密偵
先日会った男はドレスト伯爵の隣町に住む裕福な平民。
ドレスト伯爵の領地の人間であれば接触は難しかっただろうが、俺が町をうろついてもすれ違う人間は俺に興味など示さないし彼自身も警戒心は薄い。
「昨日は大丈夫だったか? 」
「あんた誰だ? 」
男は俺の事をすっかり忘れていた。
娼館の情報を聞き出したと怪しまれるくらいなら忘れられていた方がいい。
「昨日酒場で奢ったの忘れたのか? 」
「あぁ……そうだったか? 酷く酔っていたから……」
「いいさ。あの子に振り向いてもらえなくてやけ酒してたもんな」
「あぁ、そうなんだよ。俺のところに来れば娼館なんかで働かなくて済むのに……何故断るのか分からなくてな……」
昨日の様子では半信半疑だったが、この男は本気で娼婦に入れあげているようだ。
「優しすぎるからじゃないのか? 」
「へっ? 」
「強引に迫ってみたらどうなんだよ」
「そんなことしたら娼館を出禁になっちまう」
「そんなに厳しいのか? 」
「あぁ、オーナーは女の子をかなり大事にしてる。最上階の人間は特に」
「最上階……俺も行ってみたいな……」
「俺は最上階に案内されるのに一年掛かったよ……」
「最上階の噂なんてどこで知ったんだ? あんた聞くまで知らなかったよ」
「俺は、常連の貴族が更に上の階に上がっていくのを見てオーナーに直接尋ねたんだよ」
「したらなんて? 」
「限られたお客様限定で特別な部屋をご用意してます」ってな。俺はその部屋目当てだったんだけど、一年近く通って漸く認められて案内されたら、下の階には一度も顔を出したことのない女が沢山いたんだよ。その一人に惚れちまって今も通ってる」
「もしかして……一度カジノにいい女達が居てそれから忘れられなくて、俺が入れる方の娼館にも確認したんだけどいなくてよ。その子達を忘れないように絵姿描いてもらったんだけど、見てくれねぇか? 」
「んぁ、俺で分かるなら」
「これなんだけどよ、どうだ? 」
男に「駆け落ちした」と言われている令嬢達の絵姿を手渡す。
「おぉ。いい女ばかりだな……」
絵姿の女性達に興味を示しつつ、男は真剣に絵姿を確認していく。
絵姿を確認する男の手は止まる事がない。
「どうだ? 」
「ん~、どの子も俺は見たことないな。どっかの貴族が愛人と来てたんじゃないのか? そういう客もたまにいるぜ? 踊り子のショーを愛人引き連れて一緒に楽しんだ後、個室で娼婦交えて楽しむっての」
最上階に踏み入れたことのある者でも全員に対面したことは無いだろうが、誰一人目撃していないというのは行方不明の貴族令嬢は娼館で働いていないことだろう。
男の言葉に安堵しつつ、貴族の性癖を知ってしまい辟易する。
愛人と一緒にショーを堪能するのは分かるが、そのまま個室というのは俺の常識には無い。
そんな客を相手にしなければならない娼婦も大変だな……と同情してしまう。
「……そうなのか……今日も行くのか? 」
「いやぁ、今日は大事な客が来るんだ」
「大事な客? 」
「あぁ、エーバンキール国からのな」
「そうなんだな。時間取って悪かった。また飲もうぜ」
「あぁ」




