カジノ (アンドリュー)
カジノ……
「あの女は偶然この場に辿り着いたのか? それとも、誰かの手引きによるものか?」
給料の良いカジノで雇われるのは、簡単なものではない。
まずは書類による面接。
そして、知識・会話術・計算能力を試される。
それらがなくとも雇われることはある。
能力を見込まれての引き抜きや、信頼のおける従業員の紹介。
他にも。印象の良さや目に留まるような『何か』を持っているか。
「あの女がこの国に来てすぐ、カジノで雇われるとは……」
王子や側近などを籠絡するほどの見た目。
個人の趣味によるが、男受けはいいのだろう。
だが、この国で最大と言えるカジノ。
そんな場所で、身元のしれない女を『見た目』だけで選ぶとは思えない。
『運が良い』
『幸運』
などという言葉で終わらせていいものか……
主な客は貴族と富裕層の平民、それと一攫千金を狙う者達。
どのような職場より、お金が集まる。
そうなると、雇う側は従業員の身辺調査を徹底的に行う。
カジノの警備は念入り。
客の情報も安易に口にしない者など、他の職業より制約が多い。
「それなのに、隣国に到着したばかりの者が職にありつけるのはおかしい……」
できるだけ早くあの女を処分しようと考えていたが、カジノでは少々面倒。
あの女は本当に悪運だけは強いよう。
カジノを取り仕切っているのは、領主であるレイニング・ドレスト伯爵。
経営者として有能で、カジノや娼館を買い取っては経営している。
二つの商売は貴族からの反感が多いものだが、ドレスト伯爵の人望・外見から領主として領民からかなり信頼されている。
貴族達からの評判は真っ二つ。
王族派は気品を重んじるので、大抵あのような職を嫌悪している。
特にご夫人方には不評で、いくら成功し裕福だとしても嫁がせたくない家門として有名なくらい。
だが一方で多額の税金を納め、領民との関係も良好。
困窮している貴族に数多く投資している。
どんなに批判していても金に困った瞬間、簡単に寝返り伯爵にすがり付く。
夫婦で頭を下げる者もいれば、夫人に内緒で金の無心に行く者もいる。
夫が伯爵に借金をしているとは知らず、社交界で伯爵の仕事を貶している夫人も少なくない。
その様な状況でも、伯爵は夫人の知らない夫を暴露するわけでも対抗するわけでもなく困った人を助けている。
貴族の全員が伯爵を認めているわけではないが、表だって反発しているわけでもない。
一寸先は闇。
貴族達も自身が一年後、どうなっているかはわからない。
万が一金銭的に不利な状況になった時、金銭面で頼るとしたら一番最初もしくは最後に脳裏を過るのが伯爵だ。
正統派貴族達は出来ることなら死ぬまで伯爵に頼ることの無い人生で有りたいが、そういうわけにもいかない時もある。
明日災害で領地に多大な被害が起こるかもしれない。
明後日には隣国が攻めてくる可能性も。
妻や子供が格上の相手に粗相をして多額の慰謝料を必要となることも。
何が起こるかわからないのが人生。
「そんな時の最後の頼みの綱の伯爵……」
伯爵自身も当然その噂を知っている。
あえて批判する貴族に喧嘩を売るような事もしなければ、挑発もしない。
そんなことをしなくても、頼ってくるやつは頼ってくる。
伯爵からしたら、常に両手を広く広げ待ち構えているだけ。
借りを作った貴族達は自分達が金銭面で困っていることを口外出来るはずもない。
沈黙を貫くも伯爵が不利な状況に陥った場合、動いている者もいるだろう。
「ドレスト伯爵か……」
伯爵は一見把握出来ない貴族の支持を受けている。
その為、王族としてはおくびにも出さないが伯爵を警戒していると聞く。
伯爵には二人の令息はいるが令嬢はいない。
王族は四人の子供全て王子。
一度遠い親戚から養女の話が有ったようだが、いつの間にか消えたらしい。
伯爵を調査すればするほど、ただの『優しい人』で終わらせていいものか……
何かを企んでいるのではないかと邪推してしまう。




