受け入れる者 2
〈イーリアス・ゴードン〉
卒業パーティーで醜態を晒した事により、婚約者とは僕の有責により婚約解消となった。
当然だが、相手は何も悪くない。
非は一方的に僕にある。
婚約解消による傷はそれほど大きくはないだろう。
だからと言って僕のしたことは許される訳ではない。
次期当主の座は弟に変更となり、その事に対し異議はなく後悔もない。
自身の愚かな行為の代償であり、全てを受け入れている。
少し……ほんの少しだけ、気持ちが軽くなったように感じていた。
幼い頃より父のように公爵を継ぎ、宰相となり国に仕える事だけを考え脇目も振らずに生きてきた。
そこに疑問を抱くことなく、父の背中だけを追いかけ歩いていた。
だが、ある時から学べば学ぶ程、父という存在が遥か遠くにいるようで重圧を感じ始めた。
そしてそんな父に見初められた婚約者も、自身の立場を強固にするために選ばれた人。
「イーリアス、こちらがお前の婚約者だ」
令嬢の第一印象はとても静かで穏やかな人。
不満はなかった。
パトリックの婚約者であるアンジェリーナ様と先に対面していた為、言葉は悪いが邪魔にならない女性で良かったというのが本音。
いずれ一緒になる女性なので疲れたり面倒と感じる相手だけは避けたいと願っていた。
そんな思いから、婚約者となった女性との接触は最低限のものに。
令嬢が原因などではなく、女性に対して興味が全く無い。
「イーリアスは令嬢と良好なのか? 」
王宮に父と出向いた際、国王陛下に私と婚約者との関係を尋ねられた。
その時は王子と婚約者の仲と比較する為に尋ねられたのだろうと思い込んでいたが、その頃から私達の婚約関係は周囲から懸念されていたのだろう。
僕の第一優先は公爵となり、パトリックの補佐として宰相となることに重点を置いていたので婚約者に対して時間を割くようなことはしてこなかった。
学園でも優秀な人材と繋がりを持つことを優先し婚約者とは接触しなかった。
「ん~、届かない……」
いつものように図書室で調べ物をしていると、隣の女生徒が高い場所の本を取ろうとしていたので代わりに取ってあげたのが出会い。
普段なら手伝うことは無いのだが、明らかに周辺の本にも被害が出るように飛び跳ねていたので目障りで排除したに過ぎない。
彼女の第一印象は『脚立もなく最上段の本を取るのは不可能なことに気が付かない愚かな令嬢』であり
「学園にここまで低能な人物がいるとは……」
と呆れたものだ。
その後、お礼がしたいとクッキーを差し出されたのだが、断った。
それから試験前には図書室で勉強する姿を目撃するも接触はせず、彼女は学園最初の試験で二位という成績を収めた。
彼女の事をよく知りもしないで否定していた分、申し訳なさから好感を抱くように。
他の令嬢とは違い集団になることもなく一人で己の道を行く彼女を認めるようになっていた。
「どうした? 何かあったのか? 」
二回目の試験に備え図書室で悩む彼女に僕の方から声を掛けていた。
あれから二人で放課後試験勉強するようになったが、約束した訳でもなく自然と隣に座るようになっている。
その頃には彼女が隣にいることになんの抵抗もなく僕の方から彼女に声を掛けることもある。
以前断ったクッキーも食べていた。
店で手配した物や、信頼のおける料理人の物しか口にしなかったのに彼女の手作りのクッキーを口にしていた。
「マーベル……」
彼女と口づけを交わしたのは自然というか、気が付いたら触れていた。
婚約者でさえ名前を呼ぶことは無いのに……
その頃の僕は友人としてマーベルに接していたのか、本当に好きだったのか今ではわからない。
きっと僕にとってマーベルは、重圧から目を背ける為の道具に過ぎなかったのかもしれない。
現にマーベルと親密になりながら婚約関係を終わらせようなんて考えたことは一度もない。
寧ろ、結婚は婚約者としか考えていなかった。
「僕なんかと婚約したばかりに……」
今さらだが令嬢との時間をもっと取るべきだったと反省している。
マーベルとの時間を自身の婚約者に使うべきだったのに……
気づいた頃には、何もかも手遅れ。
「どうして、あんなことになってしまったんだろう? 私は、パトリックの婚約を解消させ、マーベルを王妃にするつもりだったのか? 」
謹慎している今では、何故卒業パーティーであんな愚かな行為をしてしまったのか理解できない。
あの時は、あれが正しいと感じ、マーベルの傍にいたいとしか考えられなくなっていた。
「もしかして、これが恋というものだったのだろうか? 」
話では聞いたことがある。
『恋は盲目』『人は恋した相手によって変わる』と聞く。
その現象が私にも起きたのだろうか。
マーベルに恋したことで、今までの努力が無駄になってもいいほどマーベルの事を自分でも気が付かない程愛していたに違いない。
恋が終わった途端、目が覚めた気分だ。
冷静になった頭で思うことは……
「元婚約者には……幸せになって欲しい」
それだけ。
愚かな僕の婚約者になってしまったばかりに、令嬢の経歴に傷が付いたことだけが申し訳ない。




