返り咲き
貴賓室というのか、他国の重要人しか使用を許されない控え室にワイアットの二人で使用している。
アンドリューとお父様も使用可能なのだが、その姿を貴族に目撃されパーティー開始前に噂にならぬよう高位貴族が使用する控え室を利用している。
コンコンコン
ノックの音で私達の入場の時間なのかと腰を上げると、登場したのは呼びに来た使用人ではなく護衛を引き連れた国王陛下だった。つまり、元婚約者のお父様。
「パーティー開始前に、少しだけ時間をいいかな? 」
陛下自ら登場されて断ることは出来ない。
「はい。本日は……」
「いや、そのような挨拶はいい」
どんな状況であっても、王族に臣下が挨拶するのが礼儀で私も決まり文句のような挨拶を試みるも制され座るように促される。
仕草だけで「座りなさい」と無言でされても陛下が先に座るまでは待ち、陛下が座ったのを確認してワイアットと同じソファーに着席する。
「今回アンジェリーナ嬢の婚約、大変喜ばしく思っている。令嬢にはパトリックの件で多大な迷惑をかけたことで、何かしら謝罪をしなければと考えていた。今回令嬢とワイアット王子の婚約発表の機会を頂き光栄に思う」
国王の息子は「騙された」と今でも主張しているのかもしれない。王子を謀った令嬢は側近にも手を出していた……にもかかわらず、王子は婚約者を悪者として一方的な「婚約解消」を卒業パーティーという場所で宣言した。
多くの貴族の前で行われたにも拘らず、浮気されて捨てられた婚約者は「王都追放」……貴族社会での「死」ともいえる処罰を下しておきながら、今さら「謝罪」の言葉は白々しい。
「私共の婚約を発表する機会をいただけてこちらこそ感謝いたします」
私が何も言い返せないでいるのを、すかさずワイアットが王族の余裕で応える。
「……二人の入場は、私が挨拶し紹介してからの入場となる」
「はい」
私達の登場の打ち合わせをし終えると、使用人が現れ準備が整った事を告げられる。護衛として配置されている騎士が国王の後ろを歩いていく私達二人に気が付くと視線だけで確認する。全員とは言わないが、その騎士の中には王都追放された私の存在に気が付くと目を見開いていた。
国王両陛下が入場し、私達は幕の裏で紹介を待つ。
「本日はサーチベール国のワイアット王子と、婚約者となった令嬢を招待している」
王族の言葉で盛大な拍手の中、私はワイアットのエスコートで壇上へと歩いていく。
私が一歩また一歩と踏み出していくと、何かに気が付いた貴族の拍手が次第に小さくなっている。
「サーチベール国から来ました、ワイアット・サーチベールです。本日は私達の為にパーティーを開催していただきありがとうございます。この度、私の婚約者となった令嬢を紹介させて頂きます」
ワイアットと一度視線を交わしてから会場内を見渡し挨拶をする。
きっと、この会場には私の「道ずれ」で婚約解消となった令嬢達がいるはず。
令嬢達の為にも私は堂々と宣言する。
「アンジェリーナ・カストレータです」
半信半疑である貴族の為に私が名前を宣言すると、彼らは分かりやすく驚きの表情を見せる。ある事情で「王都追放」となり、経緯を知っている者は私の名前を口にするのを控えていた。理不尽と感じていても国王陛下が下した決断に意を唱える者はいない。
なのに王都追放とされた令嬢が王宮に登場した。それも国王の紹介で登場する事態を目の当たりにした貴族達は状況を理解できずにいる。そしてそれだけでなく、もう一人の人物まで登場する。
「ナサニエル・エーバンキールです。本日は二人が婚約発表すると報せを受け、是非パーティーに参加したくエーバンキール国より窺わせて頂きました。アンジェリーナ嬢には我が国として感謝してもしきれぬ恩があり、今回シュタイン国まで直接祝いの言葉を述べさせてもらう時間を頂いた。アンジェリーナ嬢の存在でこの度、エーバンキール国としてはシュタイン国とも友好な関係を築きたいと思っている」
エーバンキール国の王子が他国の令嬢の婚約を祝う為にわざわざ直接訪れる事がどれほどの意味を持つのか……アンジェリーナはサーチベール国の第四王子と婚約し、更にはエーバンキール国の王子に直接祝われた事で二か国の後ろ盾を持っているとシュタイン国の貴族に示すことになった。
シュタイン国の貴族のアンジェリーナに対する印象は「婚約解消」され「王都追放」を言い渡された令嬢から、二か国の後ろ盾を手に入れた令嬢として返り咲いた瞬間だった。
これにより、アンジェリーナ・カストレータの王都追放は撤回。
処罰に関する一文も記録上から抹消された。




