報告 (マデリーン)
サロンを後にして、馬車に乗り急いで伯爵の待つ屋敷へ帰る。
私がどうにかしても馬車が早くなることは無いのだが、あまりの状況の展開に落ち着かない。
「何から話せばいいの? 接触に成功しただけでいいの?」
馬車の扉を御者を待たずに自ら開け、屋敷に走る。
「伯爵様は?」
「旦那様は、まだ屋敷にお戻りになっておりません」
執事から報告を受ける。
直ぐにでも伯爵に報告しなければならないと気持ちばかりが焦る。
「旦那様が戻り次第お伝えします。お嬢様はお部屋でお待ちください」
私が玄関ホールでウロウロしていたのを見かねた執事にと促される。
「……お願いします」
自身の部屋で待つことにした。
「まだかな……」
「お嬢様」
「はい」
「旦那様がお戻りになりました」
一時間もしないうちに伯爵は帰宅。
「今行きます」
「旦那様より、報告は夕食の席で聞くとのころです」
私としてはすぐにでも報告したい新展開なのに焦らされる。
夕食時。
「報告があるようだな?」
「はい。本日、エメライン様主催のサロン呼ばれました」
「どんな会話をした?」
「はい。エメライン様のご友人の……方の婚約者との会話を確認されました。その後、次回もサロンに招待するという言葉を頂きました」
「そうか……その調子で。報告期待している」
「はい」
この場には夫人と次男のテネイサムもいたのだが、彼らが会話に参加することはない。
私達の会話を黙って聞いている。
この家に来てからずっとそんな感じ。
不気味に感じていたが、慣れていくもの。
今は、何とも思わない。
「マデリーン。ついてきなさい」
「はい」
食事を終えると伯爵に連れられ食糧倉庫へ向かう。
こんなところになんのようだろうか?
「今度サロンへ伺う時は、手土産としてこの棚の茶葉を持っていきなさい」
「茶葉……ですか?」
お茶会に茶葉を持参することに、伯爵が本気でブルグリア令嬢と親しくなること望んでいるのが伝わる。
「この茶葉は隣国のエーバンキール産のもの。今年の出来は良く令嬢達にも気に入ってくれるだろう」
伯爵は長男の様子をみるのと隣国の情報を得る為に毎月一度はエーバンキールに行く。
その際に、紅茶も手に入れていた。
エーバンキール国はサーチベール国より南にあり茶葉を育てる環境に優れている。
とは思っても、茶葉を送って令嬢達と親密になれるのだろうか?
「貴族への贈り物に適したモノといえる。親密になりたいからとあからさまな宝石等を渡せば下心から相手に警戒される。茶葉等を贈る方のは下品には当たらず相手にも警戒心を持たれることなく受け取ってもらえるだろう」
確かに高価な宝石を贈られてしまえば、相手の真意を探ろうと身構える。
伯爵の言葉に納得し茶葉を受け取る。
「気に入られたら、自由にここから持っていっていい」
「はい」
「使用人に紅茶の淹れ方を教わり、令嬢達に直接振る舞いなさい」
「はい」
部屋に戻り、伯爵の指示通り使用人相手に何度も紅茶を淹れる練習をする。
「人って変われば変わるのね」
紅茶を淹れるのは使用人の役目だと思っていた。
男爵令嬢であった頃でさえ紅茶なんて淹れたこと無かったのに、伯爵令嬢になったら使用人に紅茶の淹れ方をならうなんて思ってもいなかった。
だが、伯爵の言葉には説得力があり受け入れてしまう。
努力するのも悪くないと最近は思う。
「渋いですね、もう一度です」
「はい」
使用人に何度も繰り返し丁寧に教えてもらい、令嬢達に紅茶を淹れても問題ないと許可が出るまで繰り返し練習。
「これなら……」
「問題ありませんか?」
「はい」
「やったぁ」
これだけ練習をすると、令嬢達にも早く飲んで貰いたいという思いが生れる。
私は子供のように習得したことを皆に見てもらいたくて落ち着きが無くなっていた。
「私……こんな人間じゃなかったのに」
そんな風に呟きながら、今の貴族令嬢の生活を楽しむようになっていた。
それから私は学園で、冷静を保ちながらメアリーからのお茶の誘いを今か今かと待っている。
令嬢達は毎日のようにサロンに居るものだと思っていたが、そうでも無いみたい。
その間、試験の結果が伝えられる。
サーチベール国では、上位三十名が掲示板に張り出される。
緊張しながら掲示板に向かい結果を確認。
「マデリーン・ドレスト……二十……八位」
シュタイン国で試験前イベントでの勉強は好感度を上げるのに必須なので、真面目に勉強して好成績を残していた。
そんな私が真剣に勉強し、国は違えど二度目の学園試験は有利なはずなのに結果は二十八位。
「ヒロイン補正は? 」
ヒロインがあんな真剣に勉強したのだからトップ争いをしてもいいはず。
三十位まで張り出されるので、二十八位はギリギリ名前が載った印象。
サーチベール国はシュタイン国より学力が高いのかもしれない。
試験結果をもう一度確認する。
一位はエメライン・ブルグリア
二位はアビゲイル・サーチベール
一位に堂々とエメラインの名前が記されている。
これだけではないだろうが、王族に気に入られる訳を一つ知った。
優秀であり、気品もあり、令嬢達をまとめあげる統率力もある。
伯爵からも
『決してエメラインを敵にするな』
くぎを刺されていたのを思い出す。
二位にアビゲイル・サーチベール。
「サーチベール……第三王子? 」
忖度する必要はないのだが、暗黙の了解で王族に位置を譲りがちになってしまう。
『婚約者に負けた』という劣等感から、爵位の低い令嬢に逃げる王子の話は良くある。
お茶会であったエメラインはそいう小細工はしないよう。
「可愛げのない女は、虎視眈々と王子との婚約を狙う女性に足元を掬われてしまうのではないか? 」
過去の私はそういう感情を利用した。
「そんな事、いいか。それより王子の名前……アビゲイルというのね」
思い出しても碌な事がないので、振り返るのをやめた。
伯爵から第三王子の婚約者についての話は聞かされていたが、第三王子について何も聞いておらず名前も知らなかったのに気が付く。
「アビゲイルってどんな人なのかしら? 」
名前は今知ったのだが、顔さえ知らない。
伯爵からの指示は、二人には接近するも二人の仲は割いてはいけない。
私が狙うは第四王子。
エメラインとの仲を深め令嬢から婚約者について話を聞くのがいいのかもしれない。
周囲から王子について聞いたとなれば密かに探っていると疑われてしまう。
全てにおいて注意をしておいていいのかもしれない。
試験結果の発表後、アイリーンからサロンへ二度目の誘いが訪れた。
「やった」
いつお茶会に呼ばれてもいいように茶葉の準備はしてある。
サロンに到着すると前回と同じメンバーの姿。
私は伯爵の言いつけ通り、全員に紅茶を勧める。
貴族令嬢達が私の作法を凝視する中、緊張しつつ震えないよう紅茶を振る舞う。
「美味しいですね」
「初めての茶葉ですわ」
エーバンキール産の茶葉は伯爵の言葉通り評判が良い。
練習の時は良い茶葉ではあったが、普段伯爵家で飲むものを使用していたので令嬢達が口にした後私も口にするとまず甘い香りに包まれる。
令嬢達の前で淹れる紅茶はとても緊張したが上出来と言えた。
私自ら紅茶を振る舞うことで、前回よりも令嬢達に受け入れられたように感じられる。
もっともっと、距離を縮めなければ。
伯爵にもサロンで招待された令嬢全員に紅茶を振る舞った事を報告。
令嬢達皆もエーバンキール産の茶を気に入ってくれた事を話すと、伯爵も満足した表情。
私が令嬢達に受け入れられると、伯爵からの私への評価も上がり私の立場も揺るぎ無いものになる。
シュタイン国では味わえなかった貴族令嬢として評価。
ゲームで攻略対象の好感度を上げている時のようで楽しい。
シュタイン国で手に入れられなかったものを、今回は手にすることができるのかもしれない。
「今度は、人間関係も切り捨てたりしない」
シュタイン国は乙女ゲームに拘りすぎて攻略対象と悪役令嬢、それに悪役令嬢の肩を持つ人間しか覚えていない。
あの頃は他の令嬢から冷たい視線を浴びる度、対象者が私を守ってくれる優越感に浸り喜んでいた。
私が学園での立場が悪くなればなるほど攻略対象者達が優しくしてくれ、解りやすくアンジェリーナを責め立てる姿が面白く挑発していた。
私はか弱く見えるようにアンジェリーナに怯えつつも攻略対象が暴走しないように『私は大丈夫だから』と演技をする。
周囲は私を『健気』で『誰にでも優しい令嬢』とゲーム通り認識。
あの頃の私を私が見ると、『嫌な女』だ。
「いや、いやな女ってより愚かな女って方が正しいかも……次は……絶対に失敗しない」
私は過去の愚かな自分を認め、前に進む。




