アンジェリーナと私はきっと似ていない
朝に領地を出発。
昼食は準備してあったサンドイッチを食べ、移動。
「アンジェリーナ、今日はもう宿を取って休む」
「もうですか?」
まだ、夕方。
暗くはないと感じる。
「あぁ。夜間の移動は……初日から急ぐ必要はない」
「そうですか、分かりました」
本日の移動はここまでとなった。
「隣国ってどんなところなのかしら?」
これから向かう隣国に思いを馳せる。
公爵家の領地とそう変わらないのか疑問に思い、訪れる前にアンドリューがお世話になっている領地について父に尋ねていた。
「アンドリューがお世話になっている領地は、災害などがあって今年も税金を下げたらしい」
「今年も……ですか?」
税金を下げるのは寛大なとは思うが……
そんなにポンポンと下げていいものなの?
「二年連続らしい。前年度は税金を下げ、今年は被害を被った領民への配給をしたと報告があった。それもあり、厳しい状況らしい」
聞く限りとてもいい人に聞こえる。
ただ、危険な気配も。
私が性格が悪いからかもしれまい。
私の相手への印象は……良く言えばお人好し、悪く言えば騙されやすく甘い人間。
お父さんの話を聞く限り、アンドリューは領民よりも領主を助けたいらしい。
今のところ騙されていることはないみたいだが、標的にされそうな人物。
「アンドリューは努力している人を見ると放っておけない性格の持ち主なんだ」
素敵な考えなんだろうが……
貴族であれば、どこかで非情な選択もしなければならないと思う。
頑張っている人、努力している人、一生懸命な人を見て、結果だけでなくその過程も重視しているのは素晴らしい。
だけど、貴族であれば過程よりも結果。
お人好しで無能な貴族は領民からの信頼を失くしてしまう。
一方どんなに性格が悪く疑わしい仕事だとしても領地が潤い、領民への支援が行き届いていれば領主として認められる。
『頑張りましたけど、出来ませんでした』
『努力しましたが、間に合いませんでした』
『一生懸命やりましたが、失敗しました』
などと囁かれるようでは、貴族として許されないどころが領民には嘗められ国からの責任追及の板挟みになってしまう。
それ相応の成果は見せなければ、貴族は人の上に立つ資格は無い。
貴族が贅沢できるのは、多くの人達の人生を背負っているから。
なので、婚約も政略で決定されても文句を言えない。
王子のように、感情で婚約を破棄にすればよくない評判が生れてしまう。
平民にとって、貴族や王族の失敗は日々のストレスの捌け口になる。
領民同士でぶつかることもなく、一緒に不満を口にすることで仲間意識が生れる。
平民だと嘗めていると数で来られた時、太刀打ちできないだろう。
そうなる前に何かしらの対策などパフォーマンスを見せるのも役に立つ。
これから窺う領地がどの程度の問題を抱えているのかは分からないが、改革を手伝おうとは思わない。
間違いがあれば指摘はするのかもしれないが、積極的に関わろうとはしない。
その領地は私の領地ではないし、私の住む国でもない。
私の知識が何かしらの役に立つのかもしれないが、急激な発展には代償を伴う。
それは人にも国にも。
外の文化を取り入れるのば良いが、染まってしまえば元には戻れない。
責任が取れないのなら指示待ち人間の方が本人としては諍いに巻き込まれにくいだろう……と私は思う。
今回の出来事がどれだけゲームに関係しているのか分からない今、悪役令嬢の私が目立つような行動はなるべく避けたい。
未来を知っているヒロインがどんな動きを見せるのか私には見当もつかないから。
「……転生初日で地下牢に入って、その後貴族を満喫しちゃったから街の宿には抵抗あるかなぁって思ったけど……意外に悪くないかも」
アンドリューが手配してくれた宿は、辺境にしてはとても良いように見える。
隣国へ向かう貴族御用達なのか宿で働く人も町の平民とは違い接客や言葉使いが丁寧。
こんな感じの移動であれば私も安心して隣国に向かえると思うも、騎士達の会話を耳にする。
『これから悪路で宿も質も変わってくるだろう? お嬢様大丈夫か?』
『王都から領地に来るだけで気分悪そうだったものな……』
『もう少し、ペース落とした方が良いか?』
『いや、それだと余計移動日が長引くだろう?』
『急いで早く到着するのと、ゆっくり体調に気を付けるの、どっちがいいんだ?』
『どっちがいいんだろうな……』
『急ぐと夜間まで移動しなければならなくなるから、その方が危険じゃないのか?』
『あぁ……危険な道は通らないとはいえ、隣国となれば国境付近には盗賊が待ち構えている事もあるもんな』
『暗くなる前には移動を切り止め、宿でゆっくり休んだ方がいいだろう』
『宿にいれば、その土地の情報も得られるだろうし』
『そうだな』
立ち聞きしてしまった騎士達の会話。
公爵家に仕える騎士は悪役令嬢にとても優しい。
「良い人達だ……」
感動してしまった。
それと、聞き慣れない言葉も耳にした。
「夜盗」
ゲームでは登場しなかったが、こういう世界にはそういう人いますよね……
「ん? もしかして……」
アンドリューに今日の移動はここで終わりなのか? と聞き返した時、濁していた。
もしかして、野盗の危険があるのを危惧してだったのかもしれない。
「教えてくれたらよかったのに……まさか……『夜盗』と聞き、私が恐怖すると思い口にしなかったとか? ……って、そんなわけないか」
休めるうちに休み、万全の体調を維持ということなんだろう。
アンドリューは口には出さないがアンジェリーナを気遣ってくれている。
馬車の中でもどんなに気まずくとも私の体調を気にかけてくれたり、休憩ごとにクッションやら掛けるものが増えていたりもする。
クッションに紛れウサギのぬいぐるみを発見した時は驚いた。
すぐにアンドリューを確認すると分かりやすく視線を逸らされる。
「フフッ」
小さな子ではないのに、ぬいぐるみを購入して置いておくなんて……可愛過ぎではないだろうか。
あのウサギには助けられた。
気持ち的に。
隣国はシュタイン国程寒くはないが、森の中を移動するので町より気温が低くなる。
会話はなくとも私の事をちゃんと見てくれている。
どんなに不仲であっても、兄は妹に誠実らしい。
たった数日でしか知らないが、実の兄でなければ私はアンドリューを好きになっていたと思う。
「アンジェリーナは兄の優しさに気が付いていないのだろうか? 」
きっとアンジェリーナと私は趣味が合わないに違いない。
こんなお兄ちゃんなら私が欲しい。
血が繋がっていなければ、結婚したいくらいだ。
「あんな、不貞を正々堂々自慢げにしてしまう男なんかより断然いい」




