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テレンシア・ホフメン伯爵令嬢

〈テレンシア・ホフメン伯爵令嬢〉


 九歳の時に両親と共にゴードン公爵家に伺う。


「テレンシア、彼がお前の婚約者だ」


 突然私達の婚約が決定した。

 私達の出会いは第一王子の側近・婚約者を決定する王宮主催のお茶会。

 伯爵家である私にも王子の婚約者候補の資格があり両親と共に参加した。

 お茶会当日は一人一人丁寧に王子が挨拶に回っていたので私も自己紹介をしたが、その後王子の婚約者に選ばれるような親密な関係にはならずに終わった。


「王子とカストレータ令嬢の婚約が決定した」


 お茶会の後日、王子と公爵家の縁談が決定した報せが届く。

 伯爵家としては、王家と強固な繋がりを持ちたいという欲もなければ、私個人が王子に興味がなかったので選ばれなかったことに対してなんの感情もなく寧ろ安堵した部分があった。


「私は……強くない」


 お茶会の日、強烈な印象を残す令嬢を思い出す。

 その令嬢は王子をも恐れぬ、自信に溢れた行動に目を奪われた。

 誰もが王子を褒め称える中、令嬢だけは周囲に流されることなく自分を貫いていた。

 私は令嬢に気を取られ、あの場にイーリアス様も居たのは記憶になかった。

 私の記憶には無かったが、大人達によりイーリアス様と私の婚約話が既にあった模様。

 

「私のどこを見て判断したのだろう……」


 貴族としてある程度の教育は受けている。

 貴族令嬢は家門存続の為に政略結婚するもの。

 相手の事を知らない間に婚約が決定していても不満はなく、婚約者がイーリアス・ゴードン様で特に異論はない。


「イーリアス・ゴートン様はどんな方でしょう?」


 その後、家庭教師から婚約者について尋ねた。


「ゴードン公爵は国の宰相を務め長年王家に仕え信頼のおける人物です。ご子息のイーリアス様も次期宰相を目指し幼い頃より聡明な方だと聞いております」


「そうなのね」


 そんな方々がなぜ私を婚約者に指名したのかは理解できないが、私は私の与えられた役割を熟すべく様々な教養を身に付け努力を続けた。

 私は彼のように天才ではないので身に付くまで何度も挫折を繰り返す。


 『イーリアス様の隣に立つ為なんだ』


 何度も自分に言い聞かせ、諦めること無く邁進する毎日を送る。


「イーリアス様もきっと挫けることもあるけど、公爵様のようにと日々精進しているはず。私が怠けるわけにはいかない」


 鏡を見て、私はいつも自身に言い聞かせていた。

 辛いのは『私一人ではない』と。

 私達には圧倒的に会話が足りていないのかもしれないが、それでも分かりあえている。

 私達の目指す方向は同じだと勝手に決めつけていた。


「もうすぐパーティーなのに、連絡が無いわ……きっと、お忙しいのよね……」


 私はなにも知らずに卒業パーティーの日を迎えた。

 婚約者がいる者はエスコートは婚約者がするものだが、王子の側近として忙しい彼からの連絡は一切ない。

 私達は婚約してからずっと一定の距離感だったので、卒業パーティーのドレスも宝石もエスコートがなくても気にしないようにしていた。

 いや、考えないようにしていた。


「私は大丈夫……大丈夫……」


 周囲の婚約者のいる女性もパーティーの話で盛り上がる。


『婚約者からドレスが届きましたの』

『馬車で屋敷迄迎えに来て頂きます』

『エスコートのお誘いがありました』


 周囲の令嬢達に私の当日はどうなっているのか尋ねられる。


「イーリアス様はお忙しくて……」


 としか言えなかった。

 彼を信じていないわけではないが、卒業が近づくにつれて不安が増していく。

 私から彼に尋ねていいものか悩むも学園に入学して三年。

 変わらず一定の距離を保っているので私から声を掛ける事に抵抗があり私は何もできず、自分に『大丈夫』と言い聞かせるしかできなかった。


「婚約は簡単に白紙・解消・破棄出来るものではない」


 貴族の結婚はそう言うものだと幼い頃より家庭教師の先生に習っていたので、この関係で婚約が解消になることはないと判断していた。

 この程度の関係で解消となれば、申し訳ないが王子と婚約者の方が絶望的に見える。

 彼らの関係は幼い頃に婚約してから関係を縮めるどころか開く一方。

 それでも婚約が白紙にならないのは、貴族の婚姻は恋愛ではなく家と家との繋がりを重視しているからだろう。


「良くない事を考えるものではないわ」


 私達は平民のように好きな人とは結婚はできないが、貴族に生まれた時点で裕福が約束されている。

 自由な恋愛をしたければ私達貴族は、代償を払わなければならない。

 優遇された扱いや環境を捨てる覚悟で貴族を辞め、平民になるしかない。

 平民は自由である分、保証はされない。


 恋愛を貫く為に、私は平民になる勇気は無い。


 絵本のような恋愛には憧れるが、私は婚約者がイーリアス様で不満はない。

 私達の関係に燃え上がるような愛情はなくとも、穏やかな情を育む事は出来ると信じていた。

 それはきっとイーリアス様も同じ考えではないだろうかと決めつけていた。

 私の両親も政略的なものだったが、仲は悪くはない。

 イーリアス公爵夫妻も同じだと聞く。


 だから、私は自身を納得させていた。


 私は伯爵家の馬車で会場へ向かい、先に会場内にいる生徒の視線に耐えながら私は一人入場する。

 婚約者がいながら私が一人で登場すれば目立ってしまうのは必然だが耐えるしかない。

 彼らの視線から逃れたいが、急いで入場することは品位に欠ける。

 少しでも弱みを見せては今後の社交界に影響を及ぼすと感じ、私は不安を表情には出さず『気品』『優雅さ』を意識して歩き続けた。

 私の小さな矜持。

 拍手で迎えられているが、私が一人で入場することになったのか理由を知りたくて好奇心を押さえられずにいるように見えてしまう。

 だがそれも、忘れてしまう程の出来事が次々に起きた。


『あの方。お一人で?』


 王子の婚約者である令嬢が一人で入場した。


『王子はどうしてあの方と入場を?』


 王子は婚約者ではない別の令嬢と登場している。

 そこには私の婚約者の姿もあり、この為に私のエスコートが出来なかったのかと理解した。

 宰相ともなれば自身より王族を優先しなければならない。

 彼は既にそのような立場にいるので、私がエスコートを懇願しては彼の仕事の妨げになってしまっていたことだろう。

 私の選択は間違っていなかったと安堵するも、この状況はどういうことなのか思考を巡らせる。


「アンジェリーナ・カストレータ。ここで君との婚約を破棄させてもらう」


 卒業パーティーで王子が声高々に婚約破棄宣言をした。

 二人の婚約関係が良好と言えないのは学園に通うものであれば薄々予想は出来ていたが、まさか卒業パーティーという場所でするものではない。

 王子の独断なのかと周囲を見渡すと、そこにはイーリアス様の姿もありその様子を見届けている。

 王子の側近でありながら、王子の愚行を止めない彼の行動が私には理解できなかった。

 彼は私よりも有能でこのような行動には何か意味があるはず。

 私は彼を注視していると、彼と目が合うもすぐに逸らされた。

 そして、王子が婚約者のこれまでの行動を追及すると令嬢は認めた。

 令嬢が認めただけでなく、王子の不貞も暴かれた。


「どうなっているの?」


 品行方正。

 誰に対しても誠実な王子。

 陰では婚約者を蔑ろにし、男爵令嬢と関係を持っていた。

 それだけでは終わらず、男爵令嬢は他の令息とも関係を持っていたことが明らかにされる。

 令嬢と関係を持った令息の中には、私の婚約者である『イーリアス様』の存在も。

 裏切られたという気持ちより、信じられない方がいっぱいだった。


「大丈夫ですか?」


 口元を押さえながら震えている私に心配する令嬢。


「大丈夫よ」


 大丈夫ではない。

 だけど、そう言うしかなかった。

 この場で私まで醜態を晒すわけにはいかない。

 気力を振り絞り、事の成り行きを見届ける。

 よく見ると男爵令嬢の身に着けている宝石はイーリアス様の色。

 偶然だと思いたいが、気付いてしまうと頭から離れない。

 あまりの情報量に状況を呑み込めずにいると、王子の婚約者は自ら地下牢へと向かう。

 その姿は勇ましく、自然と令嬢の道を塞いではいけないと避ける。

 誰よりも美しい令嬢に目を奪われてしまった。


 その後、国王陛下が登場し挨拶するも王子と側近の不貞を聞かされ卒業パーティーを楽しむどころではなくなっていた。

 その様子から卒業パーティーは日を改めて開催されることになった。


「イーリアス・ゴードン令息との婚約は解消となった」


 お父様の執務室に呼ばれ、私の婚約は解消したことを知らされる。 

 卒業パーティーで彼の不貞が公にされ、彼も認めたのは卒業パーティーに参加した者であれば全員が知っている。


「わかりました」


 私はパーティーから帰宅しても、まるで何かの小説の中の出来事のようで実感か湧かずお父様へ報告できなかった。

 私が報告せずともすぐにお父様の耳に入り、婚約について当主同士で話し合いが速やかに行われていた。

 私の婚約なのだが私の意見など関係なく、解消となったこともお父様から決定事項として報告を受ける。

 卒業パーティーで王子の婚約者が公表した内容について確認したところ、イーリアス様は『全て事実です』と両当主の前で認めたらしい。

 貴族にとって恋愛など必要はなく、あるのは家門の利益と繁栄。

 その為に結婚するものと思い、私は恋愛することを諦めていた。

 イーリアス様には恋愛などという無駄な感情は必要ないだろうと決めつけていた。

 私の知らないところで彼は誰かを愛し、そして愛されたかったのだと知る。

 

「私はイーリアス様のことを何も知らなかったのね」


 私は彼の事を分かったつもりでいた。

 卒業し、結婚し、共に国を支えていくことが私達の未来だと勝手に決めつけていた。

 あの方は貴族という立場を捨ててまで欲した女性がいた。

 あの方は、婚約者である私も通う学園という場所で全てを捨ててしまえる人に出会っていた。

 私は彼の事を分かった気になっていただけで、何も知らない。

 だって、私達はそんな会話すらしたことがないから。

 私はあの方と同じものを目指していると思い込んでいたが現実は全く見えておらず、私達よりも拗れていると思っていた王子の婚約者の方が相手の事を真っすぐ見ていた。

 それだけでなく、私の婚約者の不貞まで知っていたなんて……


「あの方とお話しできないかしら……」

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