納得のいかない者 2
〈マーベル・マヤウェ〉
国王から「処罰が決定した」と屋敷に王宮騎士団が先触れもなく現れ、私は拘束された。
「国外……追放……」
抗うことも許されず私は馬車に押し込められた。
「どうして……? 」
国外追放は悪役令嬢の結末なのに、何故私が追放されるの?
あそこまで順調にいっていたヒロインのエンドに『追放』なんてものはない。
「私はこの世界のヒロインなのよ」
どうしてこんなことになるのよ。
うまくいっていたじゃない。
私はゲーム通り完璧に熟した。
なのになんで?
「手紙ってなんなのよ? そんなの設定に無かったはずよ。誰よそんなもん出したの、ふざけんじゃないわよ」
学園入学直前、前世で体験したゲームのヒロインに転生したことに気が付いた。
何度もプレイしたので、セリフも覚えている私には攻略対象一人なんて勿体ないことはしない。
全員を手に入れ、私が王妃になるのは簡単なこと。
「この世界で誰よりも幸せになれるのは私なのに……」
答えの知っている恋愛ゲームを進めながら、それでも慎重に行動してきた。
私はヒロインだけど悪役令嬢も転生者というのは今ではセオリーみたいなものなので、『ざまぁ』されないようにゲームと違うところだけは細心の注意を払っていた。
些細な違和感さえ見逃さないように。
特に悪役令嬢には気を付け見失わないよう行動も令息達を使って監視していた。
観察した結果、悪役令嬢は間違いなく『ゲーム通り』。
私がこの世界で悪役令嬢に『ざまぁ』されることは無いと確信していた。
「なのに……最後の最後でなんなのよっ」
乙女ゲームで一番の盛り上がりを見せる悪女断罪で、まさかの逆転劇が起きた。
順調に卒業パーティーで悪役令嬢のこれまでの悪行を暴いてやったのに。
あいつも私への嫌がらせを認めた。
「それなのに、何で私が謹慎を受けなければならないの? どうしてよっ」
アンジェリーナは恐らく転生者ではない。
転生者であればあんなにゲーム通りに私への嫌がらせを行えば、どうなるのか知っていたはず。
ゲームの悪役令嬢は、断罪されると国外追放を受けその後は描かれていない。
転生者がいつ前世の記憶が戻るのか分からないので、攻略が順調でも用心していた。
「転生者は……主要人物ではなかったってことよね……」
何処かにゲームをよく知る転生者が学園内部にいた。
ゲームの通りに進める事で私の油断を誘い、卒業パーティーで私に対して『ざまぁ』するのが目的。
私に恨みがあるのか、悪役令嬢を助けたかったのか、単にこのゲームをぶち壊したかったのか……
どれかだったとしても、私は完全に浮かれ踊らされ転生者を見落としたことになる。
「くそっ……っぅ……」
思わず馬車の椅子を叩いてしまったが、私の手を痛めるだけの結果だった。
王族の馬車なのに貴族が使用するとは思えない程座り心地が悪く、窓も小さく鍵も外からしか開かない仕様。
このような馬車が何を意味するのか……
「キャッ」
突然馬車が大きく揺れ、停車する。
施錠が解かれ重苦しい扉が開くと、目付きが鋭く剣を携えた恐ろしい男が待ち構えている。
騎士服を着ていなければ盗賊と勘違いしてしまうような威圧感を放つ男。
恐怖を感じながらも『誰かに似ている』と脳裏を過るも、そんな事よりもこれから自分がどうなるのかを考えなければならない。
「おい、出ろ」
男の言葉に逆らうことなど出来ず、ゆっくり時間を掛けて馬車から下りる。
あたりを見渡せば、ランプだけでは薄暗いが森の中のように見える。
男爵家から馬車に押し込められ、何日も過ぎていた。
馬車の中には少しの食料と水が準備されていたので、警戒していた食料だったが空腹に負け口にしていた。
「ここは……」
あたりを見渡せば真っ暗。
『まさか、こんな場所で置いて行かれないよね? 』という願いを込めて、恐る恐る男の顔を下から見上げるとランプの光の具合で更に恐ろしさを増していた。
『お前に恨みがあった』と言われてしまえば納得してしまう程の恐怖を男から感じる。
「ここが国境だ、あとは歩いていけ」
「……国……境? 」
国王の下した処罰は『国外追放』。
ここは国境。
一歩出れば国外。
てっきり、隣国の何処か小さな町まで送ってくれるものだと思っていた。
こんな森の中で置き去りにされたら、遭難か追いはぎ……
最悪、殺害されるのどれかだ。
運よく町に辿りつけるなんて思えない。
そんな恐怖から、目の前の凶悪顔の男に胸の前で両手を握りしめながら助けを求めるよう見つめた。
「おい」
可哀想なヒロインを助けるのは何も攻略対象者だけじゃない。
男なら可愛らしい女性が助けを求めたら助けてしまうもの。
だって私は……
ヒロイン
助けてくれるよね?
男の顔を見つめる。
「はい」
顔の怖い人間は可愛い女性に真っすぐ見つめられることなんて滅多にないだろう。
私を助けてくれたら手を繋いであげてもいいと思っているわ。
色々助けてくれるなら頬にキス位も考えるけど、それはかなりのご褒美よ。
私はもうあなたの事怖くないわ。
貴方はきっと、顔は怖いけどいい人なのよね?
ヒロインと接触できるんだもの。
私は貴方の事を受け入れるわ。
人は見た目じゃないもの。
もしかしたら、隣国の偉い人だったりするんじゃなくて?
「……二度と我が国に戻るんじゃない。次に我が国でお前を見つけた時、無条件で首を刎ねる。理解したのなら、さっさと行けっ」
予想外の男の言葉に、ガタガタと全身が震え出す。
面と向かって『首を刎ねる』と言われた経験なんて悪役令嬢じゃないんだから、あるわけがない。
思うように動かない体でゆっくり後ずさり、足が動くようになると駆けていた。
「今、あの男は私に言ったの? ヒロインの、この私に? 」
受け入れることのできない言葉が何度も頭を巡りながら、いち早くこの場を去る為に足を止めなかった。
途中、男が追いかけていないのか振り向いて確認する。
「……来てない」
安心するも、私は足を止められなかった。




