長かった
相手が分からぬまま、読み進める。
手紙の主は私に初めて送るようで、突然の手紙による決まり文句から始まり季節の挨拶、そして本題へと変わるのだが……
その本題が異常に長かった。
手紙の主はトラウデン・シャガールの元婚約者。
侯爵令嬢のキャロライン・フィンメルからだと分かった。
「トラウデン・シャガール? ……あぁ」
最近は色々有りすぎてトラウデン・シャガールが誰なのか思い出すのに時間がかかってしまった。
「その婚約者が私に手紙?」
トラウデン・シャガールは、マーベルの攻略対象の一人で第二騎士団長の子息で王子の側近だった男。
その男の元婚約者からの手紙。
思い出そうにも、令嬢との記憶は一切ない。
ゲームにおいても悪役令嬢との絡みはなく、トラウデンとの婚約も解消すること無く結婚したはず。
だが令嬢の手紙によると、卒業パーティーの後トラウデンとの婚約は解消となったそうだ。
「……道ずれの犠牲者……」
記憶が戻り状況を把握した瞬間、私一人堕ちるのが嫌でヒロインの所業を暴露したのだが……
「令嬢の婚約解消は、その余波よね」
令嬢からの手紙の内容は……
「私達は政略的な婚約であった為、卒業パーティーでカストレータ令嬢が公表した内容が事実であるかを調査しました。その後、本人からの証言もあり家同士で話し合った結果、速やかに婚約解消という選択になりました」
婚約解消になってしまった恨みつらみの手紙なのかもしれない。
「その後トラウデン様は廃嫡となり屋敷を追い出されたそうで、私としても静かに過ごしておりました」
廃嫡?
ヒロインの騎士として幸せなラストだったトラウデン。
それが、廃嫡……
令嬢からの手紙を食い入るように読み進める。
「ですが間もなくして、トラウデン様自ら私に謝罪したいと屋敷に一人現れました。今まで裏切り続け、卒業パーティーで恥をかかされましたので何を考えていたのか本人の口から聞くことにいたしました。今回を逃したら二度とお会いするとはないと判断し、これが最後なんだと思い会いたくありませんでしたが会うことにしました」
悲しみより怒り。
裏切られたという思いが強いよう。
「応接室に案内し二人きりにならないよう執事や使用人、護衛の騎士を待機させた状況を作りました。大抵そこまで人数を集めれば動揺すると考えたのですが、トラウデン様は卒業パーティーの時と変わらない様子で流石は騎士と言うべきか、どんな時でも動じない姿がとても複雑でした。カストレータ令嬢に詰め寄られた時は魔物にでも出会ったような顔で、今思い返すと笑えますのに」
私は魔物か?
「そしてまず彼からは婚約解消になった事への謝罪がありました。ただし謝罪の内容がとても私には理解し難く……トラウデン様は婚約解消については謝罪したのですが、本人の行動については非はないと断言しているような言い分でした。ここからは、彼の言葉をそのまま記します」
『父が勝手に婚約解消を持ち出し、私キャロラインを一方的に傷つけてしまった。令嬢のためにも、もう一度婚約を結び直そうと思う。今度は父にも邪魔をさせない』
おかしな発言から始まり、その後も
『安心してくれ、フィンメル侯爵には私から話そう。再び婚約の許可が下りるまで諦めるつもりはない。俺を信じてくれて構わない』
発言した事を実行するよう本当に居座わり、私の父に『婚約を結ぶ事は令嬢の為なんだ』と力説されました。
『令嬢から何を言われても仕方がない。今までのように俺を慕って欲しいとは言わない、ただ令嬢の立場を護りたいんだ』
訳の分からぬことを延々と語られました。
何故ご自分が慕われていると思っているのか理解できませんでした。
この男から私の誕生日に一度として贈り物を頂いた事はなく、お会いしても『おめでとう』の一言もなかったのですよ。
学園での三年間で、私はこの男の婚約者であることを忘れていました。
実際に忘れたことはありませんが。
この男はそれでも自分は慕われていると思っているのが不思議でなりません。
どんな勘違いをしたらそうなるのか聞きたいくらいでしたが、会話が長引くのが嫌で聞くのを断念しました。
それでも、あの男は……
『令嬢が婚約解消することの重大さを父は分かっていない。社交界で傷物と呼ばれることは何よりも屈辱的であり、一生残る傷となってしまう。父は婚約解消した令嬢が今後婚約出来る可能性も低くなると言うことを理解していないんだ。あんな簡単に婚約解消を選び、令嬢を傷つけている事に躊躇いがないなんて……父は女性の気持ちを全く分かろうとしていない。父が勝手に婚約解消してしまったことは俺が謝罪する。本当に申し訳なかった』
熱く語り頭を下げるも、私も使用人も護衛騎士も彼の後頭部無言で見つめていました。
『傷付けたのは我が家だから、俺が婿になっても構わない。フィンメル家の家門は俺が護り抜く』
あんな恥を晒した男に家門を護ってもらおうとは思いません。
この男とは会話が出来ないと判断し、シャガール家に使いをやり『おかしな男を引き取ってほしい』と知らせを出しました。
暫くしてシャガール家、当主第二騎士団長が慌てた様子で現れ、引きずるようにトラウデンを連れて行きました。
あの男は我が家から立ち去るその瞬間まで訳の分からぬことを叫んでおりました。
この後すぐに、トラウデンの廃嫡は取り消されました。
「廃嫡取り消し?」
決定が覆されることに私は疑問を呟く。
シャガール侯爵から直接『あれを野放しにするのは危険と判断し、檻に居れることにしました』と報告を受けました。
「実際の檻ではなく、極寒という檻です。トラウデンは騎士に戻りシュタイン国の最も北に位置する極寒の大地の任務に着くことになりました。そこは一年中薄暗く、年の三分二が吹雪いている就くな環境です」
『そんな場所に送ればこれ以上フィンメル家に迷惑をかけることはないと思います。重ね重ね息子が大変申し訳ありませんでした』
団長が深々と頭を下げに来ました。
私は今回の事で、あの男の事を全く理解していなかったのを知りました。
出会った頃から寡黙な男と思い込んでいましたが、実際はまともな会話も出来ないろくでなし。
ここまでおかしな人間だと知っていたら、我が家は婚約を結んでおりませんでした。
結婚する前にあの男の本性を知ることが出来た事、更には婚約解消がすんなり出来た事に令嬢には感謝しております。
もしよろしければ、令嬢のご都合がよろしい日に一度お会いしたいです。
キャロライン・フィンメル」
という内容の手紙がとても丁寧に回りくどく書かれていた。
途中感情が昂ったのだろう、美しい文字だったのが震えだしていた。
トラウデンについても、初めは敬意が見えたが次第に敬称がなくなり仕舞には『あの男』と令嬢にあるまじき言い方もあった。
それ程耐えかねていたのだろう。
「それにしても凄い内容」
手紙で読んだだけでもだいぶ疲れた。
これを実際経験したとなると令嬢の苦労が伝わる。
「そりゃ文字も乱れるわ……お会いしたい……か……」
転生して同年代の女の子との交流が無かったから素直に嬉しい。
だけど今の私は、隣国に来ている。
それにシュタイン国に戻ったところで王都追放となった私は領地から出られない。
「領地に来て貰うしかないんだけど……わざわざ来てくれるかな? 」
私の『王都追放』は社交界で知れ渡っていることだと思う。
そのことを事前に確認するのは問題ないが私は知っている。
王都からカストレータ家の領地がとてもとても遠いことを……
こんな分厚い手紙を貰って返事を書かないわけにはいかず、予定を聞いているのだから相手はきっと返事を待っているだろう。
実際に会うかどうかは、その後の手紙次第。
「……それにしても、なんて書こう……」
このような長文……ご丁寧な文章を頂いた返事が数行だと失礼よね。
「書くことが全く思い浮かばない……どうしたもんか……あっ、そうだ。留学生の事も聞いてみよう。ナイス伯爵、ネタをありがとう」
私は伯爵に感謝しつつ、手紙一枚は文章で埋めようと必死に向き合っていた。




