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婚約解消はしたくない(ルースティン)

<ルースティン・フォーゲル> 


 婚約者のアイリーン・ルトマンス嬢はずっと一緒にいたいと思う女性だと婚約者と決まった日から感じていた。

 出会ったのは八歳の王家主催のお茶会。

 第三王子の婚約者と側近候補が品定めされる場だったらしいのだが、当時の僕は全く知らず普通のお茶会のように参加していた。


 昔から僕は前に出るような人間ではなく、鈍いのか疎いのか敏感な方ではない事だけは確かだった。

 自分が優秀だとは思わないし、特筆すべき事もない。

 強いていうなら平均より上というだけの伯爵令息。

 同じ伯爵家のウィリアル・ドレスト令息はとても優秀で人気もあり有名人。

 人の噂に疎い僕でもドレスト令息だけは知っていた。

 八歳で有りながら周囲への気配りから掌握する術を身に付けていたと今なら分かる。

 令息の周りには多くの人がいた。

 僕はその輪に入ることもなく、少し離れたところで誰も手を付けていないケーキを食していた。

 こんなに美味しいケーキを何故手を付けないのかの方が僕には疑問だった。

 そんな僕に一人の令嬢が声をかける。


「ケーキ美味しいですか? 」


 それがアイリーン嬢だった。


「うん、美味しいよ。これがお勧めかな」


「なら、これを頂きます」


 二人でケーキを頂く。


「……君は、彼らと話さなくていいの?」


「私は……人が多いのが苦手なんです」


 人が少なくゆっくり出来る所へ逃げてきたようだ。


「そうなんだ」


 第三王子が現れた時も多くの令嬢は王子に駆け寄り賑わっていたが、令嬢は先程と変わらず僕と会話している。

 周囲を見渡すと、多くの者達が第三王子を囲んでいた。

 ただ数名がその輪から離れている。

 周囲の喧騒に邪魔されること無く優雅に紅茶を飲む令嬢に、先程まで多くの人に囲まれていたドレスト子息。

 そしてアイリーン嬢と僕。

 見回している僕と王子の視線があった。だが一瞬の事で視線があったのも僕の勘違いだったのではと思いケーキに戻る。


「本日はお茶会に参加してくれてありがとう」


 お茶会がお開きになった時、僕はなぜかアイリーン嬢の手を取りエスコートをしていた。

 そんな事を父上から教わった事はなかったが、当然のようにアイリーン嬢を伯爵様の所まで送り届ける。


「今日はお話が出来て嬉しかったです」


「私も、楽しい時間でした」


 ルトマンス夫妻も僕の両親も僕達を見て穏やかに微笑んでいた。

 それが切っ掛けになったのか、後日アイリーン嬢との婚約が決まっていた。

 アイリーン嬢との婚約は、嫌では無かった。


「彼女と婚約ですか?」


 多分、嬉しかったんだと思う。

 アイリーン嬢の為に、いい人間になろうと今までよりも努力した。

 

「アイリーン嬢……」

 

 学園に入学し、多くの生徒が行きかう中。

 後ろ姿だけでアイリーン嬢を発見する事が出来た。

 アイリーン嬢はとても美しい女性になっていて多くの人の目を惹くように。

 隣に相応しいよう努力していたが、想像以上に彼女は美しかった。

 その頃にはアイリーン嬢は、第三王子の婚約者とも仲が良くなっていた。

 アイリーン嬢の隣は僕だけだと思っていたが少し残念に思っていた。 

 どうしたらアイリーン嬢に格好いいと思ってもらえるのかと考えたとき、自分自身がどんな人が格好いいと思うのかが解らなかった。

 

「僕が格好いいと思う人、尊敬する人、なりたい人……」


 浮かんだのは父上の下で隣国から学びに来たアンドリュー先生だった。

 アンドリュー先生は留学生として来た時に王都の中央図書館で偶然出会い勉強を見てもらったのが切っ掛けで知り合った。


「あの……また勉強を教えて頂けませんか?」


「あぁ、構わないよ」


 その後も何度か勉強を教えてもらい先生と呼ぶようになる。

 その時、僕は貴族であることを言わなかった。

 身分も解らない僕にアンドリュー先生は丁寧に教えてくれる。

 町で見かけるアンドリュー先生は誰に対しても対応を変えることは無かった。

 差別や偏見、貴族に対し特別扱いなども一切無い人。

 アンドリュー先生は常に平等で、すぐに僕の目標となった。


「アンドリュー先生を目標にしよう」


 これからはアンドリュー先生のようになろうと行動した矢先、失敗した。

 身分関係なく誠意を持って対応し人の役に立ちたいと思った。

 結果は『婚約者のいる人間が安易に女性と二人きりになるのは宜しくない』と最近貴族になったばかりの女性に諭された。


「僕としては一緒に勉強した方が効率がいいと思ったんだ。令嬢には婚約者がいるなら控えるべきだと諭されてしまった。気にし過ぎではないか? と思ったんだが、アイリーン嬢はどう思う?」


「私は……その令嬢の判断は正しいと思います」


 その事をアイリーン嬢に話すと、アイリーン嬢も女性に共感していた。


「そうか……僕は……失敗してしまったんだな」


 僕はただアイリーン嬢に頼りになる婚約者だと思ってもらい、僕が婚約者で良かったと思ってもらいたかったんだ。


「アイリーン嬢? アイリーン嬢?」


「あっ、はい。何でしょう?」


「体調でも悪いのか?」


「いえ、問題ありません」


 しばらくするとアイリーン嬢の様子が変わったように思える。

 僕がアイリーン嬢に対して過敏に反応しているだけかもしれないが、今までこんなことはなかった。

 以前なら僕の話にも耳を傾け共に悩み、寄り添ってくれていた。

 令嬢達のお茶会と僕との約束が重なったとき等は先に約束した方を優先する人だった……


「ルイスティン様、以前お約束した日なのですが延期は可能でしょうか?」


「あっあぁ、構わないよ」


「ありがとうございます」


 だが最近は何処か上の空だったり、僕より令嬢との約束を優先してみたりと僕の知っているアイリーン嬢では無くなっているように思えた。

 それらは些細なことで、ただの思い込みかも知れない。

 重く受け止めすぎだと自身に言い聞かせるも、このまま婚約が解消になったりしないだろうかと不安が過る。

 

「やっぱり、他の令嬢を誘ってしまったのが悪かったのだろうか……」

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もしかして中の人が入れ替わった? 悲しい話だ
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