一人目の攻略対象者とヒロインの関係
「私も、初めは話し合いで解決したかったのですよ。ですが、ある時から心優しいどなたかがお手紙を下さるようになったのです」
マーベルを確認するも少しも動揺していない。
私が何を語ろうと自分の立場が脅かされる事がないと確信しているよう。
「その手紙が届き始めたのは学園に入学して半年も経たない頃です。差出人は不明でしたが、手紙に『貴方の婚約者の行動について』とあり確認せずにはいられませんでした。その手紙には『王子は入学式の日にある令嬢と運命の出会いをした。令嬢が迷っていたところを助けたのが二人の関係の始まり』とあり、次の手紙には『裏庭の人気のないベンチで悩みの相談をされていた』とありました。婚約者の行動を制限するものではありませんし、得体の知れない人物からの手紙を全面的に信じたのでもありませんが、王族として品位を保つためにも他者の目は気にするべきと思い『周囲から誤解を招くような行動は改めるべき』と私なりに王子にはお伝えいたしました。ですが私の忠告など王子には届かず、その後も定期的にそちらの令嬢と二人きりでお逢いしていたでしょ? 」
ゲームでの二人の関係を私が目撃したのではなく、第三者が目撃し私が知ったことに。
その手紙によって悪役令嬢は王子をあらぬ噂から彼を守る為に追い掛け回し『王族として恥ずかしくない行動をするべきです』と、訴えていたことに。
私は悪役令嬢を『婚約者を護る不器用な女』に作り変えた。
「なっ、アンジェリーナ様はパトリック様の事を監視なさっていたの? 好きだからってそこまでするなんて遣りすぎです。そのようだから、パトリック様に避けられるんですよ」
ゲームにはない悪役令嬢の反撃に、瞬時に雲行きが怪しくなったと感じたヒロインのマーベル。
即座に私の言葉の揚げ足を取る行動にでる。
『監視』『遣り過ぎ』という言葉でアンジェリーナの行動が異常だと印象付ける作戦に。
公爵令嬢のアンジェリーナは日々の言動により周りから好意的に思われていない。
アンジェリーナの訴えで周囲の観客はアンジェリーナに対しての思い込みを改めようとしたが、マーベルの発言によって再び厳しい視線に戻る。
「フフッ」
「なんですか? 」
私が余裕な態度を見せればマーベルは困惑。
きっとマーベルの計画では、王子に婚約破棄の宣言をさせアンジェリーナを泣きわめかせ無様な姿を衆目に曝させ自身の心優しい姿を印象付けるための踏み台にする予定だったはず。
そう、ゲームで観たあのシーンのように。
今思い返してもあのシーンのヒロインの顔がなんだか説明はできないが嫌だったのだけは覚えている。
勝ち誇り、悪役令嬢を見下しているような表情。
心優しく健気なヒロインという設定なのに、あのシーンだけが何故か引っ掛かっていた。
それが、今に繋がると思うとゲームでもこの女は純粋無垢を演じていただけの模造品に過ぎないのかもと考えられる。
「マーベル様は王子の事を『パトリック様』とお呼びになるのねぇ? 」
とても優しく、腹筋に力を込めて『笑顔』で尋ねた。
私としては完璧な王子の仮面を剥がそうと実行したが、ヒロインの化けの皮が先に剥がれれそうで愉しく思え油断すると笑みが零れる。
これから本気の暴露に入りますが、遠慮する必要無いですよね?
「え? 」
マーベルは突然の私の切り替えしに反応できずにいる。
それは観客も同様で、こちら側に引き込むことに成功。
実際、私が指摘した事は貴族の常識であるので今更この場に集まっている貴族に説明する必要もない。
現に淑女教育を受けた令嬢達には私の言いたいことが伝わったのか、ざわめきが広がり密かに疑いの声が聞こえ始める。
マーベルあなたの流れには持っていかせないわよ。
「先程もお伝えいたしましたが、学園の私の机の中には定期的に手紙が入っておりました。王子とマーベル様の関係や他の方達のことまで詳しく。いつからか、それからの手紙には場所と日時が書かれるようになり指定された場所へ向かいました。半信半疑ではありましたが、手紙の予告通り王子とマーベル様の姿がありました。私が指定された場所から良く見えるように、お二人は……口づけを交わされました」
私が意味ありげに間を開け、周囲の関心を引き『口づけを交わされました』と発言すれば場内は一気にどよめく。
誠実で優秀、教師からも信頼され生徒からは憧れの対象であり唯一の欠点は『婚約者の素行』だけだったはず。
その完璧王子に綻びが指摘された。
王子が普段から遊び人なら口づけ程度では騒がれなかったでしょうが、清廉潔白過ぎた為に口づけを交わしただけで貴族にはかなりの衝撃を与える。
多くの生徒は王子を憧れの対象以上に、崇拝でもしているくらい心酔している。
いくら婚約者に問題があるとはいえ、婚約者以外と口づけを交わすというのは不貞に当たる。
完璧王子としてはあるまじき行為。
「……あっ……あっ……」
王子は予想外の私の発言に言葉を失っている。
二人だけの秘密の想い出をこんな所でばらされ、しかも悪評しかない婚約者ではなく自身の不貞が暴露され追い詰められるとは考えもしていなかっただろう。
ゲーム通り現実の王子も、良くも悪くも真面目過ぎる。
「……王子」
私が呼びかければ目が合うが、顔面蒼白で何も語らない。
この場で自身を守る為とは言え、嘘で否定出来るような人ではない。
どんな時もどんな相手でも誠実さを心掛けている彼は、婚約していながらマーベルとの関係に真剣に悩んでいたのだろう。
そんな王子だからこそアンジェリーナが告げた、『マーベルとの大切な想い出』を否定することは出来ない。
嘘を吐けずにいる王子ですけど、人々は無言を肯定と受け取るというのを知らないよう。
黙っていれば時間が過ぎ、なかったことになると思っているかもしれませんが逃がしませんよ?
逆ハーレムなんて面白いことしてくれるわ、ヒロインさん。
「………そうよ、でも私とパトリック様は『真実の愛』で結ばれているのよ。何も悪くないわ。ここで断罪されるべきはアンジェリーナ、あなたの方よ」
犯人を追い詰めるようなマーベル。
本来この場で凛々しく振る舞うのは王子の方なのだが、彼はまだ立ち直れず立場が逆転している。マーベルが口にした「真実の愛」もゲームでは攻略対象がヒロインを口説く時に使うもの。悪役令嬢を断罪した王子がヒロインとの関係を周囲に認めさせるために宣言するのだが、まさかヒロインが宣言するとは思わなった。何も反論せず未だに放心状態の王子にしびれを切らし動いたのだろう。動揺したのか公爵令嬢である私を呼び捨てにしていた事にも気が付いていない様子。学園は「平等」を掲げているが最低限の礼儀はあり、自身より家格がの高い貴族令嬢の事は許可がない限り爵位を付けるもの。王子に守られているとはいえ、ヒロインはまだ男爵令嬢。
「私、お二人の関係を目撃したその日のうちに婚約について確認の手紙を王子に送りましたのよ。そこで婚約解消して頂けたら今日のような日を迎えることはなかったはずです。ですが王子からの返事はいくら待っても届くことはありませんでした。私、翌日王子に『マーベル様とはどのような関係なのですか? 』とお尋ねしたのですが、王子は私になんと仰ったのか覚えておられますか? 」
マーベルの存在を無視して、私は王子に語りかける。
ゲームでは、確かこの時のアンジェリーナは
『王子の婚約者は私です。あのような下級貴族と一緒に居るのは王子に良くありません。何故私ではなくあの女といらっしゃるのですか? 』
今の王子はこの時以上に表情を歪ませている。
そんな顔しないで、まるで私が王子を苛めてるみたいじゃないですか。
綺麗な顔が台無しですよ。
「私が代わりに応えましょう。王子は、あの時マーベル様の事を『大切な友人の一人だ』と仰いました。王子は友人の方と口づけを交わすのですね? 」
いつの間にが観客は私の芝居に引き込まれていた。
「王子は誰に対しても『誠実』を心掛けていましたが、王子が婚約者に対して『誠実』であったことは一度もありませんよ」
私はゲームで感じていた不信感をアンジェリーナの代わりに告げる。