スローライフ
公爵領に到着。
「ふっふふ~ん」
移動疲れからもようやく解放され、今は今後どうするべきか悩むことなくお金持ち気分を堪能している。
屋敷が映画に出てくるような外観で、興奮しながら至る所を毎日探索していた。
公爵家に展示されている美術品を鑑賞するだけでも心揺さぶられ、ただ庭を散歩するのも気分がいい。
〈アンジェリーナの姿を目撃した領地の使用人〉
「お嬢様は領地に来られてからおかしい」
屋敷の中を意味もなく徘徊し、時折一人笑いだし美術品などに語りかけている。
お嬢様と殿下の婚約解消が成立しているのは私達の耳にも届いていた。
今回の件でお嬢様は傷心の為に領地まで気分転換に来られたのだろう。
卒業パーティーでの王子がお嬢様に婚約破棄宣言したという愚行は、領地に滞在してる私達の元まで噂が届いていた。
「お嬢様……大丈夫かしら……」
確かにお嬢様と王子の仲が嘘でも良好だと言える関係では無い。
それでも王命である婚約をそう簡単に破棄できるものではないというのは貴族だけでなく、貴族にかかわる使用人でさえ常識である。
冷淡な事を言うようだが、政略結婚し恋愛感情が芽生えない夫婦は沢山いる。
そんな夫婦でも第一子・第二子を産み後継者問題を解決した後は、互いに自由を満喫する。
それは悪いことではない。
平民とは違い貴族は様々な事を享受しているので、この程度のことで『婚約破棄』などと騒ぎ立てるのは年に数名存在するかどうかだ。
そんな人間の末路を一度でも見聞きすれば、皆行動を改める。
まさかこの年、王子と側近である高位貴族が政略的意味を理解していないとは思わなかった。
「お嬢様が到着するまえに屋敷を重点的に掃除する事」
使用人を集め、執事は指示を出す。
どうしてこの時期にお嬢様が領地に訪れるのか?
卒業パーティーの三日後には王子との結婚が控えているのに……
「あの……確認ですが、お嬢様がいらっしゃるのですか?」
「そうです」
「結婚式は?」
「……皆さんに伝えておきますが、お嬢様と王子の結婚は白紙になりました」
「……白紙?」
「卒業パーティーで王子が婚約破棄を宣言したそうです」
「「「「婚約破棄」」」」
卒業パーティーという華やかな場で宣言することではない。
それを王子が……
学園卒業に関係のない貴族にまで広まらない訳がない。
彼らの行動は日が経つにつれて詳細に伝わりだしている。
「聞いた? 王子の話」
「何?」
「王子が男爵令嬢に唆され一方的にお嬢様を断罪し婚約破棄を迫ったらしいわよ。それで、お嬢様はその場で地下牢に収監されたって」
「お嬢様が収監? その前に王子はその男爵令嬢と不貞を犯していたの?」
「みたいなの。お嬢様は学園で王子にちょっかいを掛ける令嬢に様々な危害を加えていたのが公になったみたい」
「お嬢様が……」
「それはお嬢様自身も認めるって」
それだけ聞けば公爵令嬢が婚約者に近付く男爵令嬢に危害を加えたことにより婚約破棄にまで発展してしまったと思うものだが話はそれだけでは終わらなかった。
「その令嬢、王子だけじゃなく王子の側近である令息達とも、関係を持っていたらしいの」
「令息……達?」
「そうなの。お嬢様だけがその事に気が付いて、どうにかできないかと奮闘してたみたいだけど……まぁ、正義感が暴走して遣り過ぎちゃったみたいなの。それで皆、婚約解消だって」
お嬢様だけでなく側近達も婚約解消。
「王都では、彼らの婚約解消話と後継者問題で騒がしいみたいよ。お嬢様の処遇は王都追放でこっちに来たみたい」
王子が不貞を犯しお嬢様だけが相手の令嬢の状況に気が付き追い詰められていたというのに、王都追放という仕打ちは納得いかないものがある。
聞けば王子は一時的に辺境に追いやられているが、それは騒がしい王都が落ち着けば呼び戻すのだろう。
「だけどお嬢様は……」
使用人は口に出さずとも互いに察する。
今後、お嬢様の王都追放が解かれることはない。
お嬢様が王都に戻り貴族の前に現れてしまえば、卒業パーティーでの愚行が思い起こされると危惧しお嬢様が貴族社会に復帰できる可能性は低い。
婚約者の不貞が原因で婚約解消となり傷物とされ、華やかな王都から領地に追いやられた。
不満が溜まっているだろうに、使用人達に当たり散らす事は無く静かに過ごされている。
「大丈夫かしら?」
お嬢様は普段から言葉が厳しいことはあるが、間違った事は言っていない。
寧ろ正論すぎる言葉は相手の心を抉ることがある。
その事もあり、お嬢様の周囲には優秀な者しか配置できない。
新人ではその正論に耐えきれず辞めてしまう者が続出する。
お嬢様は感情が高まると言葉が厳しくなる傾向にある。
婚約解消されたことで、お嬢様が周囲に当たり散らしたとしても仕方がないと考えていたが今のところは異変は見られるが、被害はない。
私達としては有りがたいがここまで人が変わると少々不気味にも感じてしまう。
殿下との結婚に固執しているようには見えなったが、婚約解消はそれほど衝撃的だったのだろう。
「少しくらい荒れてくれた方が……」
庭なんて綺麗で当たり前と気にも止めていなかった人なのに、今では庭を散歩し花を愛でている。
幼い頃であれば、良くそのような光景を目撃していたのだが王子との婚約が決まってからは花を眺める時間は極端に減った。
いつも一緒に花を眺める姿は微笑ましかったのに……
王子との婚約が決定してからは教養など学ばなければならないことが多くなり、余裕がなくなったからだと聞く。
「……あの方がいてくれたら……」
家族仲は良く婚約が決定する以前は、皆でお茶をしていた。
その時間を削って婚約に向けて動いていたというのに、一方的な婚約解消。
王族の身勝手な振る舞いには覚えるものがあるが、今のお嬢様は失った時間を取り戻そうとしているようにも思える。
「婚約解消はお嬢様にとって悪いことだけではなかったということ……ですよね? 」
落ち込む姿でないことに安心するも……それでもやっぱり突然笑みを浮かべられると気持ち悪い。
「お医者様に診ていただいてもらった方が良いのかしら? 」
私一人で判断は出来ないので、旦那様に報告することにしよう。




