父として
〈卒業パーティーから数週間後の執務室、国王陛下視点〉
「アンジェリーナ嬢の元に届いたという手紙は一通も発見出来ませんでした。令嬢自身も手紙は全て捨てていたと話しています。ですが、アンジェリーナ嬢の発言は全て事実だと王子もイーリアスもトラウデンも認めております。誰がなんの目的で令嬢にそんな手紙を送ったのかは、まだ確認は出来ておりません」
イーリアスの父、ゴードン公爵が今回の調査を責任持って行うこととなった。
次期宰相の座を狙っている者からは
『身内が調査されてはどんな結果でも不信感を拭えません。別の者が担当するべきです』
もっともらしい意見もあったが、公爵は頑なに譲らず。
『私は息子だからこそ厳正に調査することを誓う』
宣誓。
『何か調査不足があった場合、宰相の職 任 を辞する』
宣言したので誰も止めることが無かった。
「そうか……ふぅ……」
私はゆっくりと深い溜め息をついた。
「ゴードンは、イーリアスをどうするつもりだ? 」
息子である王子の愚行に巻き込まれたというより、ゴードンの息子も当事者と言える。
同じ立場であるゴードンの意見も、親として聞きたかった。
「イーリアスはこちらの有責により婚約解消させ婿養子に行かせるつもりですが、相手が見つかるまでは次男の補佐につかせるつもりです。公爵家はエルビンに継がせます」
息子の話なのに表情一切変えず淡々と告げる。
こういう時、ゴードンの頭の中を覗いてみたいと昔から思っていた。
「……そうか」
イーリアスはパトリックの側近として幼い頃から知っている。
イーリアスが側近なら私とゴードンのように国の未来のために尽力すると確信し安心していた。
真面目で堅物、遊びの無い男なのは『血筋だなぁ』と思っていたが、まさかこんなところで躓くとは……
学園で多くの令嬢と接したところで、婚約者がいる身で愚かな行動をするとは微塵も考えていなかった。
「トラウデンの方はどうだ? 」
「シャガールはトラウデンを廃嫡するそうです。騎士の忠誠をあのような女に捧げ、事の重大さを人生で理解させると語っていました」
トラウデンも幼い頃から騎士団長である父親に憧れ、日々鍛練を欠かさなかった男。そんな男が娼婦のような女に嵌り訓練を欠席していたことも今回のことで判明した。事実に激怒したシャガールは息子を鍛え直すか悩んだ末、廃嫡を選択。
「そうか……揃いも揃ってあのような女に唆されるとはな……」
あんな女一人に将来有望な若者を潰されるとは思ってもいなかった。
「……王子の方はどうなさるおつもりですか? 」
ゴードンは息子だけでなく、パトリックに対しても厳しい目を向けている。
「あれは一時的に辺境に送る」
甘い処分だとは感じている。
だが、この程度で王位継承権を放棄させるわけにはいかない。
辺境で実績を積み、噂を払拭できた頃に戻せば問題ない。
その時、イーリアスも補佐官という道もある。
完全に絶つ必要はないだろう。
「アンジェリーナ嬢は、いかがなさいますか? 」
こうなってくるとアンジェリーナが被害者に見えてくる。
愚かな婚約者を連れ戻そうと強引な手段に出るのは次期王妃に相応しいとは決して言えないが、パトリックに自身の立場を分からせようと必死だったのは伝わる。
あの女が側近にも手を出してるのを最後まで言わなかったのは、パトリックの為だろう。
パトリックがアンジェリーナを受け入れていればこんなことにはならなっただろうに。
「アンジェリーナ嬢はまだ貴族牢か? 」
断罪したパトリックの判断かと思っていたが、自らの意思で入ったと聞く。
誰に対しても厳しい人間とは感じていたが自身にも厳しい者だ。
「いえ、地下牢です」
「……地下牢……地下牢に入れたというのか? 」
アンジェリーナ嬢は自ら牢へと聞いていた為、てっきり貴族牢の方かと思い込んでいた。
まさか自らの意思で地下牢へ行くなんて考えられない。
貴族であれば貴族牢に入る事さえ我慢ならないというのに、地下牢。
地下牢は整えられ清潔に保たれた貴族牢とは比べ物にならない程の劣悪な環境。
重罪人や暴れて危険人物と判断された者が入る。
それを令嬢自ら向かうとは思えず再び尋ねてしまう。
「はい、令嬢が自らの意思で地下牢へと向かいました」
自身を蔑ろにしていた男が他の女と不貞を働いていた。
相手の女に忠告するも全く改めず強硬手段として嫌味に教科書などの破損、噴水に突き飛ばし最後は階段から転落させたと報告を受けている。
確かに階段から転落させるのは殺人未遂の為処分を重くせねばならない。
だが報告書によると、目撃証人はおらず女の言葉だけ。
更に言えば突き飛ばされたあの女は『無傷』とある。
怪我の大きさの問題ではないが、一切怪我をしないと言うのもおかしな話。
「アンジェリーナは報告書の通り全ての罪を認めているのか? 」
「はい」
潔癖なまでに筋を通すアンジェリーナであれば、忠告する行動は理解できるが他の行動はどうにも信じられない。
全てを諦め、反論する気もなく認めたようにも感じる。
「自作自演という可能性もあるのに、調査もせず婚約者ではなく女の言葉だけを信じたのか……」
喩えアンジェリーナの言葉通りだったとしても、パトリックと向き合う為に仕方なくであれば……背中を押す手に躊躇いがあり相手に怪我が無い事にも理解できる。
そうなるとそこまでアンジェリーナを追い込んだパトリックにも責任があると言える。
あやつが婚約について確りと向き合っていればアンジェリーナだけは救えたかもしれない。
この状況でアンジェリーナに処分を下すのは心苦しいが、罰を下さないわけにはいかない。
「アンジェリーナ嬢の処分は一ヵ月の地下牢。その後は釈放、但し王都追放とする」
この処分が正しかったのかは分からない。だが、あと数日もすれば解放される。
「畏まりました」
これで全て片付いたか……これで、少しはゆっくりできるな。
「陛下、後一人残っております」
誰の事を言っているのか分からず、まだ働かせるつもりなのかこの男はと睨みつけてしまった。
「お忘れですか、あの女を」
ゴードンの声が地を這うように低く、殺人でも犯すのではと疑いたくなるような目付きになり思い出した。
「あっあの元凶の女だな。もちろん忘れてはいない、あの女さえ居なければ多くの者が犠牲になることは無かった。あれには消えてもらう。我が国から出て行ってもらう。国外追放だ」
「畏まりました」
ゴードンは少し不満そうに見えるが仕方がない。
あの女の手口は見え透いていて、王族であればあの程度回避できなければならない。
薬や何らかの術を使用した訳ではない。
甘い言葉に落ちていったのは息子達の浅はかさが原因。
それら全てをあの女一人に押し付けるわけにはいかない。
学園は小さな貴族社会。
上に立つ者であれば自身の力で状況を見極め決断しなければならない。
出来ない者は、上に立つ資質ではないという事。
あの三人は未熟で上に立つ資格がない者だったという事が判明したに過ぎない。
「次は失敗できんな……」




