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貴族社会に馴染めぬ貴族

<貴族社会に馴染めぬ貴族>


 ワイングラス片手に紳士達は情報を共有する。


「ドレスト伯爵は素晴らしいですね」


「ええ。私も聞いておりますよ、息子から」


 パーティーの主催者が登場するまで、貴族達は各々談笑する。

 ある一角では、ドレスト伯爵を中心に会話が始まる。


「何の事ですか? 」


「ご令嬢の話です、引き取ったばかりにも関わらず大変優秀でいらっしゃるとか」


 伯爵に声を掛けた二人は学園に通う子を持つ親のようで、子供から最近の学園での様子を聞いている様子。


「あぁ、マデリーンですか」


「養女にして間もないというのに、流石ドレスト伯爵ですね」


 平民を養女にしたというのは過去のパーティーで知っているが、どれほどの逸材なのかは子供達の噂で把握したようだ。


「本人の素質ですよ」


 謙遜しつつも、ドレストの表情はご満悦のように見える。


「伯爵の見抜く力は本物ですね」


 相手を煽てて気をよくした頃、本題に入るのが一般的。

 彼らの目的は何なのかの探り合いが始まる。


「そう言えば、リューゲル伯爵のご令嬢を見掛けませんね、本日は体調不良ですか? 」


 リューゲル伯爵令嬢もまた第四王子の婚約者候補の一人である為、当主達も令嬢の存在を認識している。


「おや? ドレスト伯爵は聞いておりませんか? リューゲル令嬢は留学されているそうですよ。他にも多数の令嬢、令息が留学しているとか。最近は多いですね」


「そうなんですか」


「では、エッセンド嬢も? 」


「令嬢は病気療養の為、領地に居ると聞いてますよ」


「ほぉ、病気ですか……」


 令嬢が病気と噂になれば、婚約を結ぶときに影響が出る。

 幼い頃から病気を患っていれば別だが大抵の貴族は令嬢が病気を患った時、公表する事は躊躇うものなので珍しいことでもある。


「ええ、なので第四王子の婚約者の座は空席のままです」


 病気の令嬢を心配していたのだが、突然男は喜んだようにドレスト伯爵の様子を窺う。


「何ですか急に? 」


 どの貴族も第四王子の婚約者の座について思うことはあっても敢えて口にする者はいない。

 この男だけは周囲に人がいるというのに安易に口にする。

 既に酔いが回っているのか、内容に気を付けられない人物は周囲に煙たがられるものだ。


「いえ、ドレスト伯爵ならと思いまして」


 急に男の目付きが変わる。

 周囲の彼らも不用意な男の発言を止めるわけでも訝しげに見るわけでもないところを見るに、これが目的だったのかと知る。

 確かに多くの者が最後の王族との繋がりを得ようと狙っている。

 婚約者候補として有力だった者が大事な時期に隣国へ留学では戦線離脱も同然。

 次席と噂されていた者は病気療養中。

 この状況をただで見逃していては、貴族として生き残る能力に欠けていると言えるだろう。

 王族派が地盤を強化する為に周囲で固めていた令嬢達の突然の辞退。

 貴族派は常に虎視眈々とその座を狙っているというのは考えなくてもわかる事。


 第四王子の婚約者の座は多数の貴族が狙っているが、爵位などを考えると本格的に狙える者は数少ない。

 そうなると、娘に『色仕掛け』でもして王子を堕とせと迫る親も密かに存在し始める。


 そこに来て、突然思わぬところから優秀な令嬢が現れた。

 家柄も容姿も能力も申し分のない令嬢。

 自身の娘で王族を釣り貴族派の頂点に君臨しようと画策していた面々は残念に思いつつも、顔には出さず王族派に対抗出来る駒が生まれたと浮き足立っている。


「私は無理矢理は好みません。彼女を養女に迎えたのは、平民にしておくには勿体ない程優秀だと感じたからです。本人も学ぶことを楽しんでいますから、私としては学園では学業に専念するよう伝えております」


 伯爵は養女を迎えたのは有能だと判断したからであり、第四王子とは関係ないと発言をする。

 それでも納得する者は少ないだろう。

 表情からその言葉か伯爵の本心なのかは判断できない。


「そうですか……」


 伯爵の言葉が求めていたものではない事で、口では肯定の言葉を吐くも内心は納得していない。

 それでも笑顔を見せつつ、目がギラつかせながら会話を続ける。


「おやリューゲル伯爵、今こちらで話していたのですがご令嬢はどちらへ留学ですか? 」


 ドレスト伯爵が話を逸らす為に、リューゲル伯爵が利用された。

 先程仕入れたばかりの情報について、ドレスト伯爵が興味があるようにも思えない。


「えっ? 」


「いやぁ私の息子はエーバンキールに留学してましてね、ご令嬢もそうなのかと思いまして聞いたのですが違いましたか? 」


「いえ、私の娘はシュタイン国ですよ」


「そうですか、シュタイン国も素晴らしいですよね。四季折々で美しいとか……」


「ええ、まぁ」


「令嬢は長期休暇はお戻りにならないのですか? 」


「あちらでの生活に一日でも早く慣れる為にも帰っては来ないと手紙があったばかりなんです」


「おや、それは残念ですね」


「ええ全く。それでは」


「……引き留めてしまい申し訳なかったですね」


「いえ」


 例え王族派で第四王子の婚約者にと名高いと噂されているリューゲル伯爵と、貴族派の頂点に立つドレスト伯爵とは不仲ではないかと憶測が飛び交てはいてもパーティー会場など多くの人の目がある場所であからさまな態度に出す者はいない。

 互いに上辺だけの会話でやり過ごしているように見える。

 長年貴族として君臨して生きた者であれば、弱みを見せることなく良識ある対応するのが当然。

 貴族派のドレスト伯爵が王族派のリューゲル伯爵に声をかけても大した話でなければ上辺だけの会話をするのは良くあること。


『どうして、今の時期に留学なんですか? 』


 周囲の人間が尋ねる前に、リューゲル伯爵には逃げられてしまったように見えた。

 リューゲル伯爵に逃げられると、再び話の中心がドレスト伯爵となっていく。

 一歩離れたところから見ていると、伯爵は浅く広く満遍ない会話で貴族達と接している。

 貴族派と言われているが貴族派とも線を引いているような印象。

 王族派貴族派で第四王子の婚約者の座の奪い合いが行われているが、第一王子が次期国王、第二王子は公爵家に臣籍降下し、第三王子もまた侯爵家へ婿入りが決まっている。

 第四王子の婚約者探しはそこまで大きな争いに繋がることはないと誰もが認識している。

 なので、貴族派のドレスト伯爵の養女と婚約関係になったとしても均衡が崩れることは無い……はず。

 ドレスト伯爵の考え次第だが、王族に謀反を起こそうと考えているような人には見えない。


「アセットイン侯爵、国境の方はどうですか? 」


 擦れ違い様、近くにいた貴族がアセットイン侯爵に声をかける。

 お互い長話をする気はないが、声をかけないと言うのも今後に関わるため当たり障りのない会話でその場をやり過ごしている。

 ドレスト伯爵も口を挟まず二人の会話を見届けている。


「……最近……ですか? 」


 侯爵の目が誰かを探しているように見えた。


「ええ、最近エーバンキールからの荷物がよく届くとか」


「まぁ、そうですね」


「エーバンキールの商人は遣り手ですからね、国境のやり取りは大変でしょう」


「まぁ、確かに最近は多いかもしれませんね」


「エーバンキールの国力は凄まじいですからね。経済、軍事、人口も我が国は敵いませんから、アセットイン侯爵が頼りですよ」


「ははは、尽力します」


 紳士の会話とはこんな当たり障りがないものが大半だ。

 これが第一王子の婚約者候補探しであれば話は別だろう。

 会話一つ神経を使い、揚げ足を取るなどという生易しいものではなく情報を奪われれば蹴落とされる。

 八割が無駄話だと感じてもどこに重要な情報が落ちているとは限らない。神経をすり減らし皆、聞き耳を立てている。

 些細な情報で出世する者もいる。

 仕入れた情報を価値有るものにするかは己次第。

 自身より爵位の高い相手の顔を立てつつ、己の存在を印象付ける。

 喩え屋敷で仕事をしている方が何倍も有意義であり心身ともに健康でいられると感じても、パーティーを欠席する選択はない。

 ドレスト伯爵という上位貴族でありながら、周囲に声を掛ける姿に感心してしまう。


「はぁぁぁぁぁああああ」


 俺はというと、社交界の雰囲気に完璧に呑まれ壁の一部と同化している。

 最近当主を引き継いだ新米がこんな壁と同化なんてあるまじき姿で前当主に目撃されたらなんといわれるかと思うと……意を決して動く。


「大丈夫か? 」


「ふぇっ」


 突然声を掛けられたのは遠くから見ていたはずのドレスト伯爵だった。

 そんな人が壁にくっついている新米の子爵にまで声を掛けるなんて信じられず、おかしな声を上げてしまった。


「緊張しているようだが? 」


「あっ、はい。子爵を引き継ぎ初めてのパーティーで……」


 こんな新米のなんの権力もない俺が、伯爵に弱音を吐くたなんて……


「私も……当主を引き継いだパーティーは……お開きになるまでの時間を拳を握って耐えていた……」


「えっ」


 伯爵にもそんな時期があったのか信じられないし、そんな大事な話を俺なんかに話してくれることに驚いた。


「数を熟せば慣れていく」


 伯爵は助言を残し去って行った。


「俺は……あなたみたいになりたい……」

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