この町は (アンドリュー)
<アンドリュー・カストレータ>
移動も後半となりアンジェリーナの体力も限界に近付いていると感じ、今日は早めに休憩にした。
既にシュタイン国からサーチベール国に入国している。
国境を越えたばかりの為、次の町までは約二時間は掛かる見込み。
森の中での食事は短時間で済ませ、安全の為にも早く町の到着を済ませたい。
アンジェリーナの為にも食事の時間を削る事は出来ない。
私に心を許すようになったのか、アンジェリーナは馬車でも無防備な姿を見せるように。
今もぬいぐるみを抱き締めながら眠っている。
「眠っている姿は昔と変わらないな」
国境から最も近い町に到着し宿を取り食事をしている。
明日の朝には、私がお世話になっている伯爵の領地へ出発するつもり。
正直な話、この町に長居するつもりはない。
「ここには『あの女』がいる」
私は一度ここへきている。
アンジェリーナの結婚式の為に三年ぶりに屋敷に戻った。
何一つ変わらず記憶の通りの我が家。
アンジェリーナと離れた三年は煩悩を捨てるためだったが、余計にアンジェリーナに支配されてしまっていた。
今ごろはアンジェリーナは殿下と卒業パーティーを満喫しているのだろう。
アンジェリーナにいち早く会いたいが冷静でいる自信が無かった。
「三年は短かったらしい」
たったの三年ではアンジェリーナへの想いを断ち切る事は出来なかった。
卒業パーティーで美しく着飾ったアンジェリーナを一目見たかったが、耐え抜いた。
私のアンジェリーナへの想いは誰にも知られてはいけない不純なもの。
アンジェリーナには必要ない。
せめてパーティーから帰ってくるアンジェリーナを出迎えるくらいは大目にみて欲しい。
だが、いくら待ってもアンジェリーナは帰ってくることは無く、届いた報せは……
「アンジェリーナが……貴族牢に……入れ……ら……れた」
王宮騎士の報せはあまりの内容に、理解が追い付かない。
何故アンジェリーナがあんな場所に閉じ込められなければならないのか。
「いやっ、あの……それがですね……」
報せに来た騎士を問い詰めても要領を得ない。
「はっきりと言えっ」
普段誰に対しても、声を荒げたりはしない。
だが、アンジェリーナが絡めば違う。
「私は会場外の警備をしていた者です。卒業パーティーで婚約破棄が行われ、令嬢が貴族牢にと耳にして急いで……」
「どういうことだ?」
婚約破棄が行われ貴族牢?
何が起きた?
状況をしらない騎士が報告に来るとは王宮の騎士の質も落ちたものだ。
「王宮の騎士も状況を把握するまでは動くなと……私は……公爵様に恩があり、アンジェリーナ様が一大事と言うのをお伝えしたく……」
彼は、我が家の為に動いてくれたらしい。
「そうか……ありがとう」
「いえ……詳細を知らずすみません」
騎士が去り、私はアンジェリーナと年齢の同じ生徒の屋敷に突撃した。
本来であれば先触れを出し相手の了承を得てから訪問するのだが、そんなものをしている余裕は無い。
そして、私の突然の訪問に恐縮。
「アンジェリーナが婚約破棄されたというのは本当か?」
小さく頷き、しどろもどろに話し始める。
彼の証言でアンジェリーナが貴族牢に収監された経緯を知ることが出来た。
婚約者がいながらくだらない娼婦に引っ掛かった殿下と側近を正すべく奮闘した結果、アンジェリーナが貴族牢に収監された。
「何を考えているんだ。殿下と側近……それに、その娼婦を牢にぶち込むべきだろうがっ」
どいつもこいつもどこまで、愚かなんだっ。
私は怒りに任せ王宮へ乗り込もうと息巻く。
あの四人を処分しなければ気が収まらない。
「殿下と殿下の愚行を止めなかった側近共を……」
王宮に乗り込み王族への無礼を働けばただでは済まないのは承知、私の命がどうなろうと構わない。
アンジェリーナを幸せにすると死にゆく母の手を握りながら約束した。
ベッドに横たわり「アンジェリーナを守って」と言う母に頷いたのを忘れていない。
「私にその約束を守らせてくれ」
「待て」
剣を持参して王宮へと急ぐ私を父に止められる。
何故そんな冷静でいられるんだ?
私たちの大切なアンジェリーナが貴族牢に入れられ、今も一人不安がっているに違いないというのに冷静な父にさえ腹を立ててしまう。
婚約者の不貞に一人戦い、その結果が貴族牢行きなどおかしい。
アンジェリーナはきっと助けを求めているはずだ。
想像の中のアンジェリーナは震えて泣いてしまっている。
本来であれば父も私と同じように王族の横暴に怒りをにじませるべき。
何故こんな時に冷静ではいられるのか理解できない。
「今は動くべきではない」
「何故です?」
「アンジェリーナは自ら奴らを断罪し、多くの貴族の前で彼らの愚行を暴いた。あの四人に陛下が罰を下す事を望んでいる。それを台無しにするつもりか? 」
父に言われるまで私は、怒りに任せアンジェリーナの想いをくみ取ることが出来ていなかった。
「社会的な罰が下った後でも、奴らを処分するのは遅くない」
父の言葉を聞き己を鎮める為に拳を強く握った。
アンジェリーナ。
アンジェリーナ。
アンジェリーナ。
早くアンジェリーナを牢から連れ出してやりたいのをひたすら耐えた。
これほど忍耐を試されたことは無い。
そして一週間が経ち奴らの罰が決定された。
「殿下は辺境で身を潜め、暫くの間は王都追放……宰相子息は貴族籍は残ったものの跡継ぎから除外……第二騎士団長子息は廃嫡。そして元凶のあの女は国外追放」
「随分甘い判断だな」
これなら全員殺しても問題はないだろう。
だが、納得できないのはアンジェリーナだ。
当初は貴族牢に入れられたと報せを受けていたが、実際は地下牢だった。
「ふざけるなっ」と王宮に乗り込みたいところだったが、アンジェリーナ自ら入ったと言い訳された。
「そんな事、信じられるわけないだろうがっ」
それでも、処罰を受け入れているアンジェリーナの想いを無下にすることは出来ず、真実はアンジェリーナの口から真実を聞いてからだと処罰を終えるのを待つしかなかった。
アンジェリーナに罪などないというのに、王族の面子からアンジェリーナにも罰が下されたのだろう。
本来であれば、アンジェリーナがあの汚い地下牢で一ヶ月も過ごす必要はない。
その処分だけでも過剰だというのに王都追放まで言い渡された。
王都追放は貴族追放と同義だ。
貴族達の記憶からアンジェリーナを忘れさせることで、国王は自身の息子の愚かさを貴族の記憶から抹消させようとしている。
「こんなものは箝口令を敷いたようなものじゃないか」
不貞に苦しめられ婚約者である王族だけでなく側近に立ち向かったというのに、アンジェリーナにまで処罰が下れば、今後誰も今回の事件を口にしなくなるだろう。
それさえも処罰の対象になるのではないかと疑心暗鬼になっているから……
「そんなこと……赦さない」
誰にもアンジェリーナを忘れさせない。
だが、まずはあの女を始末しなければ私の気が済まない。
その首をあの愚か者にくれてやる。
それからは、国外追放となった女を探しに走った。
聞いた所によると、王家直轄の騎士団があの女をご丁寧に国境まで連行したらしい。
王家直轄の第二騎士団……
あの女に唆され、まんまと堕ちていった男の父が勤める隊。
わざわざそんな男に引導を渡させるなんて陛下もお優しいことで。
私の頭の中は、あの女をどう苦しめようかで一杯だ。
「あの女を早く見つけなければ。国境に送られたのは昨日。きっとまだ国境付近を彷徨っているに違いない」
そのまま盗賊に襲われればいい。
獣に食い散らかされるのもいい。
原型留めず見るも無惨な姿になればいい。
それが似合いの女だ。
だがその前に、あの女を養女にした男爵家へ向かった。
男爵家に乗り込み慌てた様子で使用人が、私の行く手を阻む。
男爵家の使用人が公爵家である私の顔を知らないのは仕方がない、こんな屋敷来た事は一度もない。
私が誰だが分からなくとも男爵にとって重要な人物と判断した執事が男爵を呼びつける。
何事かと様子を見に来た男爵は、私の顔を見て蒼白い顔で震えていた。私が誰かすぐにわかったのだろう。
私が言葉を発する前に、貴族とは思えない無様な姿で許しを請う。
「アレとは関係を絶ちました」
「二度とこのようなことが起きないように誓います」
「慰謝料も支払いますので、どうかお許しくださいいいいいい」
男爵の様子に、私を囲んでいた使用人・騎士は一斉に離れた。
男爵はくだらないことをペラペラと叫び、耳障りな声は不愉快でしかない。
私はそんなモノが欲しいんじゃない。
私の望みは一つ。
「消えろ」
怒りのまま男を殴り気絶させた。
男爵家で男爵に行った行為を目撃しながらも、男爵家の者は誰も私を止めることはなかった。
私は男爵を森へ運び死なない程度に腹部を切り裂き、先住民の谷と呼ばれる場所の奥地に木に縛り付けて放置した。
そこは獣が多く誰も近づかない場所。
後は血の匂いに誘われた獣が全て処理してくれるだろう。
見つかることは無いだろうが、見つかったとしても何年も先の話。
「そこで愚かな行いを死ぬまで悔い改めろ。お前の選んだ娘も直に連れてきてやる」
汚く涙を流し「だじゅげでぐだざい」と叫ぶ男爵を一人置き去りにし、私は離れた。
「さて次はあの女を探しにいくか」
……あの忌々しい女を。
何処かでくたばっていればいいんだが、悪運だけは強そうだ。
馬を走らせ隣国へ向かう。
馬ならあの女を運んでいる馬車に数時間も有れば追い付けるだろう。
「あの女をどう処分してやろうか」
怒りに支配されていると飲まず食わずで走り続けても問題なく、あの女が放置された隣国付近まで来ていた。
運が悪いのか途中であの女に出くわす事はなく、すでに町に着いていたとみられる。
あの女は簡単に隣町に移動できるとは思えない。
まだこの近くにいるに違いない。
あの女は見てくれは整っている。それを利用し、性懲りもなく貴族に取り入ることを考えているかもしれない。その前に見つけてやる。
「何処だ? 何処にいる? 」
既に辺りは暗い。あの女が出歩いているとは思えない。
仕方なく今日は諦め明日の朝、女を探す事にし宿を取り休んだ。
この辺りでは一番いい宿。
近くにカジノが有りその客メインの宿らしい。
瞼を閉じると幼い頃のアンジェリーナが浮かぶ。
新しいドレスが届くと一番に見せに来てくれた。
私の前でくるっと回りポーズを決める。
本来なら今日、結婚式のドレス姿を見られるはずだった。
十八歳になったアンジェリーナに逢うのを励みに今まで生きてきた。
私の側でなくて良い、ただ幸せな姿が見たかっただけなんだ。
それを……それを……
「駄目だ」
興奮して目が覚めてくる。
窓を開け空気を入れ替えた。
ワンブロック先をコソコソと辺りを気にしながら駆けていく人間が見える。
こう分かりやすくあの女も見つかれば良いのだが。
夜に全身をローブで隠し、いかにも「怪しい人間です」と言っているようなもの。
「不正か逢い引きか犯罪か……」
わざわざ他国で不正を暴くつもりはない。
今はあの女を見つける事だけに集中したい。
ピンクの髪と瞳で目元に黒子だったか。
ピンクの髪は珍しいから、朝になれば直ぐに見つかるだろう。
「ピンク……不快な色だな……はぁ……」
もうやめよう、考えれば考えるほど溜め息と怒りに繰り返し襲われる。
あの女を見つける為にも、無理してでも今は寝よう。
アンジェリーナに逢う時には全て解決出来ているように……
一日の終わりはアンジェリーナが良い。
「リーナ……」
早朝からあの女を探し回る。
観光時期でもない今、他領地から訪れる人間は彼らには珍しいのか異様に視線を感じる。
社交界で人を物色するような視線に似ていて、はっきり言って不快だ。
「早くあの女を見つけて、この領地を離れたい……」
ピンクの髪というのはやはり目立つようで直ぐに見つかった。
あの女は今、遊戯施設の掃除係をしているようだ。
あそこは一攫千金を狙う平民と金に取り憑かれた貴族が沢山くる。
あの女にとっては良い狩り場を見つけたということか。
「あのカジノ……調べる必要があるな」




