密偵
男が決意するまで急かしたいのを我慢して待った。
「俺が狙ってた子……もしかしたら……貴族……かもしれない」
貴族? それはない。
行方不明になっている令嬢達は以前確認済みだ。
「それは勘違いじゃないのか? 貴族が娼館で働くなんてないだろう」
「……だけど、絵姿の子と似てるんだ」
絵姿?
まさか、以前絵姿を見せた時嘘を吐いていたのか?
仕事柄他人の嘘には敏感だと思っていたが、俺は騙されていたのか?
「なっ、あの時嘘吐いてたのか? 」
「へっ? なんだよ急に? 」
「俺が絵姿見せた時、「見たことない」って言ってたじゃねぇか」
「お前が見せた絵姿の子は知らない。あれ……貴族だったのか? 」
男に俺は見せた絵姿が令嬢だとは言っていない。
「えっ……あ、違う……なら、誰かに絵姿見せられたのか? 」
「……あぁ。エーバンキール国の貴族と商談した時に、行方不明の娘の絵姿を見せられたんだ。そしたら、あの子にそっくりだった……」
「……まさか……」
「俺も信じられなかったけど、ふとした仕草は綺麗だなって感じてた……それ知っちゃたら怖くて、行けなくなった……」
確かにただの娼婦だと思っていたのが貴族だと分かれば、その事実を楽しむか、困惑するかの二択だろう。
目の前の男には、この事実を楽しむ度胸は持ち合わせていなかったようだ。
俺は新たに仕入れた情報をアビゲイル殿下に報告する。
「ドレスト伯爵の最上階限定の娼婦は、エーバンキール国の貴族令嬢の可能性が出てきました」
「エー……バンキール国の……」
殿下は俺の報告に信じれないと言った様子を見せる。
俺も未だに確信が持てず、今は殿下からの指示を待つしかできない。
「エーバンキール国に行方不明の令嬢の確認をする。引き続き最上階の女性について調査してくれ」
「畏まりました」
我が国の令嬢の捜索をしていたはずが、行きついたのは隣国の……エーバンキール国の令嬢だとは……
もし誘拐で連れてきた場合、戦争に発展する可能性を孕んでいる。
これは……気づかなかったことにするのか、エーバンキール国に内密に令嬢を処理するのか……
そもそも、伯爵はエーバンキール国の貴族令嬢だと知っていて娼婦として働かせているのか……
「俺が調査しているのは、かなり危険な案件だったんだな……」
能力を買われ密偵という職を与えられ、今まで数を熟してきたが今回のような重大な案件は初めてた。
これは、どう転んでも、俺の密偵人生を左右することになるだろう……




