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幸運なのね (マーベル)

<マーベル・マヤウェ>


 私にとって、二度目の学園ということも有り緊張などはしていない。

 少し気を付ければいいだけ。

 前と同じ轍は踏まない。

 

「今回は、婚約者のいる高位貴族には手を出さない」


 養女にしてくれた伯爵からも『第三王子を誘惑したりするなよ』と釘を刺された。

 代わりではないが『今年入学した第四王子は婚約者が居ないから、そちらを狙え』と了承を得た。


「私の望みは、権力のある良い男との結婚。前世と違って爵位がすべての世界なんだもの、貴族以外なんて考えられない」


 私を養女にと受け入れてくれた伯爵は王族と繋がりを持ちたいように見え、私達の利害は一致した。

 今回養女となったことを後悔していない。


「私はついている」


 国境で一人放置され、森を彷徨い続けた。

 付近を通る人間は沢山いたが、誰もが物騒な人間に見え助けを求める事は出来なかった。

 通りすがる相手の雰囲気を注意深く観察。


『おい。今、誰かいなかったか?』

『そうか? こんなところ、誰も居ねぇだろう』

『そうか? 以前、ここで女を拾ったことあんだよ』

『女か? それでどうした?』

『いい女だったから、しばらく遊んで売った。銀貨三十枚になった』

『おぉ、いい稼ぎじゃねぇか。俺も拾いてぇなぁ』


 男たちの会話に震える。

 見つかれば売り飛ばされる。

 息を殺して存在を消した。


『いねぇか……』

『銀貨三十枚はそんな簡単には落ちてないってことだな』


 男たちの気配が完全に消えるまで怖くて身動きが取れなかった。

 

「別の道……探さないと……」


 林道も獣道も避け、馬車だけでなく馬も通れないような道を選び足跡も残らないよう気を付けながら進む。

 視界を遮るような草木がある場所で休み、眠りについても僅かな音で目が覚めてしまう。

 今では獣同様、人間も恐ろしい。

 長時間同じ場所にいられず、日の出より先に動き出す。

 町が存在しそうな方向に向かって歩き続けた。


「川……」


 川を発見しては水を飲むも、誰かに出くわすことを考えすぐにその場から離れる。

 食べられそうな木の実を見つけては食べた。

 毒があるかどうかは賭けだったが体に異常は無く、そんな日を過ごすにつれ慣れていくも現実が怖くなる。

 

「この森……いつか、終わるよね?」


 町にたどり着くことなく、このまま森を彷徨い続けるのではないのかと不安が膨れ上がる。

 次第に足を止めると二度と動かなくなりそうな恐怖に支配され、どんなに疲れていても日が暮れるまでは歩き続けていた。

 歩いて川のせせらぎが聞こえれば、川で顔を洗い手足もできる範囲で綺麗にする。


「きっと、川下の近くには町があるはず……」


 うろ覚えの記憶だが、それが私にとっての僅かな希望。

 自分を勇気づけながら重たい足を動かし続ける。

 置き去りにされて三日間歩き続けた。

 明け方、ようやく道が開け小屋の様なものが見える。

 中を覗くも人の気配はない。

 落胆はしたものの希望は失わなかった。

 小屋があるという事は過去に人がいたということ。


「きっと近くに町の存在があるはず……」


 歩き続けると、次第に歩きやすくなる道に希望を持つ。


「……村だ……」


 何軒か人の気配もない小屋を通りすぎた時、村に辿りつき安堵する。

 人間らしい光景。

 つい気が緩み視界が潤む。

 それでも私は人の姿を発見すると隠れて様子を確認する。

 辺境や、村の端は大抵破落戸が滞在し治安が悪い。

 周囲の人に気付かれないよう村の井戸をこっそり拝借し水を頂く。

 村を発見した事で疲れを感じなくなったので、町くらい栄えている場所を目指す事に。

 森を抜け村では目が慣れ耳も研ぎ澄まされているのか、暗くても多少は移動出来た。

 村の風景も変わり、領地の中心まで来たように思えた。

 明け方ということで、まだ外を歩いている人は居ない。


「ここからどうしよう……」


 安全そうな隣国に到着したのだが、無一文で知り合いもいない私はこれから何処へいけば良いのだろうか? 

 貴族としての生活を望むが、今は贅沢は言えない。

 住み込みで働けるような場所を探しながら貴族との繋がりを探すしかない。

 今は薄汚れて汚ならしく見えるかもしれないが、私はヒロインなんだから美しく着飾ればそこら辺の貴族令嬢より光輝く。

 

「貴族が私を見つければ人生が変わる……私は……ヒロインなんだもの……」


 疲れを感じなかった体が急に重くなる。

 体力も限界なのかもしれない。

 壁に手をついて座り込んでしまった。

 こんな人目に付きやすいとこでは危険だと感じながらも、座ってしまうとなかなか立てない。


「あんた、そこで何してんだい? 」


 しまった……

 突然の女性の声に振り返るのだが、体が言うことを聞かず地面に手をつく。


「あんた、大丈夫かい?」


「あっ、私その……」


 今の私には逃げる体力もなく、ここで説明を誤れば私は騎士に渡されてしまうかもしれない。

 女性への説明に慎重にならなければと冷静に考えようとするも「婚約者のいる人に近づいて国外追放になりました」しか思い浮かばない。

 そんな事を言ってしまえば、この女性に見捨てられるだろう。

 何か女性の同情を引けるような理由を言わなければ……

 駄目だ。

 頭が働かない。


「もしかして、あんた……訳有りかい? 」


 その通りなんだが『はい』と言っていいのか分からない。

 何日もろくに寝ず、食べてもいない。

 限界なのか意識が朦朧とする頭では判断できず、無言で頷いてしまった。


「うちに来るかい? 」


 訳有りの人間なんて面倒なはずなのに、女性は何も聞かず私を受け入れてくれる。

 ここで怪しむべきなのかもしれないが、今の私にはそれすら考えられず「やっと、休める」と思った。


「……良いんですか? 本当に……」


「ああ、乗りな」


 女性の言葉は私にとって救い。

 最後の力を振り絞って立ち上がり、腕の力で御者台に乗り込む。

 女性に出会い気が緩んだのか、一気に眠気が押し寄せる。


「私の名前はメルバだよ」

 

「わたしの……なみゃえは……マーヴェウ……どぅしゅ……」


 眠さと戦いながら必死に答える。

 馬車の揺れと女性の話が子守歌となりつつあるが、意識を保つ。


「私は花屋をやってね、今は買い付けの帰りだよ」


 女性は難しい話はしていないが、頭が理解してくれない。

 定かではないが旦那さんは何年も前に亡くなり、メルバが花屋を切り盛りしている。

 従業員は三人。

 メルバは花屋の2階に一人で住んでいる。


「着いたよ」


「……はい」


 動作が一拍遅れる。


「あんたは先に顔を洗ってきな」


「ひぁい」 


 女性にタオルと桶を借りる。

 水場を借り顔と頭を洗う。


「……体も洗いたいな……」

 

 頭と顔を洗い終え一度、女性の元へ。


「あの……」


「なんだい?」


「……体も拭きたいのですが……」


「あぁ、二階の奥の部屋使うといいよ」


「ありがとうございます」


 桶に水を汲み、二階へ上がる。

 助けてくれた人は平民。

 お風呂などは無く、体を拭くしかない。

 今の私にはそれだけで十分。

 何度も体を拭き、さっぱりした。


「マーヴェウ? マーヴェウ?」


「……私か?」


「ご飯の準備ができたよ」


「……ごはん?」


 急いでメルバのいる場所へ向かう。


「うわぁ……おいしそう……」


 見たこともない料理。

 美味しそうかどうかは鼻で判断した。


「さぁ、お食べ」


「いただきます」


 朝食をごちそうになる。

 四日ぶりのまともな食事に、はしたなくもがっついてしまう。


「お腹空いていたんだね」


 メルバに指摘され恥ずかしいと思うも、食べるのをやめられない。


「……美味しかったです」


 出された物を残さず食べきる。


「あんた疲れてんだろう? さっきの部屋で休むと良い」


「ありがとうございます」


「これ、使いな」


 ベッドは無いが布団を用意してくれた。

 満たされたお腹に安心できる場所だと脳が認識したのか、布団に入ると直ぐに眠ってしまった。

 今の私には危機感は無かった……


「ふはぁぁぁあああん……ん? 暗い?」


 次に起きた時には既に、陽は落ちていた。

 一階に降りると助けてくれた女性が既に閉店作業をしている。


「あの……」


「おや、起きたのかい? 随分疲れていたみたいだね」


「はい。あの……何か手伝えることありますか?」


 私は一日中寝ていた後ろめたさから女性が行っている閉店作業を手伝う。


「ありがとね」


 今まで何もせず寝ていた私なのに感謝の言葉を述べられると居たたまれない。


「私、この国の事何も知らなくて……何処か働ける場所は有りませんか? 」


「うーん、そうだねうちは既に人雇っちまってるからね。ただ心当たりはある。明日聞いてみるよ」


「ありがとうございます。何から何まで」


「っふ。いいんだよ」


 翌朝。

 朝に助けられ夕方まで眠っていたのに、あの後も眠ってしまった。

 体は相当疲れていたらしい。

 既にメルバは起きて動いている。

 やはり、この世界の人達の活動時間は早い。

 平民から男爵に引き取られたが、すっかり貴族としての生活に慣れていたので今さら平民の生活に戻ることに不満と不安が付きまとう。

 

「そうそう、仕事の件だけど確認したらカジノで働き手探してるって話だから面接どうだい? 」


「カジノ……ですか? 」


 カジノという場所がどんなところなのかは知っているが、体験したことは無いので少し躊躇ってしまう。

 綺麗な服を着て案内などなら喜んでするのだが、メルバの話ではカジノの「清掃係」を募集しているらしい。

 清掃係なんて私には似合わない仕事だ。

 カジノは領主が経営し領地の税金はほぼカジノで賄っているんだとか。

 なのでここの領民はカジノを大切にしている。

 

「面接……行ってみたいと思います」 


 清掃係りと聞いてもっと可愛らしいカフェの店員などをと考えたが面接に行くことにした。

 よく考えれば、カジノにはお金が集まる。

 一攫千金を狙う者から娯楽として富裕層の平民や貴族が来たりもする。

 そんな人たちに見初められれば再び貴族としての生活に戻れるかもしれない。

 シンデレラではないが、真面目に働く私の姿を見て私を養女にしたいと申し出る貴族がすぐに現れるだろう。


「私なら……んふっ」


 カジノの面接には心配性のメルバも一緒に行ってくれることになった。

 面接に向かう途中、日常で使う店の場所や近隣の人を紹介してくれる。


「おっ、メルバ。その子は誰だい?」


「私の知り合いだよ。ちょっかいかけんじゃないよ」


「けち臭いなぁ」


「これからカジノに行くんだよ」


「おっ、カジノなら仕方ないな。お嬢さん、頑張れよ」


 メルバの言葉通り、この町ではカジノは好意的に受け入れられているらしい。

 カジノに到着するまでの間に多くの人と挨拶を交わす。


「ここが、カジノだよ」

 

「カジノ……」


 この辺りでは一際大きな建物。

 外観も美しく下品な印象は全く無かった。


「こんにちは。この子、働きたいようなんだ。領主様はいるかい?」


 入り口付近にいた従業員にメルバが挨拶をして私を紹介してくれたので、頭を下げる。


「十字路を西に歩いてすぐの花屋をしているメルバよ、掃除係の仕事は決まったかい? 」


「……いや、まだです」


「そう、良かったわ。私はメルバよ、花屋のメルバ。よろしくね」


 メルバは従業員の男性に圧をかけるように、何度も名前を繰り返した。

 もしかしてメルバはこの辺りではちょっとした有名人だったりするのだろうか? 

 平民ではあるがそこそこ権力を持っていたりするのかもしれない。

 私は『いい人に拾われたかも』と、内心喜んでいた。


「申し訳ありません。本日、伯爵は不在です」


「そうなのかい……どうしたもんかねぇ」


 今日は残念ながらカジノ経営者の伯爵は領地に居ないよう。

 メルバが困ると私も困る。


「伯爵は数日で戻る予定です。戻るまで試用期間を設けますが、どうされますか?」


「おっ、試用期間。どうする?」


「よ、よろしくお願いします」


「では、私が案内いたします」


「マーヴェウ、頑張りな」


 マーベルなのだが、メルバに訂正するのを忘れていた。

 過去を忘れたいので、マーヴェウで構わない。


「はい。メルバさん、ありがとうございます」


 伯爵のいないカジノで男は私に試用期間を設けてくれた。

 採用する権限や、仕草などがとても教育された人のよう。

 カジノの質の高さを目の当たりする。

 もし従業員が全てこのレベルなら非常に優秀。

 きっと、このカジノは貴族にも評判がいいはず。

 なら、いい出会いもすぐに起こりそう。


 私って本当についてると思う。


 ヒロインの習性だと思っていたが、私が運がいいからヒロインに転生できたのではないかと思う。

 私は恵まれた人間なのよ。

  紹介と共にそのまま働く事になったので、メルバを見送り制服に着替えカジノを案内された。

 会う人、皆が好印象だった。

 開店前の掃除は大変だが客が入ると同時に賑わい、お祭りのような雰囲気で楽しかった。

 初日だったので誰が貴族なのか判断は出来ないが、相手から声をかけられるなんて事はなかった。


「多少は期待していたんだけど……一日じゃ無理か……」


 客に来る貴族だけが私のターゲットだけでない。

 カジノを経営している伯爵も当然貴族。彼が戻るまで焦ることはないだろう。

 私を見たらきっと養女か息子の嫁か伯爵の妻の道が開かれるはず。

 

「それまで真面目で健気に働くのがコツよね。ヒロインらしく」


 私の手が傷だらけになる前に、伯爵には早く帰ってきてほしい。

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