受け入れる者
〈パトリック・ブルーム・シュタイン〉
「誠実……」
婚約者に突きつけられた言葉が頭を巡る。
思い返せばアンジェリーナ嬢との婚約が決まってから逃げるだけで、私から令嬢と向き合った時間を思い出せないでいる。
令嬢の話はいつも私を否定する発言が多かった。
あまりにも私が令嬢の思い通りに動かないものだから、次第に『私のお兄様なら~』と家族を引き合いにだし『お兄様なら私を優先してくれる』と幼い頃は癇癪を起していた。
成長するにあたりワガママは潜めていたが、私はいつまでも子供の頃の記憶に縛られていたのかもしれない。
「そういえば、最近は聞いていない……いや、令嬢と話していなかったか……」
学園で長い時間令嬢と同じ空間にいるのを恐れ、私は生徒会室に逃げるようになっていた。
学園で令嬢を極端に避けていたのを思い出す。
令嬢が生徒会室に押しかけてくることは無く、学園ですれ違っても挨拶を交わすのみだった。
「……あぁ、そうだ」
私は令嬢から逃げたのではなく、令嬢の『お兄様~』から逃げていたんだ。
令嬢の兄は王宮でも耳にするほど有能な人材で、知識だけでなく剣術にも長けており人格者でありまさに理想的人材。
どの部署の人間も彼を欲していた。
だが、いくら彼に直接打診しても頑なに断られていた。
「これであの方の王宮勤めが決定したな。後はどの部署が獲得するかだ」
私と令嬢の婚約が決定し、妹の為に令息が王宮勤めも了承してくれるのではないかという考えからだと話すのを聞いてしまった。
幼いながらに、令嬢の兄を手に入れる為の手段にされていた事に落ち込んでいた。
婚約者の令嬢からは優秀な兄と比べられ、王宮の官僚達からは人材確保のために利用され。
その事実から目を背けたくて逃げていた。
その事に気が付いてから無意識に、令嬢の粗探しをするようになっていた。
令嬢の『周囲を寄せ付けない態度』、『威圧的な振る舞い』、平等を掲げる学園においてあからさまな『貴族意識』。
私が令嬢を見てため息を吐くと周囲は私達の仲が良好でないのを察する。
そして現れたのが平民の彼女。
「初めまして。私、マーベルって言います」
彼女は学園に入学する一年程前に男爵家の養女となった者。
元平民という立場でありながら学園の生徒の心を掴み始める。
特に驚いたのが、剣術にしか興味のないトラウデンや気難しいイーリアスとも私の知らないうちに友人関係になっていた。
彼女といる私を見つけると、アンジェリーナが睨みつけるのに気付く。
その姿に気分が良くなり、次第に彼女を『マーベル』と呼び昼食や放課後を共に過ごすようにまでなった。
その光景は自然と周囲に噂されるようになり、マーベルが令嬢達から嫌がらせを受けていると話す。
犯行を目撃し令嬢達を問い詰める。
「婚約者様がおかわいそうで……」
令嬢達は『婚約者』と言っただけで、『アンジェリーナ』とは言っていない。
それなのに私は裏でアンジェリーナが令嬢達に指示しマーベルに嫌がらせしているのだと結論付けた。
王命により調査を請け負った者からの話では、アンジェリーナとは関係なく、マーベルが親密にしていた商人の息子の婚約者の為だったと判明。
「イーリアスとトラウデンの他にも親密な令息がいたのか……」
私はアンジェリーナの粗さがしばかりに気を取られ、本来行うべき信頼すべき人間の事前素行調査をマーベルにはしなかった。
優秀な人材の妹がこんな愚かな行為をする令嬢だったという事ばかりが頭の中を占め、私は婚約者を直接尋ねマーベルへの嫌がらせに言及していた。
「マーベル? どちら様ですか? 」
本当にマーベルを知らない婚約者に、その時の私は見え透いた嘘を吐くものだと内心嘲笑っていた。
有能だと噂されていた令嬢の兄も周囲を言葉巧みに利用し偽の情報で地位を築いたのだと決めつけ、令嬢の行動には注視しつつ同時に元平民のマーベルとの関係を示すように。
「婚約者以外の特定の令嬢と親密にされては在らぬ誤解を生みますよ」
アンジェリーナの助言は今思えば正しい事だと分かるが当時の私は令嬢の言葉は嫉妬や虚栄心からくるものと受け取り聞く耳を持たず。
その後学園が長期休暇になりパーティーシーズン。
令嬢からの手紙が届き内容はパーティーでのドレスや宝石、当日は公爵家の馬車で会場へ向かうがエスコートは可能なのかの確認だった。
「やはり令嬢もまた私との婚約者という立場が欲しいだけで、私には興味はない」
アンジェリーナ嬢にとってそれら全ては虚栄心を満たす為のもの。
私自身がアンジェリーナ嬢の装飾品に過ぎず、王族が貴族に利用されている事に恥ずかしさを感じていた。
令嬢との時間は苦痛でしかなかい。
私からの婚約解消はあっても、アンジェリーナ嬢からの婚約解消はあるはずがないと決めつけていた。
アンジェリーナ嬢の選択肢に公爵家・侯爵家に嫁ぐなどは無く『次期王妃』しか目指していないと決めつけていた。
「学園でも私の婚約者という立場を持ち出すな」
なのでこの頃の私は、令嬢を蔑ろにして満足していた。
私が令嬢に無礼な対応をとると、貴族も私に倣うように振舞う。
そのことで、彼らもアンジェリーナ嬢になにかしらの想いはあったのだろう。
私が粗雑に扱ってもアンジェリーナは私から離れる事は出来ず、私が女性と親密になろうと強くは出れない状況に満足していた。
そして卒業パーティー。
「アンジェリーナ・カストレータ、今日をもって貴様との婚約を破棄する。そしてマーベルへの嫌がらせも認めるんだ」
私の言葉がどれほど周囲に影響を及ぼすのか理解はしている。
なので、公爵家が頭を下げるのであれば『お飾りの王妃』にさせ有能な人材を王家で囲い、私はマーベルと共に過ごすつもりでいた。
まさかアンジェリーナ嬢が『王妃』という立場を捨ててでも、私と『離れる』選択をするほど追い詰められていたとは思わなかった。
気の強いアンジェリーナ嬢が傷ついているとは微塵も考えが及ばず、令嬢を傷つけている事にも気付かず、私は卒業パーティーという本来なら晴れやかな場で関係ない人間も巻き込み断罪した。
それらの行為全てが間違っているとは疑わず、それどころか正しいとさえ感じていた。
「罰が下ったな」
マーベルは私だけでなくイーリアスにトラウデンとも関係を結んでいた。
今思い返せば、二人と親密すぎるとは感じていた。
平民から貴族になり学園では複雑な家庭環境から馴染めずにいながらも一人努力する姿勢。
周囲から様々な仕打ちにも耐えるも悩みなどは一切見せず、私の苦しみを察し明るく振る舞う姿に惹かれていた……
私だけと思っていた彼女の優しさは、不特定多数の人間にも与えていたらしい。
思い起こせば、彼女の周囲には女性はおらず男性しかいなかった。
彼女が魅力的だから自然と人が集まるのだと勘違いしていたが、そういう事だったのか……
「なにも知らずに多くの生徒の前で恥を晒したわけだ……」
婚約者の兄に対抗するべく行動した結果、間違った方向に走り側近と共に堕ちていった。
婚約者一人『誠実』に対応できないようであれば、国民からも支持されることはないだろう。
「私は全てを失うのか……」
数週間が経ち、国王から直接処分が下された。
「王位継承権は一時保留。辺境の地で成果を上げよ」
国王が下した決定は、噂が落ち着く暫くの間は『王都に戻って来るな、存在を消していろ』そういう意味だろう。
私だけでなく側近のイーリアスとトラウデンも跡継ぎ失格の烙印を押された今、王位継承争いをきっかけに派閥がより一層分断され国を混乱に招く恐れがある。
『国を護り、民を導くことだ』
幼い頃の父との会話。
『王様はどうするのが一番良いの? 』
私は婚約者を護ることも出来ず、側近の人生も不幸へと導いてしまった。
「……二人とも、すまない。父上……ごめんなさい」




