ボタン押したらワープ出来ませんか?
領地への道程。
「ぅ……ぅっ……痛いっ」
ゲームとは違い、公爵家の領地まで何時間も馬車の中で過ごしている。
前世の自動車を経験している私には、長時間の馬車は本当にきつい。
揺れは激しく腰も痛い。
気分が悪くなり全てが最悪。
眠っている間についてほしいものだが、眠るのさえ一苦労。
何度も休憩を挟みながら移動しているので、計画よりも遅れている。
遅れに関しては申し訳ないが、私の体力にも限界がある。
護衛についている騎士は進みが計画と違うことで言いたいことがあるようだが、あまりの私の様子に諦めてくれた。
「……到着……したの……? 」
一日目は車中泊で向かう予定だったのだが、私の様子を見た騎士が急遽宿を手配してくれた。
「あり……とう……ござぃ……ます」
小さな声でお礼を伝える。
ふらふらとした足取りで案内された部屋へ向かう。
「俺が代わります」
使用人に支えられて歩く私を、見かねた騎士が声を掛ける。
「へい……き……」
「じゃないですよね? お嬢様が早く安全な場所にいてくれた方が、俺達もその分安心して休めるので」
「……お願いします」
ぶっきら棒ではあるが、彼の言葉は正直有り難い。
女性の使用人だと、私もしっかりしなければと気を張ってしまう。
「では、俺は去ります。この階は騎士で借り切っていますが、何かあれば大声をあげてくださいね」
「……はぃ。ありがとうございます」
顔も上げられない程、気分が悪くなり相手を見てお礼が言えなかった。
無礼な態度だが、感謝しているのが伝わるといいな……
到着したら、ちゃんとお礼をしよう……
今は休みたい。
「ヴウッ……」
部屋がどんなものなのか確認するよりも先にベッドを目指す。
倒れ込むようにベッドに。
使用人が心配の声を掛けてくれるが、全て『うん』で応える。
私の態度を咎めることなく、使用人は部屋を整えると去って行った。
「ふぅ……」
一人になり、目を瞑る。
ふと、領地に向かう前に読んだ手紙が頭を過る。
彼女は今どうしているんだろうか?
「私のこと……怒っているのかな?」
どんなに相手に非が有ったとしても、社交界では婚約解消された女性が傷物令嬢として扱われてしまう。
同情している振りして他人の不幸を喜んでいる者達の餌食になってしまうのが『貴族社会』だと読んだ小説には書いてあった。
私がゲーム通り断罪を受け入れるだけで『反撃』をしなかったとしたら、二人は筋書き通り婚約解消せずに結婚したかもしれない。
ゲームのその後の二人は、白い結婚により一年後に離縁する。
イーリアスはヒロインの元へ向かい抱きしめていた。
どんな関係性に落ち着くのか私には分からないが、イーリアスは幸せの終わりを迎えるが離縁された夫人については何も描かれていなった。
はたから見て、婚姻中の彼らは幸せには見えなかった。
イーリアスは常にヒロインを見つめ微笑んでいる。
隣に立つイーリアスのそんな表情を夫人が気が付いていたのかは分からない。
もし私なら~と考えてしまうが、私の価値観で彼らの人生は決定してはならない。
何を幸せに思うかは、彼らのもの。
他人が口を挟むことではない。
挟むことではないんだが、私の『道連れ』作戦に巻き込んでしまったのは事実。
「貴方達は、白い結婚により一年後離縁します。だから今のうちに婚約解消しましょう」
なんて伝えたところで、信じないだろう。
それに殿下と不仲な女から忠告されても、『他人の事よりご自身の事を心配されては? 』と返されてしまえば何も言い返せない。
私の忠告など『自暴自棄で周りも道連れにしようとしている』としか思われないだろう。
あの時反撃せずに、私一人が不幸になっていれば令嬢に不名誉な称号を与えることはなかった。
「『傷物令嬢』と『出戻り令嬢』どちらが傷が浅かったのだろうか?」
いくら考えても私には分からない。
私には前世の記憶が有るため結婚して蔑ろにされて時間を浪費するぐらいなら、面倒な書類の手続きで婚約解消で終わりにさせたいと思ってしまう。
権力者との結婚が全てのこの世界で育った令嬢は今後生きていけるのだろうか?
「まさか……令嬢が修道院なんて事はない……よね……? 」
『婚約者もまともに繋ぎ止めておけない女』
『捨てられた女』
『下級貴族に婚約者を奪われた女』
様々な噂を立てられ行き遅れになると、修道院・愛人・働きに出るしかない。
伯爵は高位貴族にあたる。
そんな令嬢がどこかの屋敷で働けば話題にされてしまう。
そうなると、修道院に入る可能性もある。
令嬢の父親がどんな人物か想像できないが、そんな薄情な人間でないことを祈るしかない。
「秘密裏に誰か調べてくれないかな? 」
私はゲームの内容には詳しいが、既にゲームは終わってしまっているので私の知識はなんの役にも立たない。
アンジェリーナに人脈があれば良い男を紹介するのだが、ゲームの外側の記憶が今の私にはない。
それに、アンジェリーナの周囲に男性の縁があるとは思えない。
潔癖なまでに正論を口にするアンジェリーナは公爵家という事もあり、男性から遠巻きにされていた。
それに悪役令嬢の私が突然男性を紹介したとなれば、絶対に怪しまれるだろう。
やはり私に出来ることは何もない。
「うぅっ……気持ち悪っ……」
ゲームのようにボタンで次の場面に移動出来たらいいのに。
馬車の長時間移動に苦しみ、ベッドに横になり仮眠を取るつもりが夕食を忘れる程眠り続けてしまった。




