マデリーン・ドレスト
届いた手紙を確認すると、第四王子のワイアットからの手紙だった。
内容は「一度令嬢と話したい」という簡潔な物。彼はパーティーでの様子から令嬢に対して距離を取りたがるようで、手紙も回りくどい事はせず単刀直入なのかもしれない。
そんな彼が、令嬢に手紙を送ることは大変意味のある事なのだろう。
ぶっきら棒なのが可愛くもあり、愛おしくもあった。
「ふふ、かわいい」
デートの日時を聞かれたので私としては明日でも問題なかったが、それだと彼が緊張してしまうので心の準備として三日後にした。
そして、デート当日私は飛び切りのおしゃれをして彼を出迎えた。
どこに連れて行ってくれるのか期待していたが、どこかに行くわけでもなく伯爵家でお茶をしている。
「こういうところが貴族のまどろっこしいところよね」
初めての二人きりなので警戒心や相手への誠意として、令嬢側の安心できる場所での時間ということなのだろう。
貴族としてみれば彼はとても紳士的なのかもしれないが、少し物足りなくも感じる。
庭に紅茶セットを用意し使用人は同席せず二人きりなので私が彼を持て成す。
大抵の令息は使用人に頼まず何かしてあげると、それだけで意表を突かれ好感度が上がるので簡単だ。
「令嬢自ら淹れるのか?」
彼もまた私が紅茶を淹れる事に驚く。
「はい。私は出来ることは自分でやりたいので……貴族らしくないですよね……」
元は平民という立場を見せつつ「貴族令嬢という立場は不慣れ」を演出する。
「……いいんじゃないか」
「んふ。ありがとうございます」
彼にも「好感を持ってもらえた」と判断する。
「どうぞ」
「……あぁ」
紅茶を眺める姿に、過去の攻略対象達を思い出す。
彼らも私が差し出したクッキーを眺めて堪能してから口にしていた。
彼らのそんな純情な少年のような姿を見つめていたいのだが、恥ずかしいだろうと思い敢えて視線を逸らしてあげていた。
「……少し散歩しないか?」
彼の緊張が解けるまで待ってあげていると、散歩に誘われた。
彼は令嬢との会話が苦手なのかもしれない。
パーティーの時、エメラインとは普通に話せていたのは兄の婚約者だからだろう。
私の事を意識している証拠だと確信する。
そんな彼が私の反応を気にしながら一生懸命誘うのだから、喩え紅茶を口にしていなくても優しく答えてあげる。
彼が私を何度も盗み見しているのには気が付いている。
シュタイン国の攻略対象者達も私と恋人関係になるまで、同じような反応を見せていた。
「はい」
立ち上がれば、手を差し出され伯爵邸の庭をエスコートされながら二人で散歩する。
これだけで私は確信を得ていた。
彼は私が気になって仕方がないということを……
「……令嬢達の間で病が流行っていると聞くが、ドレスト令嬢はどうだ?」
「そうなのですね。私は元から体は丈夫なんですよ」
平民らしく対応してしまったが、過去とは違い今の私は良識ある令嬢だったと思い出し、返事に失敗してしまったと反省する。
「ドレスト伯爵とはどうだ?」
「伯爵にはとても良くして頂いております。学園に通うだけでなく、パーティーなどに参加する為にドレスや宝石まで用意していただき感謝しております」
「……令嬢は、ミューリガン公爵のパーティーに参加したことがあったと聞くが本当か?」
私が参加したパーティーは三回だけ。
私が養女となった事を宣伝した侯爵の誕生日パーティーとミューリガン公爵のパーティー、そして王族のパーティー。
「はい。ミューリガン公爵様のパーティー参加させて頂きました」
「その時、黄色いドレスを着用していたか?」
「……確か……そうです」
「そうか……」
どうしてあの日、私が黄色いドレスを着ていたのを知っている?
王子とは出会っていないのに。まさか、あの事……
「主催者であるミューリガン公爵は兄なんだ……素敵な……令嬢を見たと話していた」
「まぁ……そんな……」
良かった。
あの事でなくて……
それにしても、ミューリガン公爵が第四王子に私の事を話している事に驚いた。
ドレスト伯爵と共に挨拶した際、当たり障りない内容ですぐに終わってしまったのに。
そんな風に思われていたなんて……
やっぱりヒロインて最初から好感度高いのね。
「学園は慣れたか?」
「はい、皆さん良くしていただき問題なく過ごしております」
「アビー兄さんの婚約者と何度か茶会で共にしていると聞いたが」
「はい。ブルグリア令嬢のお茶会には何度かお誘い頂いております」
「その時も、令嬢が紅茶を?」
「はい。恐れながら私が淹れさせていただいております」
「令嬢自らは珍しいが、伯爵は令嬢の使用人のような行為を咎めたりはしないのか?」
「いえ、伯爵様はそのようなことは仰いません。私がお茶会へ招待されたことを伝えると伯爵様の提案で、「紅茶を持参し皆様に披露して差し上げなさい」と仰ってくださいました。
「そうか……」
その後も私達は散歩を続ける。
彼は私の事が知りたいらしく「伯爵とどう出会ったのか」とか、「出会う前はどうしていたのか」を聞かれる。
正直に答えることはできないので、母が亡くなり仕事を探していたところ伯爵の店で掃除係として雇っていただいたと話す。
嘘ではない。
シュタイン国で男爵の愛人だった母が亡くなり引き取られ、まぁ色々あってサーチベール国にやって来て伯爵の店の掃除係として雇われた。
ただ掻い摘んで話しただけ。
ガゼボに戻り、彼は「今日はありがとう」と言って去って行く。




