初めまして
「お嬢様、旦那様がお呼びです」
あっ、お父さんの事ですね。
そういえば、私は地下牢から釈放されて国王の判断で『王都追放』となり、公爵家に戻って準備を整え終えると家族に会わず出発していた。
執事が手際よく手配してくれていたので、家族の誰とも対面することが無かった。
ゲームでも悪役令嬢が国外追放される場面はあったのだが、お父さんに出会う場面はない。
ゲームやアニメなどで悪役令嬢が国外追放になり一人追い出される時は、激怒するものなんだけど……
このゲームではそんな場面は無かった。
アンジェリーナが一人、荷物を抱えて去って行く姿だけ。
「アンジェリーナのお父さんってどんな人なのだろう? 」
アンジェリーナのお父さんは、アンジェリーナに関心があるのだろうか?
どの悪役令嬢の両親も極端なもので、溺愛か無関心。
中間がない。
無関心であれば婚約解消したことに興味がないだろうか、溺愛の場合王族に抗議しに行き罪状が追加される恐れがある……
ん?
お父さんは今までどこにいたの?
「王宮に乗り込んでいたり……なんてしていない……よね? 」
溺愛だった場合、私が本物じゃないことに瞬時にバレてしまうのでは?
見てくれは本物だが『呪いだぁ』なんて騒ぎが起これば波乱となる。
中世ヨーロッパとかは、『魔女』だの『呪い』だのすごい。
一歩間違えば、私は『火炙り』にされてしまう可能性がある。
「気付かれる前に国外に逃げる? 悪役令嬢には国外追放しかないのか?」
予期せぬ婚約解消により『記憶が曖昧になってしまった」で逃げ切れないかな。
『王子の事なんてこれっぽっちも思い出したくありません』と言って撥ね退ければなんとか誤魔化せないかな?
「旦那様、アンジェリーナお嬢様がお見えです」
そんなことを考えていれば、執務室とやらに到着してしまった。
どうしよう、急に緊張する。
まだ心の準備が整っていないのに、執事が扉を開ける。
「おぉ、リーナ。なにも気付いてやれず、すまなかった。一人で良く頑張ったな」
目の前の男性は四十代くらいだろうか?
まるで俳優のようで洗礼された出で立ちには目を奪われる。
百八十センチを越える長身。
予想外の美貌に見惚れてしまう。
こんなに素敵な男性ならゲームで一度でも登場していれば覚えていたはず。
私が知らないという事は、一度も登場しなかったと思う。
悪役令嬢の父がこんなにカッコいいなんて……
悪役令嬢が美人だから考えられることだが、全く考えなかった。
追放される悪役令嬢の父親なら悪役顔だと思い込んでいた部分がある。
こんなイケオジをゲームに登場させないなんて……
しかも、没落させるとか制作者達はなんて酷い集団なんだ。
些細なことだが、アンジェリーナはお父さんに『リーナ』と呼ばれていた。
なんとなくだが『アンジェ』の方か言いやすいし思いつきやすいのにと思ってしまう。
外国の愛称は分からないものだ。
「大丈夫だ、私が新たな婚約者を探す。リーナは心配するな、お父さんに任せなさい」
ああ、このお父さんはアンジェリーナの事を溺愛している父親の方で、本当に娘の事を心配しているのが伝わって安心した。
王族との繋がりの為に娘を売った人ではなく、アンジェリーナのワガママを聞いて王子との婚約を結んだに違いない。
悪役令嬢とされるアンジェリーナが愛されていて良かった。
「お父様、こんな事になってしまってごめんなさい」
「リーナが謝ることは無い。あの王子が不貞を働いたんだ。堂々としていなさい」
親子の対面は緊張するものがあったが、その後はちゃんと親子の会話が出来ていたと思う。
会話の最中、お父さんはずっとアンジェリーナを気遣っていた。
ゲームのアンジェリーナは孤独だった。
不貞を犯す婚約者を正そうとしているに過ぎないのに、立場上悪者にされ続けた。
アンジェリーナの味方は誰もいないのではないかと思ってしまう程。
漸くアンジェリーナの味方の存在を確認でき、自分の事のように嬉しく感じてしまう。
「心配ない。私達がいる。大丈夫だ」
慰められ涙が溢れそうになると、お父さんは優しく頭を撫でる。
その優しさに、堪えている涙が溢れだす。
私が一人で戦っていたわけではないのに……
これはもしかしたら、アンジェリーナの感情なのかもしれない。
「……もうすぐ、アンドリューも帰ってくる。リーナも早く会いたいだろう? 」
お父さんは微笑み、私なら会いたがるだろう相手の名前を告げる。
ねぇ、お父さん。
アンドリューって……誰ですか?




