心配し過ぎだったかも
サーチベール国に入り数日。
アンドリューがお世話になっている領地へは明るい時間に到着した。
馬車の乗り心地なんて何度も書かなくとも最悪は変わらない。
気分が悪いのもシュタイン国出発時に比べれば大分まし。
到着が予定より遅れてもこまめにアンドリューが休憩時間を取ってくれたおかげだ。
「到着したよ」
「ここが……」
これから宿泊するのはアンドリューが貧困層改革でお世話になっている領地。
長期で学ぶためにアンドリューが個人的に屋敷を購入していた。
滞在中は、私もアンドリューの屋敷にお世話になることにになった。
宿暮らしも今回の旅で慣れたとはいえ休まる気がしないでいた。
「こぢんまりとした屋敷なので手狭かもしれないが、空き部屋もある。警備の面も考え私の屋敷に泊まると良い
「お兄様の屋敷にお世話になります」
との会話をして、サーチベール国のアンドリュー個人の屋敷へ訪れた。
「こぢんまり……ね……」
貴族の価値観は未だに分からない。
アンドリューの言葉は謙遜なのか、本気でそう感じているのか……
私からしたら、アンドリューが一時的に滞在する為に購入したという屋敷はとても大きな一軒家。
移動する時は地図が必要と感じる程の大きさの屋敷に笑ってしまう。
「アンジェリーナ、挨拶に向かおうと思うが準備はできているか?」
使用人が慌ただしく荷物の整理をしているのを眺め、僅かな時間ゆっくりしたかと思えば領主に挨拶しなければならない時間となっていた。
「……はい」
私は何をしにここまで来たのか忘れていた。
こんな大変な思いをするとは思っていなかったから……
今回私が隣国まで長旅してまで訪れた目的は『あの女』かどうか確かめるという重大任務を任されているからだ。
帰る時も、またあの日数を掛けて帰るのかと思うと憂鬱でしかない。
シュタイン国で王都追放なのだから、サーチベール国でいくら滞在しても問題ないだろう。
もう、馬車の長期間移動は今回でうんざりしている。
「あの女のせいで……」
こっちだって罰を受けた身。
静かに暮らしたいと考えているのに、まさかアンドリューと親しくなっているなんて考えてもいなかった。
サーチベール国で幸せに暮らしているというなら、それをわざわざ確認し更には邪魔しに来ようとはしない。
いくら悪役令嬢でも、国外追放となったヒロインを追いかけて過去の醜態を晒してやろうなんて面倒なことは考えてはいない。
そんな体力、私にはない。
追放されたのなら、極力関わり合いたいとは思わない。
「はぁ……卒業パーティー以降ヒロイン達とは二度と会うことはないと思っていたのに、こんなにも早く平穏が脅かされるとは……」
学園だけでなく、居なくなっても迷惑かけるってどんだけ迷惑な話よ。
「まさか、この国でも貴族巻き込んだ問題起こそうなんて考えてないよね? 」
シュタイン国で王子巻き込んで追放された事は隣国にはまだ知れ渡っていないが、万が一過去を知る者が現れ暴露されたらどうするつもりなのだろうか?
私はするつもりはないが、相手が王族や高位貴族であれば相手の素性を調査されるもの。
調査され真実が明るみになった時、小説やゲームでよくある『真実の愛』と宣言するつもりなのか?
彼女は多分、私と同じ転生者だと思う。
物語上『真実の愛』で周囲の人間は納得するのだろうが、現実でもうまくいくとは思えない。
彼女がどんな性格かは、あの日だけでは判断できないがこの世界を完全にゲームと思っているようでは大人とは思えない行動。
記憶が蘇って一年も経っていない私がいう事ではないが、ゲームの世界とはいえ私達はこの世界で生きている。
何をやっても許されるヒロインなんていない。
いずれ自分に返ってくる。
ゲームで答えを知っているから、人に取り入る事に躊躇いとかないのだろう。
前回のこともあり反省して真人間になってくれていれば良いが、前回を踏まえより巧妙になっていたら面倒でしかない。
「それに一番の問題は、今がゲームの続編だったとして私はこのゲームを一切知らないのよね……どんなイベントがあるのか分からない分、不利よね……」
既に領主が取り込まれていない事を願うしかない。
アンドリューがお世話になっているこの領地は、先程の町とは違いカストレータ家の領地に近い雰囲気。
通りを歩く領民達は貴族に対して恐怖は無くとも警戒心は見せている。
「これが普通の反応よね」
アンドリューがお世話になっている領主に挨拶に行く途中、私達が乗車する見慣れない馬車に人々は視線を向けている。
伯爵の屋敷まで歩いて通える距離なのだが、今日は私が長旅で疲れているという判断で馬車で向かっている。
歩く人々を観察していると、やはりこちらの世界の人は全体的に大きい。
見上げるような逞しい体格。
「アンジェリーナ、到着した」
「はい」
馬車が到着し扉が開けば、当然のようにアンドリューがエスコートしてくれる。
私も今回の旅で彼の手を取ることに慣れてしまった。
アンドリューは高身長で細身に見えるが逞しい体をしている。
そして手は繊細で美しい。
一度馬車の揺れに酔い足元がおぼつかず、馬車から降りる際に段を踏み外してしまった。
その際、彼の胸に突撃してしまった事がある。
不意に彼の逞しさを知り、ときめいてしまう。
私達の関係は血の繋がった兄妹。
常識的に感情に制御するも、理性より本能の方が先に反応してしまう。
これでは本物のアンジェリーナに申し訳ない。
「お待ちしておりました」
アンドリューがお世話になっているという伯爵は笑顔が似合うおじさん。
人の良さそうな感じが伝わる。
「初めまして、私が領主のフォーゲルと申します」
「始めまして。アンドリューの妹、アンジェリーナ・カストレータと申します。今回は私まで伯爵の領地の見学を許可していただき感謝しております」
「いえ。アンドリュー様の助言を頂き、我が領地は劇的に変化し領主としてとても感謝しております」
挨拶を交わせば、伯爵の屋敷へと案内される。
お話好きなのか伯爵の言葉は止まらない。
そこで知ったのだが、フォーゲル伯爵はサーチベール国で貧困改革に力をいれている数少ない貴族らしい。
アンドリューが留学を延長したのは伯爵の考えに賛同した事と伯爵自身の人柄からだろう。
伯爵は確固たる理想があり、そこに突き進む為の努力が出来る人。
その理想が貴族では珍しく貧困層の改革だ。
「人は宝ですからね」
恥ずかしげもなく語る姿は、少し恰好良い。
そんな発言をしてしまう伯爵は中立派とは聞いたが、多分孤立派だと思う。
フォーゲル伯爵はサーチベール国内で歴史的に言えば長い貴族。
だからこそ領民の大切を知っていて常に領民の事を考えているが、そんな貴族はなかなかいない。
そんな領主が治める領地。
「領民達は裕福ではありませんが、気持ちのいい人ばかりです」
誇らしげに語るフォーゲル伯爵。
苦しさを感じても不満はないのだろう。
働くことに生き甲斐を感じ、それ相応の対価を貰う。
人として当然の権利が保証されている領地。
この領地はとても健全といえる。
それに伯爵が嬉しそうに領民の事を話すので、聞き入ってしまう。
そしていつの間にか伯爵の家族の話に。
「私には妻と二人の子が居ましてね。今は三人とも王都の屋敷にいます。息子は十八歳で最終学年でして、なかなか領地にはこれず。妻は最近娘を出産しましたので長距離移動は控えているので、ここには私一人です」
子供は十七歳差の兄妹ではあるが、二人とも夫人の子供だ。
夫人が女の子を出産した日は皮肉なことに、私が卒業パーティーで断罪された日だった。
領地も領主もご家族も恵まれている。
彼らの幸せを一人の人間に壊されてほしくない。
それとなく伯爵に本来の目的であるマーベルについて尋ねる。
「最近領地で変わったことはないですか? 」
「変わった事……ですか? 際立った変化はないですね」
もう少しハッキリと聞くべきなのか悩む。
注目されていないと言うことはきっとマーベルは静かに暮らしているのだろうか?
ここで話す事で注目されるのなら、黙っていた方がいいのかもしれない。
目立たず生活している人の人生を無理に壊す必要はないのでは?
それ以上マーベルについて聞くことはしなかった。
「アンジェリーナ嬢は今年学園を卒業されたのですよね。下級生とは関わりが有りましたか? 」
「いいえ。学年が別ですとあまり関わりがなく、親しい方は居りませんでした」
「そうですか」
「何かあったのですか? 」
「いえね、私の友人のご息女がシュタイン国に留学しておりまして、お話が聞けたらと思いましてね」
「あら、そうでしたのね」
「令嬢はアンジェリーナ嬢の一つ下と聞いておりますから……そうだ次の週末、息子が領地に来るので会ってやってください」
「まぁご子息が、楽しみです」
「アンドリュー様とは何度も会い、勉強等も教えて頂いて感謝してもしきれないくらいです」
「そうなんですね」
様々な思いから、身構えていた伯爵との時間は何事をもなく穏やかに過ぎていく。
思っていた程深刻な状況ではなく、マーベルとアンドリューの関係は様子見に。
「私としては、はっきりと知ることなくうやむやで終わってほしいな……」
つい本音が漏れる。




