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リアル乙女ゲーム (マデリーン)

「期待している」


 今日から私は約一カ月遅れで、サーチベール国の学園に通う。


「はい……行ってまいります」


 学園に向かう私に伯爵はプレッシャーをかける。

 私達は家族になったのではない、利害が一致したパートナー。

 親しい言葉などはない。


「私は、大丈夫……私は、大丈夫……私は、大丈夫」


 馬車の中で、自分に暗示をかける。

 学園までは伯爵が準備した馬車で通学。

 私が馬車から降車しても誰も気にすることはない。

 サーチベール国の王都にある学園は、貴族は当然だが裕福な平民・将来性を見込まれ学費免除で通う生徒も存在する。

 そんな学園では、学年の途中での編入は大変珍しい。

 今は私に注目する者はさほどいないが、アセットイン侯爵のパーティーに参加していた貴族は私が既に平民から貴族になったということでかなり強く記憶された。

 そしてパーティーに参加していなかった貴族や平民は何も知らないが、今日を過ぎれば噂が広まり私の存在は一気に知れ渡るに違いない。

 目立とうとしなくても目立ってしまうだろうから、これ以上の悪目立ちは避けたい。


「初日が大事……今の私は、マデリーン・ドレスト。伯爵令嬢……確りするのよ」


 気合を入れて歩く。

 現状、貴族令嬢は私が第三・第四王子と密接な関係を得るために伯爵が送り込んだと考えているに違いない。

 今の私は警戒されていると理解しているので、今回は私から貴族に接触するつもりはない。

 それでも大抵のゲームではヒロインが真面目で優秀だと分かれば自然と相手の方から寄ってくる。

 私はその時を狙うつもり。

 皆の警戒心が解かれた時に動く。

 時間は無いかもしれないが、私にはこの顔と数多のゲーム知識がある。


「私なら出来る」


 不安を振り払うように自身に言い聞かせる。

 今の私は伯爵家で正式な礼儀作法を学び淑女として及第点を頂いた。

 今回は前回の時のように『天真爛漫』を演じるつもりはない。

 伯爵令嬢として恥ずかしくない振る舞いをする。

 そしてゲームではかなりの確率でヒロインと対立する、悪役側の第三王子の婚約者の信頼を得なければならない。


「令息に気に入られるより、まずは令嬢に気に入られろ」


 伯爵の言葉。

 前回私が王子攻略を失敗したのは『令嬢達との繋がりが希薄だったからだ』と指摘された。

 王子攻略の為の反省会をした時の会話。


「令嬢達に気に入られるよりも、婚約者の信頼を強固に得ればよろしいのではありませんか? 」


 これは反論ではなく、疑問を口にした。


「その考えで結果はどうだった? 」


「それは……」


「令嬢達の情報網を甘く見るな」


 伯爵の指摘に反論できなかった。

 私が卒業パーティーで失敗したのは、謎の人物が悪役令嬢に情報を与えていたから。

 もし私にも令嬢達の友人が居たら何かしら教えてくれたかもしれないし、謎の人物は私についたかもしれない。


「情報網……」


 女は噂好きと揶揄されるがそれをどう利用するか、なのかもしれない。

 伯爵の言葉を受け入れ今回の私は、まず女性の味方を作る。

 そして第三王子とその婚約者から信頼を得て、最終的には第四王子とは親密に。

 それが私の任務であり、貴族でいるための希望。


「大丈夫、大丈夫、大丈夫……私は大丈夫」


 今から始まる本格的な乙女ゲームに緊張しながら教室を目指す。

 良くある乙女ゲームなら、登校初日に迷子になったり転びそうになったヒロインを助ける王子様が登場する。

 前回は王子ルートを進めるべくシナリオ通り動いたが、今回の私はそんなことをするつもりはない。

 

「初日は大人しく……」


 呟きながらも、曲がり角には気を付けた。

 騎士のトラウデンとの出会いが先生に頼まれた仕事を手伝っている時に廊下で出合い頭にぶつかってしまうのが切っ掛けだったのだ。

 その後、私が先生の仕事は当然だが貴族にも様々な事を押し付けられる姿を目撃し親密になる。

 なので、考えられる王道は避けなければならない。


「落ち着いて行動すれば、事故は起きないはず」


 まずは第三王子の婚約者であるエメライン・ブルグリアに接近し、親密になる。

 ここに重要なのが、私からではなく令嬢からのアクションを待つ予定。

 一週間から二週間は私がどういう人物で何を企んでいるのか、多くの生徒が観察していると思うので地味に真面目に、気を付けながら過ごさなければならない。

 私自身がどういう人間か大方判断できた時、令嬢達から何らかの接触があるはず。

 私の生い立ちなどは正確ではなくとも噂が広まれば知れ渡ってしまう。

 今の私の立場は伯爵令嬢。

 前回の私は気にしたことは無かったが、どんな生い立ちであろうと爵位が優先される。


 伯爵による事前情報では、学園の令嬢に公爵令嬢はいない。

 侯爵令嬢はエメライン・ブルグリアのみ。

 伯爵令嬢は私以外に十人前後。

 子爵令嬢は七人前後。

 男爵令嬢は三十人前後だと言う。

 断定出来ないのは病気で療養中だったり怪我を負い休学中、勉学の為隣国へ留学中と、現在学園に居ない令嬢が数名居るためだ。

 隣国に留学と聞いたが、シュタイン国に留学生がいたのかゲームに説明なかった事なので私には分からないが一抹の不安を覚えた。

 サーチベール国で王子を狙っている人間が、シュタイン国での私の失態を耳にすれば簡単に蹴落とされ計画は水の泡になるだろう。

 追放された事だけでなく、その理由が知られてしまえば王子・高位貴族だけでなく誰もが私を警戒し距離を取る。

 もし、私に利用価値がないと判断されてしまえばドレスト伯爵家からも追放されてしまうかもしれない。

 そうなれば、本当に貴族でいられなくなってしまう。


「シュタイン国と繋がりのある者がいませんように……」


 今の私には祈るしか出来ない。

 追い詰められている立場を理解しているので、行動にも慎重になる。

 爵位だけを見れば伯爵令嬢の私を侯爵令嬢は無視できないだろうが、ドレスト伯爵は貴族派らしく王族派貴族とは溝があるようだ。

 第三王子の婚約者のブルグリア侯爵令嬢はもちろん王族派であり、対立関係ではないが互いに様子を見ている。

 そんな関係なので伯爵も私が簡単に第四王子の婚約者になれるとは考えていない。

 予想だが、私が本当に第四王子の婚約者になれるとは思っていないだろう。

 ただ、貴族派という立ち位置のせいで王族から牽制されているのが気に入らないようだ。

 権力に興味なさそうに見えて、伯爵は意外にも野心の塊なのかもしれない。

 なので、過去の私の所業を知っても養女に迎えたと考えられる。

 寧ろ、最後手を抜かなければ私は三人を籠絡出来ていたその手腕を買われている可能性もある。

 貴族派で王族に警戒されていると知りながら、第四王子の婚約者候補に名乗りを挙げるなんて……

 伯爵は今の自身の立ち位置に満足していないのだろう。

 どんな手を使ってでも王族との繋がりを持ちたいと考え私を養女にした。


「そんな状況から王子に取り入るには、時間が足りなさすぎる……」


 弱音を吐くつもりはないが、かなり難易度が高い。

 いくら、乙女ゲームを沢山してきたとはいえ選択肢を間違えたら下がった好感度を上げるには時間も情報も足りていない。

 そうならない為にも、ここは慎重に進めなければならない。

 慎重にだが、時間ない。

 もし何週間経っても令嬢達からの反応がない時は、無理矢理にでも私から近づかなければならない。

 静かに状況を待ちつつ、私から不自然なく侯爵令嬢に近づく方法も考えなければならない。


「焦るな、大丈夫。一ヶ月は様子を見よう」


 その為には、二週間後の試験で良い成績を残す。

 それが第一関門。

 いくらシュタイン国の知識や家庭教師で学んでいても、サーチベール国の試験に弱い可能性もある。

 教師によって問題の出し方も違う。

 情報もなく学園の授業にも出遅れているのを取り戻すには教師に直接聞くのが効率がいい。

 恋愛乙女ゲームのように、


『ここ、わかんない……教えて頂けますか?』


 上目遣いで攻略対象や令息に聞いてしまえば誤解を生む。

 令息と言わず、平民の男性に聞いた場合でも元平民上がりで男漁りの為に入学したと噂されるだろう。

 質問した相手が貴族令嬢の場合、万が一貴族派だったら余計に立場が悪くなり侯爵令嬢に近づく事が困難になる。今の私に誰が貴族派・王族派か判断つかない。


 悩んだ結果、男性女性共に距離を置くのが最善策であり、試験の事は教師に聞くのが一番。今私が優先すべき事は、変な噂を立てられずに試験を乗り切ること。

 その為には質問は全て教師に聞き、残りの時間は図書室で勉強だ。


「先生、ここを教えて頂けないでしょうか?」


 私が安心して職員室に通い人目を気にせず教師に質問が出来るのは、教師が攻略対象にならないであろう年配の紳士だということ。

 だが、何日か図書室に通うと急に現れた伯爵令嬢に興味を持った令息に声をかけられた。


「いつも一人で図書室にいるよね? 一緒に勉強しないか? 」


 今日も図書室に向かう為廊下を歩いていると、私が通るのを待っていた男がいた。

 立ち姿や雰囲気的に貴族だろうと推測する。

 まさか声をかけられるとは思わず、素通りしてしまいそうだった。


「あっと……」


 試験を乗り切ることに夢中になり過ぎて、突然の誘いに困ってしまった。

 シュタイン国では毎日のように男性に声を掛けられ、あしらうのも慣れていたし攻略対象の三人がそれとなく私を連れ去ってくれた。

 なので、彼をどうかわしていいのかわからない。

 目の前の男性は令嬢に人気な容姿をしている。

 そんな男性と二人でヒロインが図書室で勉強会なんてフラグでしかない。

 今までは私を警戒し、誰にも声をかけられなかったので少々油断していた。

 しかも放課後とは言え、ここは人通りのある廊下。

 今この状況を、誰が見ているか分からない。

 貴族令嬢として、正しい対応をしなければならない。

 

 優先順位を思い出せ。


 今の私は令息と仲を深める時ではない。

 私の今の目標は噂になるような事なく、大人しく試験を乗り越えること……


「……申し訳有りませんが、お断りさせていただきます」


「えっ、どうして? 」


 令息は断られるとは思っていなかったのだろう、驚いた表情を見せる。

 良かったことは、私が断ったことを令息が不快に思っていない事。

 貴族特有の高慢さが無く、元平民の私を見下しているような態度でもない。

 純粋そうな令息に見える。

 

「私はあなたの事を存じておりません」


「あっ、自己紹介ね。俺の……」


「そうではありません。貴方に婚約者がいた時、私と一緒にいるのを目撃し誤解なさるかもしれません。

 私は顔も見たこともない令嬢を傷つけたくはありません。それに、伯爵からも『誤解を受けるようなことはしてはならない』と教わっております。令息の言葉はとても嬉しかったのですが、私は伯爵を裏切るようなことはしたくはありません。申し訳ありません、それでは失礼します」


 貴族の言葉遮るのは無作法。

 令息を拒絶した事も加えて頭を下げ、逃げるように図書室へ向かった。

 令息がどの爵位の人間か分からないが、『伯爵』や私の置かれている立場を出せば引き下がってくれるのではと考え発言した。

 令息がこれ以上追いかけてこないでと願う。

 振り向くことなく図書室に入り、少し離れた位置で扉を確認していた。


「……はぁぁぁぁぁぁ」


 令息が現れることがないと確信し、ため息を吐いた。

 安堵し、勉強の為に教科書を開いたが集中出来ない。

 先ほどの私の対応は正しかったのだろうか。


「……分からない」


 周囲から見れば些細な事かもしれないが、私はたった一つの行動でさえ正しいと判断出来ずにいる。

 そんな日常を令嬢達は過ごしていると思うと、私はシュタイン国でなんて事をしてしまったんだと振り返ってしまう。

 あの時はゲームをしている感覚で、貴族として私に正しい助言する令嬢を『悪』と決めつけ被害者を装って令嬢達を攻略対象達に断罪させた。

 ゲームが元なので、私は自分が悪いと思った事は無い。

 この国で令嬢を続けていると、過去の自分の罪を目の当たりにする。

 今までその事に一切気が付かず、反省すらしていなかった。

 貴族令嬢になると決めた私は、過去に数えきれないほど犯した自身の罪に向き合わなければならなくなるだろう。

 シュタイン国に戻り、罪のない令嬢を追い詰めた私は直接謝罪したいと思うも叶わないこと。

 令嬢としての自覚が芽生えれば芽生える程、己の過去の罪を突きつけられる。


 令嬢達だけでなく私のせいで人生を狂わされた人達に『心を入れ替えた』と謝罪すれば少しはこの感情から解放されるのだろうが、それは私が過去から目を背けたいだけ。

 貴族として生きると決めた私が向き合わなければならないこと。

 私にとって『罰』のように感じるが、これは罰なんかではない。

 この世界は『ゲーム』なんだと深く考えず、周囲を巻き込んで堕ちていった私の人生を振り返っているに過ぎない。

 私の反省は、ただの逃避と自己満足だ。

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