聖女、中学二年生
「おーい、柚葉! そろそろ出ないと遅刻するぞー!」
「うん、もう行く!」
兄、悠真の声が家中に響き渡ります。
相変わらず兄は優しくて面倒見が良いので朝の時間はいつも少し騒がしくなります。
私は急いで部屋を出るとリビングにいる兄に挨拶をしました。
「ありがとうお兄ちゃん。行ってくるね!」
「おうよ。ついでだし、今日は送っていってやろうか?」
いつもならまだパジャマな兄が今日は珍しく既に服を着替えていました。
「ふふ、お兄ちゃん、今日は一限からなの?」
「まぁな。…ちょっと待ってろ、車出すから」
「いいよ、大丈夫!それだとお兄ちゃんは早く着き過ぎちゃうでしょ」
優しい兄はたまにこうして学校まで送ってくれます。
「あら、ちょうど良いから私も送って貰おうかしら…」
横から母が顔を出しました。
「えぇー母さんの会社は道が狭いから嫌なんだよな…父さんは?」
「今日は早いからもういないのよ」
「…しょうがないな」
なんだかんだと文句を言いながらも優しい兄は母に頼まれると断る事はありません。
結局、母からの希望もあり私と母の2人を兄が送ってくれる事になりたした。不満を言いつつもすぐに準備を始める兄を見て私と母は笑い合いました。
こんな日常風景のやり取りが擽ったくて、気がつけば自然と顔がにやけてしまいます。
…これが“幸せ”というものなのですね。
靴を履いて家を出ようとしたところで玄関の鏡に映る自分が目に入りました。
中学二年生。
少しだけ大人っぽくなった顔に長く伸ばした髪を後ろで簡単に結んでいます。
なんとなく制服の襟を整えると…
よし、大丈夫。普通のどこにでもいる女の子です。
結局、私は聖女だった事は誰にも言えないし、絶対言わないと心に誓いました。
それに、私の調べた情報では中学生頃に一番厨二病に患いやすいと書かれていました。
まさに今がその中学2年生です。
この時期に“普通じゃない言動”をすると、すぐに“厨二病”だと診断されてしまいます。
それだけは絶対に避けなければいけません。
わたしは厨二病ではないのです。
“聖女だった”とか“神の導きが”なんて事は絶対に言ってはいけません。
わたしは決めたのです。
私は、“聖女”でも“厨二病”でもないごく普通の一般的ないち人生を謳歌するのです。
学校に行って授業を受けて、勉強をして、友達と他愛ないおしゃべりをして、部活に参加して、普通に笑って過ごす。
魔法もない。神の奇跡もない。ただの、ごく普通の女の子としての人生を精一杯楽しんで生きるのです。
この幸せを脅かす事は決して許されません。
そのためには、細心の注意を払ってなんとしても今世では黒歴史を作らないように気を付けなければいけません。
それに、元聖女としてそんな病を患うなんてもってのほか…いや、“元聖女として…”だなんて言ってはいけませんね。
「何してんだ、柚葉、置いてくぞ!」
「あ、待ってお兄ちゃん!」
絶対に置いていかれることはないとわかっていますが、優しい兄達を待たせてはいけません。
私は慌てて玄関を後にしました。
私は厨二病等には絶対に負けません。
そして、黒い歴史や病になど負けず、この幸せな人生を絶対に謳歌しながら健康に長生きをしてみせるのです。
そんな決意の元、私は大好きな母と兄のもとへと駆けて行きました。