ワイアット・サーチベール
<ワイアット・サーチベール>
最近隣国からの貴賓アンジェリーナ・カストレータと会話すると我が国のおかしなことに気が付く。
今まで気にもしなかった出来事、見過ごしていた我が国の異変。
疑うことなく「留学」「病気療養」とされていた生徒達は、「アヘン」により失踪していた事実が判明。
我が国で禁止薬物指定となっているアヘンが貴族の学生達を中心に蔓延していた事に衝撃を隠しきれないでいた。
「誰が、なんの目的でアヘンを広めたのか……」
繰り返し令嬢の言葉を反芻していた。
第四王子として生まれ、周囲から王位継承には強く関わっていないとしても王族と繋がりを持ちたい貴族、特に令嬢からの誘いは頻繁に受けていた。
兄三人の婚約が決まると、残る一枠を手に入れようと令嬢からの誘い攻撃の熱が増す。
婚約が決まっていないことや逃げ回っている俺の姿に兄さん達、特に二番目の兄のスタンリーがやたらと令嬢を勧めてくる。
お茶会やパーティーなど逃げられないものは、三名程の令嬢と会話してその後は退席するようにしている。
スタンリー兄さん主催のパーティーでもいつものように令嬢を紹介され、直ぐに逃げる予定でいたが思わぬ方向へ会話が進んだ。
「サーチベール国からの留学生は確認できない……」
いくら俺がパーティーから逃げ回っていても噂ぐらいは耳にする。
他国に留学しているのは向上心がある証拠、優秀な貴族が育っているのだと安易に納得していた。
「まさか……」
ほとんど全ての貴族が病気を隠すために堂々と「留学」と偽っているとは思いもよらず。
調査すればするほど、国の事を何も知らなかったのだと気付かされる。
お礼を兼ねて令嬢にドレスを贈った。
ドレスの事は分からないが、スタンリー兄さんの奥さんと相談しながら令嬢に似合いそうなものを俺が選んだ。
スタンリー兄さんのパーティーでワインが掛かってしまったので詫びと、確認もせずに「留学」していると言い張った俺が間違っていた謝罪。
令嬢には俺から贈ったとは言わないでおいた。
そして留学ではなく病気療養だったことを報告し謝罪をする。
それだけのはずだった……
「まさかアヘンが出てくるとは……」
今ではアヘンは、どの国でも禁止薬物に指定されている。
父さんが国王になって最初にしたことがアヘンの使用方法の明確化。
そのアヘンを貴族にばらまくことは王族への宣戦布告のようにも取れてしまう。
アヘンという重苦しい内容から話題を変えようとしたのだろうが、令嬢にとっては避けたい「婚約の話」になってしまった。
アビー兄さんが以前の俺と同じ失態をしてしまったと慌てるも、令嬢自身はあっけらかんと「婚約解消」について話す。
いくら表情では明るく話しても傷ついているに違いない。
だが驚くべき真実はそれだけでなく、令嬢を婚約解消にまで追い込んだ相手が今話題の令嬢とは信じられなかった。
「信じられない」
平民が貴族の養女となり舞い上がることなく勉学に励み、高位貴族のお茶会に招待されたのだから優秀だと判断した。
お茶会に招待したのは高位貴族の中でも王族と婚約している人物。
そんな令嬢に認められたのが、隣国で王族の婚約解消の原因となり国外追放された女とは……
あまりに信じられない内容が続くもので、アンジェリーナ嬢と登城していたフォーゲル令息の上着に付着した茶葉の検査をした。
その茶葉に何か出てくるとは思えないが、不安は拭っておくべきとアビー兄さんも考えてだろう。
「何も出るはずない」
何も出てこないのを見越しての検査だった。
それがまさか、我が国の禁止薬物のアヘンが検出されるとは……
「隣国の茶葉……」
我が国の茶葉であれば調査も速やかに終わっていただろう。
「病気療養ではなく失踪……」
薬物に溺れ失踪に至るとは……
アンジェリーナ嬢とあの時会話していなかったら、俺達は未だにこの真相に辿り着けなかっただろう。
「令嬢には驚かされてばかりだな……」
国外追放となり令嬢達からのお茶会に招待される程の人間がどんな人物なのか話を聞こうにも、令嬢と共にお茶会に参加していた者達は皆アヘン中毒を起こしていた。
令嬢達の生存は確認してはいるが、家族から弱った姿を「あまりみないでやってほしい」と願われてしまえば引き下がるしかなかった。
他に学園で令嬢と親しい者も調査するも、交友関係はさほどなくなかなか発見できなかった。
「ん? パーティー? 確か、スタンリー兄さんのパーティーにも参加していたはず……」
スタンリー兄さんの所へ、以前主催したパーティーについて話を聞きに行った。
「兄さん、ドレスト伯爵の養女となった令嬢の事何か知ってる?」
「……ワイアットは、あの令嬢が好みなの? 」
「なっ、そんなんじゃない。ちょっと今、あの令嬢がどんな人物なのか知りたくて」
「気になっているの? 」
「多分、意味が違うと思うけど気にはなってる」
「……ドレスト伯爵と共に挨拶しに訪れた時はうまく挨拶出来ていたよ。伯爵が徹底的に指導したんだろうとは感じた……」
「それは、優秀ってこと? それとも違う意味?」
「断定はできないが……アンジェリーナ嬢のドレスにワインが掛ったのは覚えているか?」
「あぁ、はい」
「その給仕をしていた者に、話を聞いたんだ。そんな粗相をするような人間を雇った覚えはないからね」
パーティーでワイングラスを落としてしまう事は、気を付ていても起きてしまう。
だが、公爵家の使用人が客のドレスにワインを掛けてしまうのは失態というより、故意と疑ってしまう。
兄さんも公爵家の使用人が誰かに雇われての犯行とは思いたくないが、相手が隣国の貴族令嬢となれば明確にしておくべきと判断してのことだろう。
「はい、それでどうだったのですか?」
「給仕は「後ろから押された」と話したよ。
子供のような言い訳だが、嘘を吐いているようにも見えなかった。
私の彼の印象も仕事には実直で、後ろめたい弱みもなければ人質に取られるような家族もいない。
誰かに脅迫されての犯行は考え難いだろう。
急遽参加が決まった隣国の貴族が目的というより、我が公爵家の失態を狙ってと考えた方がいいのかもしれない」
「……もし……本当に彼の言う通り「後ろから押された」として、犯人がどんな人物だったのか見ていないのですか? 」
「本人は自身の失態で招待客のドレスを汚してしまった事で、気が動転してしまったと話したよ。だが謝罪し頭を下げた時に、黄色いドレスの人間が去って行くのを目撃したと」
「黄色いドレス……」
「確認したところ、あの日のパーティーには黄色いドレスを着用していた人物は十数名いたらしい」
「十数名ですか……」
招待した人数が多ければ、色も被ってしまう。
主催者が指定しなければ誰がどんな色のドレスを着用するかは自由だ。
ドレスの色だけでは犯人を絞ることは難しい。
「その中にドレスト伯爵の養女もいたと記憶しているよ」
ドレスト伯爵の養女はシュタイン国でアンジェリーナ嬢の婚約者を奪い、その罪で「国外追放」されている。
令嬢に対して逆恨みしている可能性もある。
「ありがとうございます」
そこは本人に直接聞いた方が言いようだ。
エメラインから聞いていた令嬢の印象とはことごとくかけ離れていく。




