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王宮にて

 <王宮にて>


 事件が解決するも不安は拭えていなかった。


「両国で誘拐された者を乗せた馬車が検問を通過できたのは、我が国の方は国境警備兼検問を任されているアセッドイン侯爵がドレスト伯爵の馬車を黙認していた」


「何故そんな事を? 」


 アセッドイン侯爵は王族派と言われ、ドレスト伯爵とも親密な素振りなどなかった。


「何年か前にアセッドイン侯爵の領地で災害が起き、多額の負債を背負ったそうだ。誰にも相談せず爵位を返還しようとまで考えていたところ、ドレスト伯爵が数年間に渡って支援してくれたそうだ。その恩もあり、ドレスト伯爵に関する荷物の検問を黙認していらしい。中身を確認してしまえば罪の意識に苛まれると思い、一度も確認したことは無かったそうだ」


「……そうですか」


「本人は処罰を望むも、こちらとして今回の事件について公どころか書類にも記録として残すことが出来ないので、彼は国境警備を離れ爵位を自らの意思で返還してもらう事となった。夫人とは離縁し、子供は夫人と共に生家に戻るそうだ」


 今回の事件は多くの貴族が巻き込まれ過ぎてしまった……

 しかも王族の婚約者までもが巻き込まれた。

 その事で「そんな令嬢が王子の婚約者には相応しくない」と自信の娘や養女を新たな婚約者にと画策し異議を申す家門も現れる可能性がある。

 様々な問題を考慮し、今回の事件はできるだけ内密に処理をする方向に三人は動いている。


「ヴァージル兄さん、留学中のドレスト伯……ドレストの息子は消息がつかめていないらしいね」


 報告するのはアビゲイル。

 今この部屋にはヴァージルとスタンリー、アビゲイルの三人。

 ワイアットは婚約者の母国シュタイン国を訪れている。


「彼の捜索は打ち切る。二度と我が国に訪れる事はないだろう」


「……ヴァージル兄さんがそう決断するのなら覆すつもりはないが……」


 二か国を追い詰めた男の息子、野放しにするのは危険すぎるとスタンリーは懸念する。


「彼が何か計画を立てるにしても標的は王族と貴族、計画を成功させるには必ず貴族と接触するだろう。接触した時にはすぐに連絡が入る」


「連絡? 密偵を付けているのですか? 」


「いや……彼にではない。誘拐され、アヘンが手掛かりとして残された貴族についてだが、目撃者もおらず犯行は鮮やかで完璧な手口だったので屋敷に内通者の存在が考えられ徹底して身辺調査したところ、使用人・料理人・庭師・出入り業者……至る所にドレストが領地で教育した者が雇われていた」


 ヴァージルの手にした事実に二人は驚愕する。


「そんなに……」


 誘拐された貴族の数は少なくないし、狙われたのは高位貴族。簡単に入り込めるような場所ではない。

 ドレスト伯爵は長い月日をかけて復讐の準備をしていた。


「常に貴族の情報がドレストのところに流れていたわけだ……」


「……だから、ここまで事件が発覚しなかったのですね」


 最初の誘拐と確認できているのは二年程前。

 だけどどの家門も表立った捜索はせず、「留学」「療養」と発表され貴族達も変わりない様子で社交界を過ごしていた。

 弱みを見せる事を極端に避ける貴族の思考を利用されたと言える。


「ドレストに教育され情報を提供していた者達は処分ですよね? 」


「いや、その者達は王家が管理し今も変わらず働いている」


 《《今も変わらず》》というのは、情報元で働いているという事。

 貴族達は子供の誘拐に関与した者を未だに疑うことなく雇い続けている事になる。


「それは……」


「今後二度と同じことがない為の監視だ」


 ヴァージルの言葉は「王家は貴族の徹底管理を行う方針」と宣言。

 犯罪を画策する貴族もそこに協力する貴族も全て、彼ら内通者から情報を仕入れるつもりらしい。

 この決定事項をスタンリーとアビゲイルに伝えるという事は、ヴァージルの中では家族として信用しているという事。


「それと、ドレストの屋敷だが……」


「解体でしょ? 」


 先程から「処分」「解体」と口にするアビゲイルは、相当ドレストを憎んでいる。

 それも、そうだろう。

 愛しい婚約者に「アヘン」が盛られたのだから。

 その事実を思い出させるようなものは全て排除しようと考えている。


「そう簡単なものでもない」


「どうして? 」


 不服そうなアビゲイル。


「……ドレストが屋敷に何らかの資料を隠している可能性もある。もし、それが解体中に発見され他人の手に渡ったら面倒だ」


「確かに……そうですね」


 ドレストは常に用意周到。

 夫人と息子を逃がすために王都から領地までの逃走経路を準備していた。

 そんな伯爵は屋敷の管理も入念でどこに何が隠されているのか、時間を掛け騎士に捜索させたが何も出てこなかった。

 無いのなら問題ない。

 だがドレストが亡くなり家族も行方知れずとなった今、無いことを証明するのは難しい。

 ヴァージルの言葉にアビゲイルも冷静さを取り戻す。


「では、どうしますか? 」


 二人の会話を聞いていたスタンリーが尋ねる。


「ワイアットの新居にしようと思う」


「新居? 新婚夫婦に押し付けるんですか? 」


 基本的には兄の決定には従っていたスタンリーだが、新婚夫婦に大規模犯罪を犯した者の屋敷を贈るのは如何なものかと困惑する。


「仕方がない。ワイアットの立場が一番自然だからな」


「……まぁ。私は既にミューリガン公爵を継いでいますし、それはアビゲイルもブルグリア侯爵として侯爵家に……」


 それらを考えればワイアットに贈るのが自然と言える。

 だが、そこには問題も含まれている。


「ヴァージル兄さん。アンジェリーナ嬢は今回の事件解決に重宝したが、過去の王族の失態は話してないよ。令嬢の正義感がどう働くか……」


 この場にいる三人はアンジェリーナの能力を高く買っている。買っているからこそ、今回の問題に対しては危険人物ともいえる。

 ドレストが何を屋敷に隠しているのか……


「そこはワイアットに監視させるつもりだが、アビゲイルの婚約者とも仲がいいのだろう? 」


 ヴァージルの発言は、アビゲイルの婚約者も「監視役に回れ」という意味だ。


「……エメラインを利用するのは望みませんが、ルースティンの婚約者とも仲がいいのでそちらに対応させますよ」


 アビゲイルは王族の失態について重く受け止め王族の権威の為に動くつもりだが、そこに愛しの婚約者を巻き込むつもりはない。


「あぁ、今回の事件でアビゲイルの補佐したフォーゲル令息だが、彼も監視対象だからな」


 いくら今回の事件の立役者の一人とは言え、何が切っ掛けで敵対するか分からない。

 過去のドレストのように……


「はい、承知しました」


 アビゲイルもそこには納得の様子。

 三人は国にどれほど貢献しようと、貴族を信用することは無い。

 信用するのは家族と愛する者のみ。

 それを痛いほど痛感した事件ともいえる。

 その愛する家族の一人が危険人物に値するアンジェリーナを本気で慕っている。

 その思いを尊重してやりたいという気持ちと王家の存続を天秤にかけている。


 ワイアットは人一倍正義感が強い。

 愛する者の為に父と祖父の過ちを正そうと行動する可能性がある。

 それが、兄弟三人と対立することとなっても……それが分かっている三人だからこそ、この場にワイアットがいないことに安堵する。



 <ヴァージル・サーチベール 国王>


 ワイアットは兄弟の中でも正義感があり、アンジェリーナ嬢は相手が王族であろうと毅然とした態度を崩すことはない。

 そんな二人があの屋敷で何かを発見した時、隠蔽することはないだろう。

 それでもあの屋敷を託したのは、どこかでこの事件を公表すべきと思っているからかもしれない。


「『アヘン』は多くの貴族を蝕んでいた……」


 というのは詭弁だ。

 発端が王族だと知られた時、貴族からの反感は免れない。それらを避けるために事実を伏せ、『多くの貴族を守る為だ』と自身を騙した。

 もし、ワイアットとアンジェリーナ嬢がドレスト伯爵の屋敷で何かを発見した時、王族の失態は明るみとなり今日の私の判断は間違っていたことになる。

 だが、今後何も発見されなければこの事件はこれで解決……私は間違っていなかったとなる。


「私も父や祖父と同じ人間だな……」


 ワイアットは曾祖父に似ていると幼い頃から言われていた。

 国の面積も人口も財政も足元に及ばないエーバンキール国と我が国が渡り合えていたのは、曾祖父の手腕だと言われている。

 今回のドレスト伯爵の起こした事件、すべてワイアットに託すことにした。

 ワイアットが今後どんな判断をするのか……

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