の功績が認められたという事がわかる。
笑顔が似合うおじさんという印象で、流されやすいというかパーティーで貴族からの追及に耐えられるのか心配だったがそんな必要は無かったようだ。
「その時にアンドリュー様とアンジェリーナ様をご紹介致しますね」
「分かりました」
領地に貴族夫人が訪問することに慣れているのか、アンドリューは何事もなく返事をするが私までその場に呼ばれるのは伯爵が私を気遣ってなのか?
そうであるのであれば、私はお断りしたい。
伯爵は本当に……優しいのね。
今その優しさ、いらなかったわぁ……
「……はい」
納得はしていないが、快く受け入れたフリをする。
淑女の抜き打ちテスト……
嫌いだわぁ。
「ごきげんよう」
何日もしないうちに、本当に夫人達が襲来した。
夫人達の様子からは領地の貧困改革に興味が有るようには感じられない。
寧ろ目的は……アンドリューと対面して頬を染める姿から、こちらが本命なのではないだろうかと思えてならない。
夫人達の誰がアンドリューを手に入れられるのか、腹の探りあいが始まったように見える。
きっと、私は必要なかっただろう。
残念なことに伯爵の貧困層改革も利用されたに違いない。
「素晴らしいわよね、隣国へ貧困層改革の為に学びに来たなんて。領民は幸せね、未来の領主が人格者で」
「お褒めにいただき光栄です」
少しの間だが、アンドリューと一緒にいたので分かる。
今のアンドリューの笑顔は完全に愛想笑いだ。
元が綺麗だから招待客は、アンドリューの笑顔を見ることが出来ただけで満足しているよう。
「アンドリュー様は婚約者は居りませんの? 」
貧困改革の話もそこそこに、婚約者の話題に変わる。
「私はまだ未熟者故に決まった相手は居りません」
この手の質問に慣れているのか、突然の話題変更にアンドリューは動じることが無い。
それとは引き換えに質問した側の夫人達は、少なくとも二人の人間が目の色を変えたように見える。
態々王都から遠く離れたフォーゲル伯爵の領地に訪問して迄、アンドリューを自身の目で確認し婚約者の座を狙いに来たのだ。
娘の為かあわよくば自分が……という女の考えが透けて見える。
「あらぁ、謙遜も過ぎれば美徳ではないわ。素敵な令嬢を紹介しましょうか? 」
引き攣れている夫人達とは違い、この場を仕切っているご夫人だけは冷静に見極めているように見える。
アンドリューを確認するだけでなく、私の事も見極められているよう。
寧ろ、アンドリューの婚約には対しては、さほど興味がないようにも見て取れる。
「有りがたいですが、今は学ぶことを優先しておりますので相手の令嬢に申し訳ないです」
「そう? 心変わりしたらいつでも言ってちょうだいね」
「はい」
貴族らしい表面的な会話。
アンドリューもまた然り。
「アンジェリーナ様は婚約者等はいらっしゃらないの? 」
「……私も居りません」
私もお茶会に参加している為、場を仕切っている夫人から社交辞令として尋ねられた。
対して私には興味がないのだろうなぁとは感じつつも、そこは対応いたしますよ。
私も貴族の端くれですから。
「珍しいですね、シュタイン国は婚約者を決めないものなのかしら? 」
「いえ、私は婚約破棄いたしました」
「「「「婚約破棄? 」」」」
私の取って置きの爆弾発言が皆さんに聞いたようで、驚きの声がぴったり揃いましたね。
「はい」
招待客の反応が楽しくて、笑顔になってしまう。
「……理由を聞いてもよろしいかしら? 」
表情を崩さないベテランの方達を驚かせ、混乱させていることになんだか場を仕切っている優越感が生れる。
上品さを身に纏ってはいても、ゴシップ好きを隠せていない。
夫人達の暇潰しのネタを提供して差し上げますわ。
どうせ私はシュタイン国に戻るのだから、サーチベール国でどんな噂をされようと関係ない。
「隠すようなことでは有りませんし相手が相手なのですぐに分かると思いますが、私の相手は王子でした」
王子と言った瞬間分かりやすく顔色を変えるのに笑いをこらえるのが大変ですよ。
「王子は今後の事を考え王位継承を保留にし、辺境伯爵として勉強中だそうです。それにより私との婚約は失くなりました」
「……そうっ」
複雑ですよね。
婚約破棄は貴族令嬢にとっては最大の屈辱。
分かりやすい不義理ならともかく、王位が継承を保留になる事態は聞いたことがない。
私を侮辱笑い者に出来ず、もどかしさを感じてるのかしら?
「はい」
「まぁ、でしたら婚約者はいないのね」
「そうなりますわ」
……なんだろう?
この場を仕切っている夫人の反応だけは、私の予想とは違う。
違和感を感じて、なんだか怖い。
流石社交界の戦場を掻い潜った猛者達というべきか、考えが全く読めない。




